多賀クリニックに行った時の写真だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

多賀クリニックに歯の治療に行った時は、帰りに敷地の裏庭?の方に回って海を見てくるようにしてる。

裏庭?と言っても、そこは裏庭?の先が20メートルぐらいの高さの断崖絶壁に生ってる。

その端っこに行けば太平洋が望める。

海岸線の側なんだけど、高い位置から太平洋を望める。

それに水平線も望める。

 

こんな風景をガキの頃から見ていたetekoは、地球が丸いと聞いても、驚かなかった。

 

丸いのかもねと思った。

 

その頃は、ニュートンは知らなかったよ。

丸い上に立ってるetekoは、何で転げ落ちないのかなあと言う疑問はあったけどね。

 

 

多賀クリニックは、元は日立製作所の総合病院だったよ。

それが、今は、日立総合病院の方に統合されて、日立総合病院の方に統合されちゃた。

いろんな科がなくなって、医師も看護師も、どんどんいなくなった。

歯科だけは、細々と言うか、以前と同じ体制で続いてるみたい。

ただ、違うのは担当のお医者が、東京の方の大学病院から送られてくるのじゃなくて、地元の歯科医さんが治まってた。びっくり

 

歯の治療が終わって、正面玄関から出てきたetekoだよ。

駐車場に続く駐車券の発券機の通路。

通路の向こう側が245号国道だよ。

 

 

多賀相互病院案内図だけは、貼ってあるなあ。

第2病棟は、文字が入ってないなあ。

ここは2階建ての病室だよ。

でも、いつ来ても、人の気配はないよ。

ここの病室に、親父はもちろんだけど、ナカちゃんも何回か入院したなあ。

もう15年以上も前の事だけどね。

 

第1病棟は、リハビリ専用になってるなあ。

入院患者はいなくなったのかなあ。

給食室が空いてるしね。ショボーン

 

売店も、物置場になってる。ショボーン

 

 

空き家だらけだなあ。

 

 

何故か、裏庭には、町工場の建屋みたいのが2つ建ってるよ。

日立製作所のニオイが残ってるなあ。

日立の総合病院は、もともと社員や家族の健保の為に作られたみたい。

その内に調べてみよう。

最初は、鉱山病院が先だと思うけどね。

 

この町工場の建屋の前を通ると、目の前に太平洋の水平線が目に入るよ。

前回の予約の時は、時間が無くて、海は見ないで帰ったよ。

この写真は、前々回だなあ。

1ヶ月くらい前の写真だなあ。

 

この時、海の写真を撮って思ったのは、柵の向こう側のススキが枯れたせいで、前に来た時より見晴らしが良くなったよ。

右端は河原子海岸だよ。

枯れたススキの先は断崖絶壁だよ。

その切れ目に雑木が生えてる。

そこからは、20メートルくらいの断崖だよ。

 

 

断崖の下には、2,30メートルくらいの砂浜が広がってる。

でも、ここは海流の関係で昔から遊泳は禁止だよ。

ここで、泳ぐと沖に引っ張られちゃうみたい。

 

崖下の近くは、公園になってる。

半世紀前は、ゴルフの打ちっぱなしの練習場だったよ。

こんな事を知ってるのは、還暦を過ぎた老人達くらいになってしまったなあ。

 

 

裏庭?の休息場を回って、駐車場に回った。

閑散とした駐車場だなあ。

午後の3時頃だけど、すがすがしいくらいに空いてる。

 

昔は、午前中は、駐車場が満車状態だったよ。

午後だって、半分くらいは埋まってたなあ。

 

諸行無常、栄枯盛衰、兵達が夢の後なんて言葉を妄想しながら、昔の風景がよみがえった。ショボーン

 

駐車場は、国道245号線に面してる。

その向こうに日立製作所の国分工場の工場棟が見えるなあ。

 

国分工場の敷地と国道245号線の間には、廃業になった日立電鉄線の単線のレールが一本走ってたよ。

単線のチンチン電車だった。

それでも、朝夕の出勤、退社時間帯には、2,3両で運行してたよ。

写真の辺りには、桜川駅というのがあって、国分工場と直結してたなあ。

電車から降りた人達が、線路を渡って、国分工場の入り口の方に列をなして流れて行ったのを何度も目にしたよ。

 

この日立電鉄線は、先の鮎川駅が終点だよ。

鮎川駅が終点なのかなあ。

起点なのかもしれないなあ。

これも後で調べてみよう。

 

鮎川駅から隣の常陸太田市まで伸びてたよ。

JR水郡線の常陸太田駅の側まで伸びてた。

道路一本挟んでるだけだから、昔は連結してたのかもね。?

 

いろんな事を妄想するなあ。

 

次の予約は、2月27日の14時25分からだなあ。