海をじっくり眺めるのはここだけだなあ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

etekoの住んでる日立市は、太平洋と山に挟まれた南から北に延びる細長い土地に街が伸びてるよ。

その部分が平らと言えばたいらだからね。

そんな平らな部分に、etekoのボロ屋敷が建ってるよ。

だから、海までは、直線距離で、2キロもないよ。

 

海が自分の家の側にあると言ってもいいすぎじゃないよ。

海岸線に沿って、走ってる国道245号線を走ると、とぎれとぎれに海が見えるよ。

 

山の上の方に作られた6号国道のバイパスからは、とぎれとぎれに海側の視界が望めるところが何カ所かある。

そこからは、太平洋の水平線が望める。

 

でも、考えてみたら、地元の海をじっくり見るのは、あの時を除いては、ないなあ。

 

あの時と言うのは、バイトで海水浴場の監視員をやった時だけだなあ。

このバイトは、直ぐに首になったけどね。ショボーン

 

これを除いたら、地元の海を、じっくりと見る事はないなあ。

 

良く考えてみると、他にもあったよ。

山の方にある親父の墓地に行ったら、眼下に、太平洋の水平線が見渡せる。

 

それに、山の高い所にあるゴルフ場でラウンドした時に、眼下に太平洋の水平線を見たよ。

日立GCとザ・オーシャンGCの時に、海が見えると気分がいいよ。

 

それと、多賀クリニックに行った時も、必ず、海を眺めて帰ってくるよ。

 

以下は、多賀クリニックで、歯の治療した時に撮った写真だよ。

いつ撮ったんだっけ。

忘れてる。

 

領収書の日付を確認する。

1月30日の水曜日だった。

 

いろいろ思い出した、この日は、半分にかけた上の前歯に、義歯?をかぶせたんだなあ。

治療が終わって最後に、手鏡を渡されて、前歯はこうなりましたって確認させられたよ。

 

領収書によると、「多賀クリニック」の正式名称は、「日立総合病院付属多賀クリニック」って言うんだなあ。

昔は、多賀病院も、総合病院だったけど、今は、いろいろな科がなくなって、日立総合病院の方に吸収されちゃったなあ。ショボーン

 

 

帰りに、多賀病院の玄関前から、駐車場に向かうまでの風景を激写?してみた。

玄関は、山側に開いてる。

歩道のペイントの先が日立方面への出口になってる。

出口の先は、国道245号線だよ。

多賀病院は、国道245号線と海に挟まれた細長い敷地に建てられてる。

海側は、20メートルぐらいの断崖?になってて、その下が砂浜になってる。

 

赤いビル?は、一階が貸店舗になってて、上はアパートになってるのかなあ。

一階の貸し店舗は、3軒くらい入れるようになってる。

昔は、病院関連の生花、雑貨を売るお店が入ってたけど、今は開いてる。

宝くじを売ってるお店だけが残ってる。

このお店は、一昔前に、当たりくじを発売したけど、当選者が現れなかった事で話題になったよ。

 

その当選者は、eteko自身じゃないのかと思って、買った宝くじの番号を何度も確認したのを思い出したなあ。滝汗

 

その後ろに見えるのは、日立製作所の国分工場の設計部門の入る建屋かな。

国分工場には、入ったことないから分からないけどね。

でも、国分工場の入り口から入って、出てきたことは、何度もあるよ。

 

etekoが、昔勤めてた会社は、この国分工場が根っ子みたい。

ここの国分工場で生産した電子制御の機械を設計した部門が、大みか工場に流れ、そして、それが子会社の日立エンジニアリングと言う系列に流れて行ったみたい。

そこの末端で、etekoは、働いてんだなあ。

 

ここの部門では、有名な歴代の社長を輩出してるみたい。

 

今の経団連の会長は、違うと思うけどね。

 

 

 

そして、写真は、玄関の横に繋がる駐車場から通路だ。

出口に、自動改札が置いてある。

ここは、いつも、100円取られるよ。

 

ここの歩道を真っすぐ進めば、駐車場に着くよ。

でも、いつも、その手前で、誰もいなくなった病棟の前で、右に曲がるよ。

左側の建屋は、病棟だったよ。

でも、今は誰もいないよ。

入院する患者さんを治療するお医者さんがいなくなっちゃったからね。

お医者さんがいなくなる。

患者さんも、看護師もいなくなる。

調理担当の人もいなくなる。

 

誰もいなくなっちゃった。

 

誰も住んでなくても、etekoのボロ屋敷よりは、まともだね。

後、100年経っても住めるよ。

 

それで空き家だなんて、もったいないなあ。ショボーン

 

 

ここが、海の見えるところに行く近道の入り口だよ。

第2病棟と第1病棟の建屋の境にある通路だよ。

 

入り口の所には、こんな案内図が張り出されてる。

見ずらいけど、赤い字の所が、etekoの立ってる現在地だよ。

 

第2病棟は、空き家になってるのは分かるけど、第1病棟には、患者さんは、入院してるのかなあ。

 

空き家になった売店の中の写真を写したら、向いの空き家の第2病棟が写ってるなあ。

第2病棟は、昔は、平屋の木造建築だった。

長さは、今と変わらないくらいあったと思う。

 

昔のその建屋に、入院してる患者を何度か、見舞いに来た記憶がある。

お袋に連れられて、何度か来たことがある。

あの時は、入院患者が親父だったり、親戚だったり、家にいた人だったりと、いろいろだった。

そんな記憶がよみがえった。

 

海の方に向かうと、病院の敷地に、何故かこんな建屋がある。

どう見ても、町工場の建屋だよ。

今はと言うか、前から物置の倉庫みたい。

 

大きいのと小さいのが、2棟建ってる。

何処かの町工場の建屋を移設したのか、それとも最初から、ここにあったのかは、いつも悩むよ。

 

フェンスの張ってある右端にたどり着く。

フェンスの1メートル先は、20メートルぐらいの断崖?になってるよ。

その下が砂浜になってるよ。

 

砂浜は、場所によっていろいろだよ。

ここは、30メートルくらいで、浜辺かなあ。

 

オーシャンビューって言うのは、こんな地形に建ってるホテルなんだろうなあ。

多賀病院は、オーシャンビューの総合病院だったんだなあ。

 

あれー、振り返ってみると、etekoは、この病院に入院した事が一度もないなあ。

親父やお袋は、何度も入院してるのにさあ。

 

考えてみたら、入院したことのある病院って、日立総合病院だけだわ。

3.11の震災で改築される前の病棟に何度も、入院したなあ。

改築された病棟にも、何度もお世話になってるよ。

 

それなのに、多賀病院には入院したことないよ。びっくり

 

 

 

駐車場の横に作られた休憩場の歩道の前のフェンス。

フェンスの前の雑木が、少し剪定されてた。

以前来た時より、下の眺めが良かったよ。

 

久しぶりに、波の押し寄せてる風景を見られたよ。照れ

 

 

 

海と反対の山側を見ると、国分工場の工場棟群が見えるよ。

国分工場の敷地って、一キロ四方はあるんじゃあねぇの。

もっと、あるかも。

その中には、今はケーズデンキとか、スーパーのが入り込んでる敷地もあるけどね。

ああー、それに社宅になってた土地もあったなあ。

東京ドーム、何個分だよ。

広すぎるなあ。

 

しかしなあ、こんな風景を見れるetekoは、幸せ者だね。

身近に、コン風景が存在するよ。

人は、身近な幸せには気がつかないないんだね。

気が付く頃は、あっちの世界に行く時が近くなってきてる証かなあ。

 

 

多賀病院も、人がいなくなったね。

多賀クリニックの予約で、14時30だったって言うのもあるけどね。

一昔前は、午前中に来た時は、駐車場が満杯だったこともあるよ。

 

時の流れを、しみじみ感じたよ。

ショボーンショボーンショボーンショボーンショボーン