先週の事だった。
部屋の前になってるキウイを120個収穫した。
キウイは毎年収穫してるけど、収穫時期と言うのが今いち分からないよ。![]()
先週のブログ記事で、2年か3年前の記事で、今頃、キウイを収穫したと言う記事が載ってたんで、収穫してみた。
それで、半分くらいしか収穫してないなあ。
収穫前に、自然落下してたキウイを20個くらい食したけどね。
まだ硬いて感じだったなあ。
もう少し待ってみようと思ってた。
ボロ屋敷の周りの掃除もしようと思ってた。
キウイの葉っぱや雑木の葉っぱが落ちてこんな状態だよ。
ほったらかしだよ。![]()
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まだ少し、落ちない葉っぱもちらほら残ってる。
etekoが寝てる部屋の前もこんな状態だよ。
この部屋しか使ってないよ。
木製の戸を出しっぱなしだよ。
そんなもんだから、部屋には、外の光が入らないよ。
部屋にいる時は、電灯を点けっぱなしだよ。
ただ、左端は完全に閉まらないので、ちょこっと、日が入るけどね。
それでも、部屋の電灯は点けっぱなしにしないと暗いよ。![]()
この写真みてたら、アメリカの作家の「一片の葉」?と言う短編を思い出したなあ。
題名も作家名も忘れてる。
内容もうろ覚えだけと゛、
「アパートに住んでる住人が病気になってベットで寝てる。
病人は自分の死を自覚するようになる。
部屋の窓から、一本の木が見える。
その木は、夏は緑の葉っぱを青々と広げてた。
秋になり、紅葉する。
冬になって、枯れた葉が落ち始める。
落ちる葉っぱを病人は、寝たっきりで、窓ごしに見続けてた。
葉っぱは、数を数えらまで落ちてしまった。
病人は、葉っぱを自分の命と関連づけるようになっていた。
最後の一枚が落ちた時に、私は天国に旅立つとね。
外は寒さがまし、冷たい風が吹きまくる日もあった。
でも、最後の一枚の葉っぱは、青々したまま、枝から落ちなかった。
病人は、その最後の一枚の葉っぱに勇気づけられた。
冬は去り、暖かい春がやってきた。
一枚だけ葉っぱの残った木にも新芽の葉っぱが噴き出しした。
それにつれ、病人も体力が回復し、とうとうベットから絶てるようになった。
病気が回復したのだ。
病人は歩けるようになると、最後の一枚の葉っぱが残った木を確かめに行った。
その最後の一枚が病人を勇気づけてくれたんだ。
病人が木に近づき、最後の葉に触れると、それは、良くできた模造品だった。
しかも、落ちないように枝に張り付けてある。
この話しの落ちは、同じアパートに住む学校友人の売れない画家が模造の葉っぱを作って、木に張り付てたと言うものだった。
内容がうろ覚えだなあ。
二人は、恋人同士だったのか、友人だったのかも覚えてない。
読んだのは、40年以上前だなあ。
そう言えば、本を読むのが好きだったのは、学生時代までだったなあ。
社会人になって、忙しい会社にはいて、本を読まなくなったなあ。
ただ、この忙しい会社を辞める頃には、また本を読みだしたなあ。
そして、会社を辞めてからは、また読まなくなったなあ。
etekoの読書?のムーブメントは、今まで、2回あったんだなあ。
そして、今は3回目のブームがちょこっときてるのかなあ。
百田尚樹の本はみんな読んでやるぞって思ってるよ。
それに、小説を書こうとも思ってるからね。
それにしても、何事もすすまないなあ。
家の周りの掃除も、部屋の前の所しか出来てないなあ。
年を越してしまうなあ。![]()
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