ナカちゃんは、etekoの母親だよ。
3年前に脳梗塞で倒れちゃったよ。
田尻の家にひとりで住んでたよ。
田尻の家は、3.11の震災の年に、新築したよ。
2012年から、ナカちゃんが移り住んで、一人で暮らしてた。
でも、足の悪いナカちゃんは外にであるれなかったよ。
妹が、週一回のペースで、買い物をしてた。
etekoは、呼びだされて、病院の送り迎えとか、買い出しに、ナカちゃんを連れだしていったよ。
ナカちゃんは、平成の28年に脳梗塞で田尻の風呂場で倒れちゃったよ。
朝の8時に、家の掃除をするヘルパーさんが来たんだけと、玄関のベルを鳴らしても、玄関が開かなかったよ。
玄関は、いつもカギが掛かってるよ。
一人暮らしのナカちゃんがカギをかけてるよ。
でも、訪問者があれば、中から、ナカちゃんが玄関のカキ゛を開けるよ。
でも、この日は、ヘルパーさんがインターフォーンを鳴らしても、玄関のカギは開かなかったよ。
ヘルパーさんは、困り果てて、ケアマネジャーに電話するよ。
ナカさんの家に行ったけど、誰も出てこないとね。
ケアマネージャーから、etekoに電話が入るよ。
ヘルパーさんが、田尻の家に行ったんだけど、ナカちゃんが出てこないってね。
家にいるはずなのに手で来ないという事は、家の中で倒れてると言うのが予想できたよ。
この日は、島崎病院に行くと前に聞いてた。
島崎病院に通院する時は、なじみのタクシー運転手さんに予約して通院してた。
それがこの日に限って、・・・・・。
etekoは、想定できてたよ。
ナカちゃんは家の中で倒れてるんだよ。
それだから、ヘルパーさんがインターフォンを鳴らしても出てこないんだってね。
ケアマネージャーの連絡でetekoは、田尻の家に向かった。
もう10時を回ってたか。
家に着くと、隣の人が、「今まで、タクシーが止まってたんだけど、ナカちゃんが出てこないので帰ったばかりですよ。」
と、etekoに話しかける。
このおばさんと会話をするのは初めてだった。
心配そうな顔をしてた。
隣の家で異変が起こった事を予想してたみたいだ。
etekoが玄関のキィーを開けて家の中にはいる。
家のキィーを持ってるのは、etekoと妹だけだよ。
家の中に入って、最初に見たのは、ナカちゃんの部屋だ。
ここは、畳が敷いあり、仏壇が置いてある部屋だ。
この部屋でナカちゃん寝起きしてる。
仏壇も置いてある。
ナカちゃんの行動範囲は、この部屋と、リビングだけだ。
でも、ナカちゃんはいなかった。
リビングにもいなかった。
奥のトイレも開けたけどいなかった。
そして、浴室を開けたら、ナカちゃんが裸のままで横たわっていた。
最初に手を握って、どうしたのと言ってた。
でも何も答えない。
シャワーが流れパなしだった。
エコキュートから出てくる水は暖かいはずなのに、水になってた。
倒れてから、時間が経ってるのが分かった。
温かいお湯が冷たい水になってた。
倒れてから何時間過ぎたんだろう。
今まで、ナカちゃんの写真をブログにアップしなかったよ。
今日からは、アップしようと思ったよ。
いろんなブログに遊び行ってるよ。
悲しい事を書いてあるブログもあるけど、etekoも結構悲しいよ。
でもねぇ、ここまで来たら、もうー、あけっびげでいいんじゃあねぇと思ったよ。
ナカちゃん、米寿のお祝いを、etekoと妹の3人で、田尻のお家でしたよ。
あれは4月の後半だったなあ。
88歳だったよ。
そして、5月に脳梗塞で倒れたんだなあ。
日立総合病院に緊急入院したよ。
担当の医師からは、高齢なんで、回復の手術とかはできませんと言われた。
今の状態よりも良くなることはないですって言われちゃったよ。
この時、ナカちゃんは脳梗塞で、脳の半分くらいがやられてた。
その為に、半身不随になってしまった。
その上に、言葉をしゃべれなくなってしまった。
日立総合病院は一ヶ月くらいで追い出された。
その後は、大みか病院に転院した。
この時に知ったんだけど、病院は半年の入院がリミットた゛ってさあ。
病人を半年以上も入院させると、病院が赤字になっゃうんだってさあ。
大みか病院で、次の病院の転院先を紹介されたよ。
それが、今いる西山堂病院なんだけどね。
この病院は日立市の隣の常陸太田市だよ。
日立市内の病院も二カ所紹介されたけど、西山堂病院にしたよ。
ただし、この病院に転院するには、一つの条件があったよ。
胃婁手術をやる事だよ。
胃婁手術っていうのは、お腹に穴をあけて、そこから栄養分のある液体を流し込むって事だよ。
大みか病院に入院してまでは、鼻に管を通して、食事と言うか、栄養分のある液体を流し込んでたんだけどね。
ナカちゃんは、完璧な寝たきりの植物人間になっちゃったよ。
こんな母親と付き合うようになったetekoも、複雑な気分だよ。



