1966 座頭市海を渡る だす。 | eteko屋スタジオ

eteko屋スタジオ

勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



座頭の市さんは、魅力のない県の最低アンケートで毎年最下位委の茨城県の笠間市生まれだよ。
そんなもんだから、市さんの行動範囲は、関東の半部くらいだと思ってたよ。

改めてこの動画を見たら、高知の方まで足を延ばしてたんだね。びっくりびっくり

ビックリしたな牛だよ。

そう言えば、水戸黄門様も日本を漫遊したとフェイクニュースが流され続けたよ。
テレビのドラマで、蝦夷地に渡って言う回もあったよ。

水戸黄門も、魅力のない県、ベストワンの茨城県の常陸太田市に、西山荘という隠居所があるよ。
そこに隠居してた時に、大日本史を編纂させたんだなあ。

光圀は、諸国に、使者を派遣して、それまでの日本の歴史を編纂しようとしたんだなあ。
光圀が生前の時には、完成しなかった。
大日本史の編纂事業は、水戸藩の中でえんえんと言うか、江戸時代が終わるまで続いていたんだなあ。

その頃に編纂にかかわった人たちが、後の昭和の時代に、助さん格さんとか弥七としてよみがえったんだなあ。

うっかり八右衛門とかはいなかったし、毎回、入浴シーンがあった女優さんもいなかったけど、それに似た人達は、はいたんだろうなあ。

なにしろ、江戸時代は、300年くらい続いたんだけ。

うろ覚えな知識だなあ。

兎に角、周りの国々に干渉されない時が長く続いたよ。
そしたら、その間には、いろいろな人間が出てくるよね。

なんじゃろ。
タイトルから脱線していくetekoだよ。

言いたいことは、座頭の市さんは、常陸の国辺りをうろうろしてたと思い込んでたって言う話しだったんだけどね。滝汗滝汗