etekoの雨にも負けずだよ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



etekoは2.11の震災の時は、地元の日立市にいたよ。

3月11日には、田尻のお家の地鎮祭だったよ。
その頃の田尻のお家は更地だったよ。

ナカちゃんが、桜川のボロ屋敷をなんとか脱出しようと、新聞の広告でいろいろな土地や物件を探し回ってたよ。

etekoはその付き合いに毎日、奔走されてたよ。
ナカちゃんは足が悪くて歩けないよ。

外の不動産屋さんや、土地の物件を見に行くのは、etekoの車に乗せて行ったよ。

それに病院の通院とかね。

etekoは、ナカちゃんの運転手状態だったよ。


でも、その頃のetekoは、会社をリストラされた無職だったよ。
ナカちゃんに、いろいろ付き合ったなあ。

そんな時に、とうとう田尻の土地を見つけたよ。

これは、田尻の叔父さんの家の方に近いって言うのもあったよ。

そんな土地に、家を建てるって事で、地鎮祭つて言うのをやったよ。

それが、3月の11日だったよ。

午前中に、千葉の方から来たと言う神主さんにお祓い?をしてもらったよ。

午後にはナカちゃんと、桜川のボロ屋敷に帰ってまったりしてたら、地面が揺れ出したよ。

etekoが半世紀も生きてきて、初めて経験した酷い揺れだったよ。

こんな震災を経験すると、人生観は変わるよ。

お金も欲しいけど、なくてもいいよ。

etekoを信じてくれる人かいればいいけど、いないよ。

それでもいいと思ったよ。

とにかく、死ぬまでは生きてみようと思ってるよ。グラサングラサングラサングラサングラサン