”結婚披露宴の司会者を経験〈1〉” | eteko屋スタジオ

eteko屋スタジオ

勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

またまた、トリトンさんの記事をリブログしちゃったよ。

だって、この記事には、etekoの名前が出てるよ。

トリトンさんのブログに共感するのは、同年代で、同じ頃に大学生活を送ってた事だよ。

 

トリトンさんは、応援団だたみたい。

etekは、音楽サークルだったんだけどね。

 

etekoのブログでは、チラッとは、書いたけど、この大学時代に、いろいろな出会いがあったよ。

音楽サークルの先輩、同輩が、音楽事務所の社長になったり、業界人になったりしたよ。

それに、神戸製鋼の会長の孫とは、仲良くなったりしたなあ。

 

あんまり、etekoのブログでは、書いてないけど、社会人になった時の10年くらいは、話題豊富だよ。

今になって書くと、巷の芸能りポータよりも、人脈は豊富だよ。

 

社会人になってから風の噂で聞いたよ。

リリィ―さんの音楽事務所に潜り込んだT先輩は、最初はローディーと言うか、付き人だったけど、そこの音楽事務所の社長になっちゃったみたい。

etekoが4年生の時には、リリィの都内のコンサートに動員されたなあ。

動員と言って、T先輩が、サークルに顔を出して、タダ券を4,5枚置いてくよ。

もちろん、etekoは、そのタダ券で、コンサートを見に行ったよ。

博品館?だったかなあ。

 

後は、永ちゃんの武道館でのコンサートのバイトの口もかかるよ。

etekoは行かなかったけど、その頃に一番仲良かった奴がいったよ。

後で聞いた話では、エイちゃんも凄かったけど、キタ客さんも凄かったって言ってたよ。

そりゃあそうだよね、今から40年前だよ。

キャロルの後になってからのソロだったからね。

矢沢より、お客さんの方が気合の入ってた時代だよ。

 

この頃に、T先輩の音楽事務所には、桑名正博が入って来たんだなあ。

デビュー当初は、東のキャロル、西のファニーカンパニーて、言われてたよ。

その桑名正博がソロになって、T先輩の音楽事務所に入って来たよ。

etekoが大学の4年生の時だったなあ。

 

その時に、桑名正博の情報は、いろいろ耳にしたよ。

桑名正博はロックやってるけど、実は、財閥のお坊ちゃまなんだってさあ。

関西では有名な財閥のお坊ちゃまだってさあ。

 

でも、その頃のマスゴミは、そんなこと知らないよ。

etekoが、マスゴミよりも近い所にいたって事だよね。

 

ただ、桑名正博よりは、音楽サークルで仲良くなった、神戸製鋼の会長の方が上だったけどね。

 

神戸製鋼の孫は、etekoの一年先輩だったよ。

音楽サークルに入った時は、ほとんど付き合いなかったよ。

 

それが、etekoが2,年生になった時に、ドイツ語の教養課程を落としちゃったんで、補習授業?の教室に行ったら、隣の席に彼と一緒になって、仲良くなったよ。

 

そん時も、彼も神戸製鋼の会長の孫とは知らなかったよ。

ただ、音楽サークルでは、3年生のロックバンドに、2年生でボーカルを歌ってる先輩と言う認識しかなかったよ。

 

この時の彼のエピソードか゛あるよ。

今から40年前は、長者番付って言うのがあったよ。

新聞やテレビで報道されるよ。

 

日本の高額納税者の名前が全国にさらし物のになるよ。

いつ頃から無くなっちゃったんだろう。

 

芸能人の名前も出てたなあ。

 

そんな中、このTさんの苗字が、新聞に載ったよ。

ベスト・テンだか、スリーなのかは知らないけど。

 

何しろ、大学時代のetekoは、新聞もテレビも見られない生活だったよ。

そんなもんで、ピンクレディーやキャディーズの活躍をテレビで見てないよ。

 

大学は、後楽園を挟んだ水道橋えきなのにね。

後楽を知らない人に言っておこう。

後楽園球場が、今の東京ドームになっちゃったよ。

 

3年生の先輩たちが、2年生のボーカルのTさんをからかって言ったよ。

「お前の親父、長者番付のトップの方に載ってたぞ。」ってね。

3年生の先輩たちは、Tさんが神戸出身だって言うのは、知ってたよ。

苗字が同じ人の名前が、トップの方に載ってたみたい。

 

そしたら、Tさんは、顔色一つ変えづ、「あれは、親父じゃなくて、家のじいちゃんだよ。」、だってさあ。

 

3年生の先輩たちは、ひっくり返ったよ。

ドリフのコントか、志村のバカ殿の展開だよ。

 

ああー、ここじゃあ書ききれないなあ。

etekoの大学時代の人間関係は、凄すぎろよ。

 

誰も知らないけどね。びっくりびっくりびっくりびっくりびっくり