ウコちゃんのトリ小屋のこと。 | eteko屋スタジオ

eteko屋スタジオ

勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

etekoが毎日やってる事は、ウコちゃんに餌をやることだよ。

ウコちゃんは、今は3羽になっちゃたよ。

卵も〆もしないから、ペット状態なのかなあ。

 

エサは1日に一回、やりに行くよ。

配合飼料をあげるよ。

 

それと、野菜くずとか、eteko農園の雑草の除草作業した時の雑草を一緒に入れたりしてるよ。

 

 

3羽のウコちゃんは、狭く区切ったスペースに入れてたよ。

オスが2羽、雌が1羽だよ。

 

一番最初は、3.11の震災の年だったか、近所の地主のおっさんの所から、烏骨鶏の若鳥の、オス1羽、雌2羽を譲り受けたよ。

etekoは、烏骨鶏を譲り受けるのに、2羽で、5千円くらいは、はらわないといけないかなあーて思ってたんだけどね。

 

3羽のウコちゃん、譲ってくれたよ。

 

あれは、2011年のクリスマスの頃だったなあ。

etekoに対するクリスマスプレゼントかもね。

嬉しかったよ。

 

そしたら、年が明けた時に、雌の1羽が若死にしちゃったよ。

寒さのせいかなあ。

etekoの鳥小屋は酷い環境だからなあ。

 

残ったカップルは、春先になったら、卵を産みはじめたよ。

でも、烏骨鶏だから、1週間に2個くらいだったなあ。

その内にメスが卵を抱卵始めた。

 

実は、この烏骨鶏を譲りうける前に、このトリ小屋には、100羽近くの、烏骨鶏モドキがいたこともあるよ。

その鳥小屋は、亡くなった親父が、ギジの養殖をする為に作ったよ。

その親父は、卵を孵化させる為の孵卵器も購入してたよ。

 

これには、2,3百万円以上はつぎ込んだって、ナカちゃんか゛なげいてたよ。

 

このトリ小屋も、完成したのはいいけど、キジが中にいたって言うのは、2,3年くらいだなあ。

あれは、いつの頃だったんだろう。

もう半世紀は経ったかもね、

 

そんな親父が残していった遺産が、桜川のボロ屋敷には放置されてたよ。

etekoが、まともな会社?を辞めてから、家のお方付をはじめたよ。

 

裏の倉庫には、親父が集めたがらくたの廃材でいっぱいだったよ。

そこには、卵のふ卵器なんかも置いてあった。

 

とにかく、人が通れないほどにがらくたが押し込んであったよ。

無職のetekoは、この倉庫を整理してやろうと思ったよ。

 

それと、鳥さんのいない鳥小屋に、鳥を飼ってみようと思ったよ。

最初は、ニワトリを2,3羽ヤマシンで買ったよ。

そして、烏骨鶏も買ったんだなあ。

 

その内に、ニワトリさん達は卵を産み始めたよ。

 

etekoは、親父が購入したふ卵器があるのを思い出したよ。

これに、20年ぶりに通電して動かしてみたら動いたよ。

 

ここに、鳥さん達が生んだ卵を入れてみたよ。

 

でも、最初は上手くいかなかったよ。

 

温度を調節しないといけないよ。

毎日、ふ卵器の温度を計測しないといけないんだよね。

 

いろいろやって、卵を入れてたら、孵化し始めたよ。

卵から、ヒヨコが出てくるのって感動的だよ。

 

卵の中から、ヒヨコが、一カ所に、最初に穴をあけるんだなあ。

そこから卵を割って、ヒヨコが出てくるよ。

 

でも、出てきたひよこは、最初は羽根は目ただないなあ。

濡れた肌の胎児ってみたいので出てくるよ。

 

それが、しばらくすると羽毛でおおわれるんだなあ。

 

立って歩きまわる頃には、黄色いヒヨコになてるよ。

 

そんな事を、暇に飽かしてやってたら、この小屋にニワトリが100羽近くになっちゃったよ。

 

そうだよ、あの頃のetekoはMSNで、卵屋えっちゃんと言うブログをやってたよ。

あれが、ブログを始めた最初かなあ。

 

その前にもやってたかも、

 

それからしばらくして、アメブロが出てきたんだなあ。

直ぐにアカウントを作ったけど、アメブロは、2,3年は放置状態だったなあ。

 

一番最初に、アメブロの記事を書いたのは、トリさんの事だった思うんだけどね。びっくりびっくり