”水の神(歌替え)” | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

おおー、びっくりだよ。

eekoが歌ってる動画がここのブログにアップされてるよ。

etekoは、YouTubeで、昔からというか、YouTubeが始まったころから、アカウント立ち上げたよ。

元々は、自分のダイビングの水中ビデオの動画をネットで流せないかと思ってたよ。

その頃は、YouTubeが出てくる前の、1,2年前だったかなあ。

 

ネットに自分で撮った水中ビデオをアップするには、お金もかかるし、データ量の制限なんかもあって、2,3分くらいの動画しかアップ出来ないって状態だったよ。

そんな時に、YouTubeに飛びついたよ。

YouTuberなんて言葉もなかったよ。

 

その頃にetekoは、若い頃にやってた音楽活動も再開したよ。

その昔、etekoはシンガー・ソングライターだったんだなあ。

 

でも、音楽活動の方は、社会人になって入った会社があまりにもハードで、30年近く、ギターも弾けなくなっちゃったよ。

etekoがそんな会社を、自主リストラして、暇になった時に、また、ギターを弾き出して音楽活動を再開したよ。

 

その時は、地元の久慈浜にある丸勝と言う蕎麦屋さんのオープンマイクで歌い始めたよ。

そこに出るきっかけも、アメブロだったなあ。

 

etekoが地元に帰ってきて、1年ぐらいは、地元の社会人バンドに所属してたんよ。

その時に知り合った、キャベツ君とアメブロで知り合ったよ。

 

etekoの地元で、アメブロやって奴なんて皆無だよ。

キャベツ君が地元でアメブロやってたんで、直ぐ読者になったよ。

 

キャベツ君のブログを見てたら、キャベツ君て、30年前くらいに出会ったあの人なのッていう話になったよ。

そしたら、キャベツ君は、今は、地元の丸勝と言う蕎麦屋さんで、金曜日の19時くらいからオープン・マイク主催してるから来てよって誘われたよ。

それから、etekoは、30年ぶりに人前で歌いだしたよ。

歌った歌は、etekoが30年前の学生時代に作詞、作曲したオリジナル曲だよ。

 

その頃は、人前で歌うって言うのが目的じゃなかったよ。

30年前に作ったオリジナル曲を形に残しておきたいと思ってたんだ。

 

その為に、自主製作のCD、CVDを何枚か制作したよ。

 

でも、この頃に、神様は、etekoに試練を与えるよ。

日本にとっては、政治、マスゴミも最悪の時だよ。

日本にも試練を与えたんだなあ。

民主党が政権をとっちゃたよ。

小沢がやりたい放題で、ハトポッポが総理だよ。

 

etekoが30年ぶりに音楽活動を再開したのが悪かったのかなあ、3.11の震災か゛来ちゃったよ。

etekoも被災しちゃったよ。

etekoの周りのライフ・ライも一週間くらいは、ストップしてたなあ。

 

電気も水道も途切れた生活を送ったよ。

車のガソリンを入れたのは、1ヶ月後だよ。

 

こんな生活を送ったのは生まれて初めてだったよ。

 

こんな経験したら、人生観も少しは変わるよ。

 

そんな時に、宮沢賢治の「雨にも負けす゛」に、曲をつけて歌いたいなあって思いがふつふつとわいてきたよ。

etekoは30年近く、音楽活動をしてなかったし、曲を作るって事もなかったよ。

でも、3.11の震災に被災したetekoは、「雨にもまけず」に、曲をつけて歌いたいと思ったよ。

 

そして、半年間くらいかけて、曲をつくったよ。

最初の頃は、宮沢賢治の詩を少し変えようと思ったりしたよ。

なにしろ、大東亜戦争前の歌だよ。

 

でも、宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩は、変えちゃだめだって思ったよ。

 

そんな訳で、いろいろやってた頃の動画だよ。

その頃の動画が、トシさんのブログにアップしてあるよ。

 

びっくりだなあ。

 

でも、凄い嬉しいよ。

 

こんなうれしい気分になったのは久しぶりだよ。口笛口笛口笛口笛