親父のお墓詣りに行った時の写真 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

今週はお墓参りに行ってきた。

こっちは、父方のお墓だなあ。

 

ここのお墓は、親父が建てたんだなあ。

親父の母親が亡くなった時に作ったんだなあ。

それから親父の父親が亡くなった時に納骨したんだなあ。

etekoの父方の祖父母が納骨されてる。

その後に、親父が、平成14年の12月14日に亡くって納骨された。

 

祖父母は戦前にブラジルに移住して、一旗揚げようと福島の会津から神戸に向かった。

この時は、幼い親父と姉を親戚にあづけて旅立ったみたい。

もとは百姓みたいだった。

田畑を利息三文で売り払って、渡航費用にあてたみたい。

 

若夫婦は、人生の一大決心で、神戸に行ったけど、最終検査?で、祖父が引っかかって、ブラジルには行けなくなってしまったみたい。

どうしようもなくなった若夫婦は、その頃、日立鉱山と日立製作所で、景気の良かった茨城県の日立市まで戻ってきた。

そんな訳で、日立市には、自分達のお墓は、持ってなかったんだなあ。

 

若夫婦は、日立市で必死に働いたんだろうなあ。

日立市に住んでから、親父と10歳も離れた子供を5人もうけた。

 

そんなお墓に、一人で墓参りしてきた。

 

 

ここの墓地は、山の斜面を削って造成してあるよ。

親父のお墓は、この斜面の一番高いところにあるよ。

 

眺めはいいなあ。

 

ここの墓地を真っすに下ると、市役所の建屋があるよ。

ここの建屋は新庁舎の建て替え工事をずーとやってるよ。

3.11の震災で、老朽化した建屋は被災した。

今年の頭くらいに新建屋が完成した。

それまでは、プレハブの仮建屋に入ってた部署か゛、大半だった。

 

考えてみたら、3.11の震災から今まで、役所にお世話になってたのは、このプレハブの仮庁舎だったなあ。

 

市役所の敷地は、6号国道に接してる。

そこから1キロくらい下ると太平洋に突き当たる。

海岸戦に沿って、常磐線のレールが走ってる。

海岸線は20メートル断崖?になってる。

断崖の下がところどころ砂浜になってる。

砂浜になってるところは、山の方から流れてる川の河口部分に広がってる。

 

そんな部分には、小さな漁村が点在している。

そして海水浴場になってる。

 

日立市は山が太平洋に接してる地形だ。

 

山から海に向かって傾斜してる。

山から流れてくる河川でできた扇状地の平らな部分に農漁村が広がっていた。

 

親父のお墓からは、太平洋の水平線が一望できる。

山の斜面の墓地から海岸線まで、2キロあるのかなあ。びっくり

 

 

墓地の突き当りは林になってる。

その向こう側に常磐高速道路が走ってる。

走ってると言っても、山の上の方をトンネルでくりぬいてある。

 

東京の方から伸びてる常磐高速は、日立市に入ると、いくつものトンネルを走ることになる。

ずーとトンネルを走る。

川が流れてる部分だけ高架になってて、トンネルが途切れる。

 

だから、常磐高速を走ってきても、日立市に入ったら、こんな風景は見られないよ。ショボーン

 

線香をあげに行ったら、隣のお墓が無くなってた。

上の方も空いてる。

隣はどんなだったか思い出せない。

 

墓守をする人がいなくなっちゃったのかなあ。

 

親父の墓も、どうなるのか分かんないなあ。

 

お墓に供えてた花は枯れてた。

前回は体調不良で来れなかった。

親父の年の離れた叔母さんが供えたんだろうな。

 

命日の14日に来ようと思ったのに、それもできなかった。ショボーン

 

 

写真の貼り付けは適当だなあ。

来た時と帰る時がごちゃごちゃだなあ。

 

墓地に入ってくる狭い坂道には、老木になった桜が、寒空に裸になってた。

狭い車道が、益々、狭くなってる。

大きな車だと、すれちがえないよ。

植林した時は、そんな事は想定外だね。

 

この日は、墓地には、人っ子ひとりいなかったよ。

寒さが身に染みたなあ。

風邪もぬけきってないしなあ。

寒い年末を迎えてるなあ。えーんえーん