2畳の部屋の掃除をしてたらこんな本が出てきた。
タイトルは写真のとおり、「果実酒・薬酒108種」だよ。
病気・症状別とタイトルの上に書いてある。
買ったのは、親父、それともナカちゃんかなあ。
いつ頃の本だろうとクレジットを調べたけどかいないなあ。
本のカバーにこれから出る新刊の本の広告が載ってた。
見ると、1985年5月2日刊ってかいてある。
てぇーことは、30年以上前の本だよ。
おそらく亡くなった親父が買ったんだなあ。
それだから家には、夏ミカン、かりん、ビワ、キンカンなんかが植わってたのかあ。
それに台所には、ホコリまみれの果実酒作りの為の容器がいくつも残ってたんだなあ。
今はそれを使って、etekoが果実酒を作り始めてる。
etekoの果実酒は食しきれない果実を焼酎に漬けてるだけだけどね。
本をチラ見したら、最初に酒作りと法律って言うのが書いてあった。
ここでetekoが驚いたのは、果実酒を作るのは昭和の37年4月まで法律で禁じられてたんだってさあ。
梅酒さえもダメだよ。
見つかると罰せられたんだってさあ。
それが続いて昭和38年になって13種の自家製造酒が許可になったとか。
他の物が許可にならないのは洋酒業界の圧力だってさあ。
ここにも悪商人とお代官さまが登場してたんだね。
それが、昭和46年に穀物とブドウ、山ぶどうを除いたものは何でも自由に使ってよいと、法律が改正されたんだんだてさあ。
知らなかったなアル。
果実酒にもこんな歴史があったとはね。
戦後の歴史は誰も教えてくれないよ。