二畳の部屋のお片付け中です。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

二畳のお部屋のお片付け中です。

ってもう何日かかってるんや。とびだすピスケ1

 

まだまだ終わらないなあ。

 

でも、中の写真の一部は公開できる程度になったすなあ。

 

ここの部屋は半世紀前は、eteko勉強部屋だったなあ。

勉強してた記憶はないけど、壁の所に親父が勉強机を作ったんだなあ。

大きな板が蝶番で柱に止めてある。

折り畳み式になってて、使わない時は、壁の方にたたんでおくっていうものだ。

床は畳になってる。

 

そうなんだよ、etekoのボロ屋敷は築55年以上経ってるよ。

建った当時は、13室あるお部屋はの床は全部畳だよ。

と言う事は、8×8=64

        6×4=24

        2×1= 2

合計で、90畳の畳が敷いてあったんだなあ。

 

現代の畳は団地などの住宅事情によって、一畳の畳のサイズが小さくなったと言うニュースを昔に聞いたよ。

でもetekoのボロ屋敷は、その昔以前に建ったから、畳のサイズは大きいサイズなんだろうなあ。

なんじゃろう、ボロ屋敷のお片付けをしながら、その事をブログに書いてるといろいろな過去が蘇って来るな。

ブログネタが無くて困るって言うのをたまに見るけど、そんなの信じられないなあ。

etekoは書くことがいっぱいありすぎて困るなあ。

すべてを書ききるのは不可能だよ。

多くの話しは、あっちの世界に持って行っちゃうよ。

何しろ、二畳のお片付けのネタで12月は持ちそうだよ。あんぐりうさぎ

 

写真にはナカちゃんが使ってた思われるミシンが2台。

足踏みと電動?

でも、使ってた姿を見たことないなあ。

記憶にもないなあ。

 

使い方も分からないなあ。

etekoが小学校の時に、家庭科の授業でミシンで雑巾を縫うって言うのをやった。

家にも足踏みミシンがあったんで、数枚の雑巾を縫った記憶はあるなあ。

 

あの頃って、家にミシンがある家庭は少なかったんじゃあないのかなあ。つながるピスケ

 

 

下の写真はetekoのボロ屋敷の分電盤だよ。

この二畳の天井近くに、家の中に張り巡らせてある内部の電線の大本がここだよ。

右側が昔の面影が残ってるなあ。

でもこれでも、etekoのボロ屋敷では新しくなった方のブレイカーだよ。

これは、エアコンを入れた時に取り替えたんだよ。

30年くらい前かなあ。

それ以前は、陶磁器の小さな弁当箱サイズの箱がいっぱい、天井近くに貼られた板に並んでた。

そして、小さなレバー式の入り切りのスイッチボックスも並んでたよ。

小さい箱の中にはヒューズが組み込まれてるよ。

ヒューズは今は世の中から消えたね。

 

ヒューズはググったりの検索対象になっちゃったよ。やる気なしピスケ

 

 

下が新しい?分電盤だよ。

新しいと言っても、もう変えてから10年以上経ってるよ。

10年以上前に、etekoのボロ屋敷は、オール電化にしたよ。

オール電化と言えば聞こえがいいけど、エコ・キュートとIHクッキングヒーターを入れただけの話しだよ。

オール電化は東電の陰謀なんだけどね。

オール電化にした時に、今風の分電盤に変わったよ。カナヘイうさぎ

 

田尻の新築の家もこんな感じの分電盤だよ。

新築と言っても、田尻の家も建ってから6年経つなあ。

もうすぐ7年目に突入だよ。

 

田尻の家の方の歴史?は覚えやすいよ。

2011年の3月11日の午前中に田尻の敷地で地鎮祭をやったよ。

桜川のボロ屋敷に戻ってき、家でまったりしてたら、午後にグラグラって震災がやって来た。

それから、1ヶ月以上はグラグラが続いたなあ。

 

梅雨明けに田尻の家の建築工事が始まったんだなあ。

そして年内には完成した。

翌年の新年から、ナカちゃんがひとりで住み始めたよ。

そして、今年の5月19日にナカちゃんが脳梗塞で倒れて空き家になっちゃったよ。

 

 

そして親父が使ってた釣り竿。

これは丘釣り用だけだね。

やっとここまで片付いた?よ。

って、2畳にぶち込まれてたガラクタを6畳の茶の間に出しただけだよ。

そして、積りに積もった塵とホコリを払ったけど、まだまだでござる。

大きなロッカーに入ってるガラクタは整理してないしなあ。

 

しかしなあ、こんなことしてても、一円のお金も入ってこないよ。

 

ブログのネタには困らないけどね。

 

貧乏暇なしだね。大泣きうさぎ