夏の思い出。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。


今年の夏の思い出は、eteko農園の水撒きぐらいしかないなあ。
写真は、2週間前くらいに撮った桜川のeteko農園?の様子だよ。
台風8号が来る前の様子だよ。

台風8号が車では、雨が降らなかった。
毎日、桜川と田尻の家に通って水撒きしてた。

そのついでに、雑草の除去と収穫を繰り返してた。

田尻の家の水撒きは、5月の後半からやってた。
5月の18日にナカちゃんが脳梗塞で倒れてから、田尻の方にも毎日のように行くようになった。

ナカちゃんが倒れた前の週に、田尻に植える夏野菜の苗の買い出しに、ナカちゃんと一緒に行った。
それまでには、田尻の家に行った時は、庭の除草作業をして帰って来ると言うのが日課になってた。
何しろ、3月頃には、警備員のバイトが入ってこなくなってた。
休業状態だよ。
ナカちゃんが入院した後に、バイトの依頼が来たけど、行けませんと断った。

ナカちゃんが入院してから、ばたばたしてた。

バイトはないのに、忙しかった。

日立総合病院に入院してた1ヶ月間は、ナカちゃんの容体もどうなるかわからなかった。
そんな時に警備員のバイトなんかできないよ。
貼り付けられたバイトの現場を離れたら避難ごうごうだよ。
それなら最初から断った方がいいよ。

そんなこんなで日が流れた。
相変わらず雨が降らないよ。
ニュースでは、節水にご協力ってのも耳にするようになってた。
梅雨だって言うのに、雨が降らないよ。
梅雨明け宣言がいつ出たのかわからんかった。
どんどん気温が上がって、連日の夏日だよ。

そんなさなか、痛風君もやってきた。
やって来た日も覚えてるよ。
6月20日だよ。
この日は、新西山荘GCでゴルフをやったんだよ。
梅雨の真っただ中で、雨を心配してたんだ。
夜明け頃まで雨が降ってた。
でも、ゴルフ場に行くと、ピーカンの青空だよ。
なんと、ゴルフ場では、午後に雷が来ると心配してたよ。
ラウンドしてる間に気温がどんどん上昇してくるのが分かるよ。
始まってからすぐに汗が出てくるよ。
「今日は完全に夏日のラウンドだよ。」
そんな事を言いあいながら4人でラウンドした。

梅雨の時期なのに、青空には、お日様が居座り、eteko達を焼き付けたよ。
後半のラウンドでは遠い山並みに、入道雲が湧きだしてきてた。
今年、初めて見た入道雲だよ。

家に帰って、まったりしてたら、半袖で日焼けした両腕がヒリヒリしてきた。
完璧な日焼けだ。
3月の頃からバイトに出てないよ。
今まで、まともな日差しの下に長時間立ったことがなかったよ。
その内に、左手の肘に違和感。
これって、痛風君。
ひと眠りして、次の日になったら、痛みが増してた。
痛風の発作が来ちゃったよ。
日増しに痛みが増す。
炎症が拡大してる。
その数日後、近場の石川クリニックに駆け込む。

そう言えば、去年も痛風君がやって来たのは、6月だった。
あの時は、6月の頭から、胃潰瘍で日立総合病院に入院してた。
あの時は、6月の1日だったか、警備員のバイトでいわきにひとりとばされた。
現場の場所が分からず、現場の周りをぐるぐるしてた。
遅刻して現場に着いた。
制服に着替えて、現場に行こうとしたら、立眩みがきた。
プリちゃんの運転席に戻って、一時間くらい横になってた。

そこを現場監督が見つけて、「何してるんだ。帰ってくれ。」だって。
現場をその日の内にお払い箱だよ。
日当も貰えないよ。
この時は、交通費も支給されてなかった。

いわきまで行かされて、日当もでないよ。
日立までの帰り道は6号国道を、コンビニに3回寄って休み、休み帰って来たよ。
桜川の家に帰る前に、田尻の家に寄った。
田尻の家には、ナカちゃんはいなかった。
この日は、ディーサービスの日だった。
田尻の家のソファーに2時間くらい横になって、それから桜川の家にもどった。

桜川の家で一休みしてから、家から一番近い石川クリニックに行った。
その時もふらふらしてた。
採血とかレントゲンを撮った。
症状は貧血気味だと言う。
原因は分からなかったみたい。
ただ、半年くらい胃の調子が悪かった。
市販の胃薬をのんだりした。

家に帰って自宅療養と言う事になった。
家で寝てると、2日してから、午前中に石川クリニックから呼び出しが入る。
直ぐに病院に来てくれだってさあ。
病院に行くと、待合の椅子の所に30分くらいまたされた。
病院の先生の話しだと貧血の状態がかなり危ないみたい。
救急車を呼んだので、日立総合病院に緊急入院してくれだって、

そこまで、etekoは酷い状態だったんだね。

日立総合病院に運ばれ入院と言う事になった。
etekoが緊急で運ばれるといろいろな検査が始まった。
担当の医師はぽっちゃりした女医だった。

胃カメラを呑まされたのがきつかったなあ。
貧血の原因は、胃潰瘍だった。
ここから血液が出てたみたい。

貧血の状態は、かなり危なかったみたい。
入院して直ぐに生まれて初めての輸血をした。
女医さんが「輸血と言うのは治療の最後の手段です。」とか言ってた。
入院した日から、絶食と点滴だった。

ベットに寝てる分には、痛みとかはないよ。
採血と点滴の針を差し替えする時が痛かった。
一番の苦痛は、何日か置きに呑まされる胃カメラだよ。
それで、胃潰瘍の傷の回復を定期的に検査するよ。

絶食がおかゆとかの病院食をなった頃だよ。
左足のくるぶしに変な違和感。
これって、痛風君。

2,3年は出なかったよ。
アルコールだって抜けきってるよ。
時間が経つにつれて、痛みが増してくる。
げぇー、痛風の発作だ。

でも、etekoは安心してたよ。
病院に入院中だよ、痛み止めの薬もすぐ貰えるよ。

しかし、世の中はetekoの為には回ってないよ。
担当女医さんが、「胃潰瘍の治療中だから、痛み止めの強い薬は使えないです。」っだてさあ。
そう言えば、痛風の痛み止めの薬は、炎症を抑える薬と、その副作用から胃を保護する薬の2つが出るよ。

入院中は、この痛風の痛みがひかなかった。
2週間くらい入院してたけど、10日間くらいは、痛風の痛みで苦しんでた。
2日くらいは、痛みで、眠れなかったよ。
ベットに横になってるのにね。

胃潰瘍が完治して退院する時も、迎えの車まで歩けなかったよ。
車椅子に乗って、妹の車まで向かった。


eteko農園の事を書こうと思ったら、痛風君の方になっちゃった。



ホウレンソウの種を蒔いたら密集して発芽した。
大きくなったところで、広い土地に移植したよ。
でも、このころに虫さんが食べ始めてた。
小さな葉っぱに、ぽつぽつと穴があいてた。



ここに移植したホウレンソウは三分の二くらいは収穫してしょくしたよ。
見に行くとよれよれのモンシロチョウが1羽、卵を産み付けていた。
そんな事がたびたびだった。
収穫した時には、小さなイモ虫が孵化してて、葉っぱに穴をあけほうだいだよ。
etekoだけが食するし、無農薬なんで、虫食い関係ないと食べちゃった。
とりあえず、水洗いを良くして、ゆがいで食した。


残ってるのは、虫さんに食べられちゃうなあ。


桜川のミニトマトは赤くなり始めると割れてはじけちゃうなあ。
もう時期的に終わりに入ってるんだね。