etekoは悲惨だなあ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

今年の夏場は、海の監視員のバイトをやった。

途中でくびになっちゃたけどね。

実は、5月頃の市報の監視員募集の記事を目にして応募した。

今年の夏も暑くなるんだろうなあ。
そんな中、警備員のバイトなんかやってられないよ。
そう思って、応募したよ。

還暦の爺さんが採用されるわけないなあと思ってたけど、採用されたよ。
履歴書に、上級救命の資格?とスキューバーダイビングでは、レスキューの資格を持ってると言うのを強調したのが良かったのかもしれない。

海で働けるんだってわくわくしてたよ。


でも、etekoの人生には、生きてる喜びを与えないようになってるみたい。

6月に入ったら、胃潰瘍で緊急入院だよ。
胃潰瘍部分から出血してて、貧血になってたみたい。
確か、6月の1日の日に、いわきの方の現場に行かされたんだ。
場所がわからなくて、30分くらい遅刻しちゃったよ。
制服を着替えて、現場に出ようとしたら、クラッと来たよ。

この日は、朝から暑かったよ。
日差しも強かった。
オイラは、思わず、車の座席に座り込んで休養してたよ。

30分くらい車で寝てたら、監督さんがオイラを発見して、「今日は帰ってくれ。」だってさあ。

いわきの方まで、1時間以上かけてきたっていのにさあ。
それに今日は、場所も分からなかったよ。
2時間はかかちゃったよ。

それが、帰えつてくれだって、

一円も、お金にならないよ。


オイラは、それからも、30分くらい、車で休息して家路についたよ。
6号国道をずーと、日立に向けて走らせた。
一気に帰れなかった。
途中、コンビニに2回寄った。
そこで、水分を補給したり休んだりした。

そして、広い駐車場の有る忍たまラーメンでも、車を止めて休息した。
行きは、2時間。
帰りは、3時間近くかけて、家に帰ったよ。

家に帰ったと言っても、田尻の家の方だった。
田尻の家には、12時頃に着いた。
ナカちゃんは、ディー・サービスでいなかった。
オイラは、リビングのソファーに寝そべた。

3時ぐらいまで寝てた。

それから、桜川の家に向かった。

桜川の家に戻っても、直ぐに寝込んだ。

次の日、近場の病院に行ってみた。

この週は、2日間、通院した。
この間、オイラの病状は、ハッキリわからなかった。
薬も何も出なかった。
問診だけだった。
ただ、家でちょっと動くとふらふらした。

2日目の日は、採血をした。
次の日の午前中に病院から電話が入った。
「直ぐに、病院に来てください。」、だってさあ。

病院に行くと、救急車を呼ばれ、そこから、日立総合病院に緊急入院となった。

胃カメラやCTスキャンを撮らされた。
病状は胃潰瘍らしい。
胃潰瘍の部分から出血してて、極度の貧血状態になってるらしい。
その日の内に輸血と点滴が始まった。
食事は、絶食となった。

オイラの貧血状態は、最悪の状態みたいだった。
医師が、「輸血は最後の手段です。」、てな事を言ってた。

そう言えば、ずーと、胃の調子が悪かったよ。
去年の暮れ辺りからだよ。
太田胃散とかサクロンとか、市販の薬を飲み続けてたよ。
それに牛乳なんかもね。

その頃から、胃潰瘍部分から出血してたんだろうなあ。

etekoは、バカだね。

etekoは、悲惨だね。

こんな状態で、警備員のバイトをやらないと行けないよ。


etekoの悲劇は続くよ。
入院して、3日目の朝、左足首に違和感が、
おいおい、こんな時に来るの。?
アルコールも飲めない状態が続いてるよ。
尿酸値だって、大分、下がってるはずだよ。
それなのに来るの。?

来ちゃったよ。
来た。
痛風の発作。
だんだん、痛くなって来たよ。
夜には、眠れないほどだよ。
白血球が尿酸の結晶に攻撃をかけて、炎症を起こし始めたよ。

痛風の病状に関しては、担当の医師や看護師よりも、オイラの方が詳しいよ。
オイラは、痛風の発作が左足首に発症した事を伝えたよ。
しかし、担当のS女医は、「今は、胃潰瘍の治療の点滴をしてるから、併用して、痛風の痛みを抑える強い薬は使えない。」、って事だよ。
3日3晩、ベットに横たわっているのに、眠れない日々が続いたよ。

左足首の痛風の痛みは、ずーと取れなかった。
退院した日も、左足首が痛くて、歩けなかった。
退院を早やめたのは、お金がかかるって事だよ。
働けないから、お金が入ってこないよ。

入院は,9日間だった。
家にもどっても、歩けなかった。
それからは、家で自宅休養だよ。

6月が終っても、足の痛みが抜けなかった。
じっくりと足を痛めてたからね。
それに、痛風の炎症を止める薬も、弱い効き目のものだった。
退院した時には、胃潰瘍の薬と痛風の薬をもらった。
痛風の薬は、炎症を止める薬と、痛みが治まってから、尿酸値を下げる薬を、1か月分もらった。

尿酸値を下げる薬は、1粒も飲めなかった。