悲劇は、日曜日の夜から始まった。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。


etekoの悲劇は先週から始まってたよ。

おかげで、ブログもギターも弾けなかった。

今日まで弾けなかったよ。

車検代の14万円を払い込まないといけないetekoだよ。
嫌な警備員のバイトを再開するかと、先週の水曜日、警備会社の支社に顔を出したよ。
今週辺りから、働きたいんですけど・・・・・。

そしたら、支所長さんが、「病院の診断書をもらって来て下さい。」、だってさあ。
仕事に復帰するのはいいんだけど、診断書を見てからだってさあ。

実は、この夏も、熱中症で亡くなった隊員さんがいるのよ。
そんな訳で、上からのお達しで、病気から復帰して、仕事に復帰する人間の身辺調査を徹底しろみたいなことみたい。


おおー、etekoは、今週は、働けないよ。

来週の、25日に、病院に行くことになってるんで、そん時に、診断書を貰ってきますって事になった。

だから、昨日は、病院から診断書を貰って、今週からは、嫌な警備員のバイトに復帰と言う筋書きだったんだ。


ところがだよ、悲劇は、23日の日曜日の夕方に起こった。
もう、19時近くだよ。
大分、日も短くなってきたよ。
19時には、日も落ちて、真っ暗っだよ。


オイラはこの時、桜川のボロ屋敷のキッチンで一人の夕食を作ってたよ。
オイラの農園?で採れた、大根、ナス、キュウリなどを切って、調理?
してたよ。

鍋で、大根、ナス、大葉なんかを茹で゛てたよ。
茹でてから、5分くらいで、お袋からの着信だよ。

19時、近くだよ。
今まで、こんな時間に、お袋から、電話がかかってきた事ないよ。

お袋は、弱弱しい声で、「お腹が痛いよ。我慢できないよ。田尻に来て、」、だって、

オイラは、IHクッキングヒータのスイッチを切り、夕食も食べずに、田尻に向かったよ。

日曜日の19時頃だったんで、20分もかからず、田尻の家に着いたよ。


玄関の鍵を開けて、家に入ったら、お袋がよたよたと、リビングのカーテンを閉めてた。
「大丈夫。」、と、声を掛けたら。

「朝から、腹の調子が悪かった。午後からは、妹が来てて、16時頃までいたよ。それからは、腹の調子も回復したんだけど、帰った後に、痛みが出て来た。どうしようもなく、etekoを呼んだよ。」、だってさあ。

ソファーに座ったお袋は、ゴミ箱を顔の前に出して、吐き出したよ。

こりゃあダメだって思ったよ。

オイラは直ぐに、119に電話したよ。

10分ぐらいで、救急車は、到着だよ。

お袋は、自分の和室の部屋に戻ってた。
ここでも、ゴミ箱に、吐いてた。

そして、オイラをしかりつける。
「何の準備もしてないのに、何で救急車を呼ぶんだよ。」、だってさあ。

そんな事はどうでもいいよ。


くだをこねるお袋を、救急隊員に任せて、家から、救急車に運んでもらう。

救急車は、家の前の狭い道に横付けしてあった。
たまに入ってくる、車が、救急車の横を通り抜けるのに苦労してた。

救急車は、そこに、5分くらい停車してた。
その間に、お袋の血圧とか、血液とか調べてたんだろうなあ。
それに、搬送する病院の手配とかね。

乗せられたお袋は、「総合病院じゃうないとダメだよ。」、と、わがまま言ってる声が聞こえた。

オイラは、お袋の手荷物を揃えてから、後から、自分の車で、日立総合病院に向かうことにした。

田尻から、助川の日立総合病院までは、10分ちょっとで着くよ。

救急車だから、10分くらいで着くかなあ。


日立総合病院に着いた救急車の救急隊員さんから、オイラの携帯に連絡がある。
お袋のお薬手帳を持ってきてくれだってさあ。

その電話に、お袋の声で、お薬手帳は、洋服ダンスの横にあるって言う声が入る。

探したけど、見つからなかった。


お袋は、糖尿病でインシュリンを打ってる。
足も悪い。
両足には、人工関節が入ってるよ。
お腹は、おへそフェルニアて言うのになって、2回、切開してる。

今回の腹の痛みも、この切開の影響だよ。

前から、お腹の調子が悪いのを訴えてたよ。


ただ、今年は、87歳だよ。
3回目のお腹の切開はしたくないって言ってたよ。

でも、こうなっちうと、どうしようもないよ。


お薬手帳は見当たらなかった。


その代わりに、毎日、服用してる薬の薬箱とお薬の入った袋があった。
それを手に、日立総合病院に向かった。