いわきの植田に立ってた。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

昨日は、福島県のいわきの植田の空の下に立っていた。
日立から、いわきまでは、車で、6号国道を走って、1時間30くらいかかる。
おまけに、もう一人の隊員さんを、オイラのプリちゃんで乗せていくことになってた。
朝は、支社を6時前の出発だったが、6時ちょいすぎの出発になってしまった。
乗せていく相棒は、今年から警備員を始めたと言う、T君だった。
T君は、それまでは、葬儀屋さんの営業をやってたと言う30代の男だ。
T君は、今日、向かう現場には、警備員をはじめた当初から、何度もいかされてるみたいだ。

「いやー、警備員になったのはいいけど、現場がこんなに遠い場所ばかりとは、おもってみなかったです。」、ってぼやいてた。

T君と一緒になった現場は、夜勤の新葛飾橋の現場だった。
T君は、警備員を始めてから、近場の現場の仕事はあまり回ってこないとぼやいてた。


現場は、宅地の造成工事をやってた。
場所は、海沿いの県道と反対側の荒地だった。
海沿いといっても、道路の反対側、真新しい堤防の建築中みたいだ。
だから、その向こうは、すぐに太平洋だよ。
この辺りは、いわき市と言っても、茨城県から近い方だよ。
それでも、4年前の震災で、津波が来たんだと思った。

オイラが経った場所は、造成地の裏道のT字路の所だった。
ここには、車両通行止めの看板や、迂回をお願いしますの看板が立てかけてあった。

ここの道路を先に行くと、海沿いの道路に出られるようになってるけど、工事中で、通り抜けできなくなってるよ。

ここの荒野は、海からすこづつ高くなってるみたい。
そして、この道路の山側の方に、改修した農家の家が、間隔を置いて4,5軒、立ってるよ。
その建屋の裏は、小高い丘になってるよ。
茨城県の日立市から、福島、宮城、岩手、青森まで、太平洋に面してる土地は、ずーとこんな感じだよ。
海から、10から20メートルぐらい高くなってるよ。
阿武隈山系の方から流れてくる沢山の川によって形成された扇状地が、低い土地になってるよ。

朝の雑談風の朝礼の時に、玉葱を作ってる農家の家だと聞いていた。
午前中に、散歩してるオジさんに、聞いたら、「ここの荒野は、大きな工場と田んぼだったんだよ。それが、津波で流されちゃったよ。津波の時は、鉄骨がごろごしてたよ。

オイラが立ってる場所の後ろの民家も、床上1メートル以上浸水したと言ってた。


遠くに見える工事現場では、砂利などを運ぶダンプがひきりなしに、出たり入ったりしてた。
そして、黄色いローラー車が動いてた。
朝の8時から、動き出したユンボも、カンカンとコンクリートを砕く騒音をまき散らしてる。
前からあった貯水槽を壊してるみたいだ。
ここの造成地は、前からある構造物を壊しして撤去したり、道路を作ったりと、火力発電所を増築したりといろいろ作業が山積みだよ。
それなのに、看板には、工事は、3月いっぱいってなってるよ。
終らないよね。
堤防の方の工事も、2年ぐらい前から始まったみたいだけど、四分の一も進んでないよ。
それに、堤防に沿った道路も、片方の車線が酷く狭くなってるよ。
堤防工事の為に道路幅を削られたんだね。
ここの部分も、道路を荒野の方に拡張して、緑地帯とか歩道を作る事になってるらしいんだけど、何もすすんでないみたい。

3.11から4年が経とうとしてるのにね。
しかも、オイラの住んでる日立からは、比較的、近い「いわき市の植田」が、このありさまだよ。


緩い現場だったんで、いろいろ妄想したり、スマホで写真を撮ったよ。
いつもの現場より、大目に煙草を吸っちゃったよ。
それに、長い時間、空を見上げてたよ。
たまに、銀色の豆粒の機体が、音も立てずに横切って行くよ。

ヘリコプターも飛んで行ったけど、確認はできなかった。

3.11が、近いから、東京の方から、取材へりが福島の原発に飛んでゆくのかなあ。

海は、青くかがやいてるけど、ここの海は、魚は獲っちゃダメなんだろうなあ。

4年も、獲らないと、お魚さんで、いっぱいになっちゃうのかなあ。
人間が獲らないとなると、海の生態系も変わるよね。


ここの地域は、浅い入江になってるよ。
津波の時は、凄かったみたいだよ。


3.11が近づいたこの時期に、福島の現場に行かされるなんて、何か、因縁を感じるなあ。