なんか鬱々な。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。


パチンコ屋にはなけなしのお金を積み立ててしまった。

そして、昨日のバイトは遅刻で、また首になる。

17時図に帰宅すると、右隣の町内会の会長のSさんと年配の男が、玄関先で話してる。

男は、すぐにその場を離れた。

オイラは、車から離れて、トリさんの小屋に向かった。
今日は寝坊しちゃったんで、ウコちゃんにエサをやれなかったよ。
もう、日も沈んで暗くなりそう。

そんな時、駐車場の入り口で、町内会会長のSさんが、「おーい、おーい。」と、オイラを読んでる。

行ってみると、「訃報だよ。隣のFさんの奥さんが亡くなったよ。明日、11時から告別式だよ。9時30に出棺だよ。」と言われた。

Fさんの奥さんの訃報を聞いていろいろな思い出が蘇った。
オイラのボロ屋が建った頃に、Fさんの家も建ったよ。
どっちが先だったか、覚えてないよ。
その頃は、周りは、田んぼや畑だった。
農業をやってる地主さん達の家が点在してた。
Fさんの奥さんも、この辺りの地主の出身で、結婚を機に、家をたてたみたいだ。

オイラのボロ屋の前の道路は、砂利道だったよ。
家の前の下水道は、土をほった用水路なのか、小川になってた。

周りには、この2軒しかなかった。

その後すぐに、市営の平屋と2階建てのアパートが周りにできた。
ここの市営アパートも旧いよ。
築50年以上経ってる。

だから、Fさんとのお隣さんながいよ。

亡くなったFさんの奥さんと、オイラのお袋は、一つ違いだよ。

Fさんには、息子が二人いた。
兄弟は、兄が、オイラの一つ上で、弟が一つ下だった。
小学校の頃までは、家の周りでよく遊んでだよ。

弟の方は、オイラが、大学に行ってる頃に、亡くなったみたいだ。
オイラは、外に出てたんで、理由は、知らないが、風の噂で、「自殺」ってのも耳に入ったけど、本当の事は分からない。

兄の方は、東京?の方に出てしまったみたいだ。
オイラが、ボロ屋に帰って来た30年以上も前から、隣のFさん宅は、老夫婦の二人暮らしになってた。

9時30分に出棺した。
今、オイラは、ボロ屋に戻り、このブログを書いてる。
11時には、日立サンプラザで告別式だよ。
日立サンプラザは、オイラのボロ屋の前の道をまっすぐ、6号国道に行くと、その角が日立サンプラザだ。
歩いて、10分はかからないよ。


オイラの親父もここで、お通夜、告別式をやったよ。