前の記事でも紹介したけど、オイラが生まれた頃の街の風景の動画だよ。
ここは、日立鉱山だよ。
ここには、戦前に「東洋一高い大煙突」が建っていた。
銅を精錬する為に出てくる、有毒な煤煙を高いところで拡散する為に作られたらしい。
ここからは、日立製作所や日本鉱業なんて会社が発生したよ。
この動画を見るといろいろな事を思い出すよ。
煙突の建ってる山の下の方を宮田川が流れてるよ。
この川は、1980年代になるまで、鉱山の汚水が流されてて、いつもセメント色した川面をしてた。
この川は、鉱山の入り口の下を流れてる。
それが、太平洋までで流れてる。
鉱山から太平洋までの距離は4キロもないような気がする。
宮田川は、低い山と山にはさまれてて、絵にかいたような扇状地になってる。
動画で出てくるアパートは、鉱夫達の住居として、山の斜面に建てられていた。
鉱山の入り口から1キロくらいは、宮田川に沿った道路が、急な坂道となって常陸太田市に伸びている。
動画で出てくるアパートは、鉱夫達の住居として、この道路の横に、山の斜面に建てられていた。
この坂道を下ってくると、オイラが生まれた新町がある。
扇状地の要のところに鉱山病院があり、そこで生まれたような気がする。
気がすると言うのは、誰もこの事を、はっきり教えてくれなかった。
ひょっとしたら、貸家で、盥の中に産婆さんに取り上げられたのかも、
この頃、親父は、新町で米屋をやっていた。
その時は、車は持ってなく、単車で米を配達してた。
この頃、神峰公園が作られた。
親父の単車の荷台に乗せられて、動物園によく連れていかれたのを覚えてる。