
フリーアナウンサーの唐橋ユミ(43)が、中年男性とのデート現場を『週刊ポスト』(小学館)に激写された。お相手は映画監督・脚本家の成瀬活雄(55)だ。2人は10月7日の午後6時ごろ、東京・渋谷の人混みを仲睦まじく歩いていたという。
唐橋はTBS系『サンデーモーニング』などに出演している。張本勲(野球評論家)と共にスポーツコーナーを担当している眼鏡っ娘だ。一方の成瀬は1997年に映画『不機嫌な果実』で監督デビュー。テレビでは『夢で逢いましょう』『嫌われ松子の一生』『小さな巨人』(いずれもTBS)の脚本を担当した。
2人はどこで知り合ったのか。真相は分からないが、共に城西国際大学で教員を務めていた時期がある。唐橋は非常勤講師、成瀬は准教授。その仕事を通じて、知り合った可能性もある。2人は 2017年12月に唐橋のマンションで同棲生活を始めたという。
気になるのは、成瀬に結婚歴があることだ。妻は漫画家の水沢めぐみで、2人の間に2女がいる。成瀬が離婚していなければ、唐橋との関係は不倫となる。離婚したかどうかは諸説ある。
『週刊ポスト』と唐橋は縁が深い。唐橋は同誌2011年9月16・23日号の表紙とグラビアを飾った。これが好評だったため、アンコールに応えて同年12月2日号の表紙も飾った。
同誌は、記事でも唐橋を何度か取り上げた。「唐橋ユミは巨乳」とネットで話題になっていた2011年4月30日、本人がツイッターで「私は巨乳ではありません。申し訳ありません。着る服によってそう見えてしまったのでしょうか」などとつぶやいた。これを受けて、同誌は「唐橋ユミの『巨乳騒動』に実父『あれで巨乳の部類?』」(同年5月20日号)という記事を載せた。実父とは、喜多方市の「ほまれ酒造」で社長を務める唐橋幸市郎(現在は会長。会津喜多方商工会議所会頭も兼務)だ。
同誌が載せた唐橋の記事は他にもある。「唐橋ユミ スコアが悪いと自分の世界に入るゴルファーが苦手」(2011年11月18日号)、「福島県出身・唐橋ユミ『世は無常』と自分を納得させる日々」(2012年3月9日号)、「唐橋ユミ 福島風評被害乗り越え実家の日本酒が世界一を獲得」(2015年8月14日号)、「元関脇・琴錦と唐橋ユミのBS番組で相撲がもっと楽しくなる」(2017年12月8日号)など。同誌はこの数年間、唐橋を記事のネタとして着目していたのだ。
そのハイライトが、今回の「唐橋ユミに初ロマンス発覚 メガネを外してデートする相手は?」(2018年10月26日号)だ。本誌(紙媒体)に載ったのはモノクロ写真だったが、ネット版に載ったのはカラー写真。唐橋は眼鏡なしの素顔、成瀬は短パン(バーミューダパンツ)姿だった。人混みでこの写真を撮るのは技術と時間がいる。同誌は、2人が交際しているという情報を入手し、ずっと追いかけていたのだろう。
唐橋は1974年10月22日生まれ。実家は前述したほまれ酒造だ。男女女の3人きょうだいの真ん中。兄の裕幸はほまれ酒造社長、妹の宙子はシンガー・ソングライターとして活動している。
唐橋は会津女子(現・葵)高校から実践女子大学に進学。高校時代はスキー部、大学時代はチアリーディング部に所属していた。大学卒業後の約1年間は定職に就かず、映画館のもぎり、ホテルの配膳、巫女などのバイトで収入を得た。
アナウンサーを志したのは、櫻井よしこ(ジャーナリスト)の講演会に聴衆として出席したことがきっかけだった。薬害エイズという複雑な問題を分かりやすく解説する櫻井の話を聞き、自分も人前で話をする仕事がしたいと思ったのだ。すでに大学を卒業していたが、高橋圭三が主宰する「圭三塾」に入り、アナウンサーになるための勉強を始めた。
それから約9カ月後、喜多方市に住む母・美紀子から「テレビユー福島がアナウンサーを募集している。受けてみたら?」と連絡があった。唐橋は中途採用の試験を受けて、難関を突破。1999年に契約アナウンサーとして入社した。
テレビユー福島は1983年12月に開局した。TBS系列で、本社スタジオは福島市にある。県内では最後発のテレビ局なので、先発の福島テレビに比べると経営規模が小さい。社員数も少ないため、1人ひとりの役割が幅広く、唐橋は取材先のアポとりから原稿書きまでこなした。
入社当初は午前の情報番組『まるとく』、途中から夕方の報道番組『ニュースの森ふくしま』を担当した。全社挙げて中継する11月の「ふくしま駅伝」では、中継所のたすき渡しを実況した。
ブログの冒頭に載せたのは、2000年秋に撮影した写真だ。福島市佐原の四季の里で開催された「福島コメ王国」(JA全農福島主催)のワンシーン。ステージに登場したのは、写真左から太田みどり(テレビユー福島アナウンサー)、唐橋ユミ(同)、阿部和加子(フリーアナウンサー)、佐藤加奈(ふくしまFMアナウンサー)、小林まどか(同)の5人。テレビユー福島とふくしまFMのアナウンサーが2人1組になって料理対決をするという企画だった。
テレビユー福島の2人はコック姿、ふくしまFMの2人はアディダスのTシャツ姿だった。阿部はイベント全体のMCを担当。阿部はその後、テレビユー福島の特番で照英と知り合い、結婚した(本ブログ2017年7月30日付参照)。
唐橋は2004年3月、契約満了に伴いテレビユー福島を退社した。その後は上京し、関口宏が会長を務めるタレント事務所「三桂」に所属。同年10月から『サンデーモーニング』に出演するようになった。2007年に番組で眼鏡をかけるようになり、それ以降はその姿がアイデンティティーになった。
もともと視力が悪く、番組ではコンタクトレンズをつけていた。打ち合わせの場では眼鏡をかけていたが、あるとき、それを見た関口が「番組でも眼鏡をかけてみたら」とアドバイスした。眼鏡の女子アナウンサーはほぼ皆無なので、唐橋は半ば冗談だと受け止めた。改めて確認すると、関口は「眼鏡姿でいいじゃないか」と回答した。
眼鏡をかけて番組に出演すると、大きな反響を呼んだ。それまでは視聴者に「サンデーモーニングに出演している人」と見られていたが、そのうち「眼鏡をかけている人」となり、さらに「唐橋ユミさん」と名前を覚えてもらえるようになった。眼鏡をかけたことで、唐橋は匿名の存在から脱することができたのだ。
唐橋のもう1つのアイデンティティーは会津弁だ。これも関口のアドバイスが発端だった。時期は2007年。福島県立水族館「アクアマリンふくしま」(いわき市)の研究チームがインドネシアでシーラカンスの生態撮影に成功した。『サンデーモーニング』はこの話題を取り上げ、映像を放送。そのとき、関口が「唐橋君は福島出身なんだから、福島弁で原稿を読んでみて」と求めた。
唐橋は嫌々ながらという顔をしながら、会津弁で原稿を読んだ。すると、スタジオの共演者は笑顔を見せ、「方言はいいね」と言った。2ちゃんねるの実況板は「ユミタソ萌え🖤」「ユミタソの方言にビックリ( ゚Д゚)」という書き込みが相次ぎ、1スレがあっという間に消費された。
これに気を良くした唐橋は、自分から会津弁を披露するようになった。2009年1月の全国都道府県対抗男子駅伝競走で福島県が5位入賞したときは、笑顔で会津弁を連発。同年8月の世界陸上ベルリン大会男子マラソンで佐藤敦之(会津若松市出身)が6位入賞したときは、半泣きで会津弁を口にした。2008年北京五輪男子マラソンで最下位だった佐藤が復活したからだ。
眼鏡と会津弁は、唐橋の2大武器だ。女子アナに眼鏡、アナウンサーに方言。このギャップが唐橋の人気を高めた。これらがなかったら、唐橋はよく居るお嬢さん的なアナウンサーの域を出なかった。その潜在能力を引き出した関口のマネジメント能力はさすがと言わなければならない。
被災地の福島県は2011年以降、東京で定期的に復興イベントを開催している。県内出身で、東京でも顔と名前が知られている唐橋は、その司会を任されることが多い。県内のイベントにも司会やゲストとしてよく招かれる。今年9月は、5日の葵高校創立110周年記念式典(会津若松市)で講師、17日の西田敏行福島県県民栄誉賞表彰式(郡山市)で司会をそれぞれ務めた。
その直後に成瀬との交際が発覚し、唐橋は事務所を通じて「チャンスを逃すのはまずい年頃なので、そっと見守ってください!」というコメントを出す事態になった。
交際はいいとしても、成瀬は果たして水沢と離婚したのか。これがはっきりしないと、福島県は唐橋に仕事を頼みづらくなる。仕事を頼んで、あとで不倫だと分かったら、「福島県は不倫を推奨しているのか」と突っ込まれるからだ。このままでは、唐橋が宙ぶらりんになり、仕事が少なくなる。その責任は成瀬にあるので、自らの「立場」を早く明確にすべきだ。
【文と写真】角田保弘








