△入場する両チームの選手たち

今年もこの大会がやってきた。サッカーの天皇杯福島県代表決定戦だ。従来は夏場に行われていたが、今年は春先になった。開催時期が約4カ月も前倒しになったので、 私は「時差ぼけ」が抜けないまま、その決勝戦を観戦することになった。
対戦カードは昨年と同じ。福島ユナイテッドFC(J3)対いわきFC(福島県社会人リーグ1部)だ。両者の間にはJFL、東北社会人リーグ1部、同2部と3つのカテゴリーが存在する。しかも、いわきFCは事実上、発足2年目の若いチームだ。本来であれば「役者が違う」となるが、いわきFCは県1部としては桁外れの戦力を有している。常識では測れないチームだ。


△福島ユナイテッドのサポーター

△いわきFCのサポーター

△北側(手前)が福島U、南側がいわきFC

両チームは今年、新監督のもとで再スタートを切った。福島Uが田坂和昭、いわきFCが田村雄三。両者は奇しくもベルマーレ出身である。
田坂は広島市出身。大河FC(広島)-東海大学第一高校(静岡)-東海大学-ベルマーレ平塚-清水エスパルス-セレッソ大阪というコースを歩んだ。2002年限りで現役を引退し、セレッソ大阪ユースのコーチに就任した。その後、大分トリニータ監督、清水エスパルス監督などを歴任し、2016年は松本山雅FCコーチを務めた。
一方の田村は群馬県渋川市出身。前橋ジュニアユース(群馬)-帝京高校(東京)-中央大学-湘南ベルマーレというコースを歩んだ。2010年限りで現役を引退し、湘南の強化部スタッフに就任した。2015年12月に湘南の社長だった大倉智と共にいわきFCに移り、2016年は強化・スカウト部門の本部長を務めた。


△福島ユナイテッドのバス

△いわきFCのバス

福島Uは、もともと湘南との関係が深い。湘南でプレーした時崎悠(福島市出身)が、2007年に福島Uの前身であるFCペラーダ福島に入団し、選手兼任監督に就いた。続いて2012年に元湘南スタッフの竹鼻快が加入し、ディレクターに就任した。竹鼻は湘南からガイナーレ鳥取に移籍し、GMを務めた。湘南時代の仕事ぶりを知っていた時崎が、オファーを出すようにクラブの幹部に進言。竹鼻は隣接する宮城県仙台市出身だったこともあり、福島Uのオファーに応えた。現在はGMを務めている。
福島Uと湘南は2013年に事業提携し、クラブ経営や選手育成などで連携を図るようになった。湘南にとっては被災地のクラブを支援するという目的があった。また、湘南の試合に出られない若い選手を福島Uに派遣し、鍛えてもらおうという狙いもあった。選手を受け入れる側の福島Uは、戦力が充実するというメリットがあった。当時は福島がJFL、湘南がJ1への昇格を決め、それぞれが昇り調子にあった。
福島Uは2014年、新設のJ3に参戦した。これに伴い、S級指導者ライセンスを持っていない時崎は監督を退任し、湘南ユースのコーチに転身した。GMの竹鼻は、後任に湘南でもプレーした栗原圭介に白羽の矢を立てた。栗原は快諾し、3年契約を結んだ。2016年に契約満了で退団。竹鼻はその後任に田坂を選任した。田坂も前述したように湘南(平塚)でプレー経験があり、その意味で福島Uに適した人材だったと言える。


△会場に設置された大会の看板

△天皇杯のジャンパーを着たスタッフ

△グラウンドに展示されたトロフィーと盾

いわきFCを運営するいわきスポーツクラブ社長の大倉智もまた、湘南との関係が深い。選手としては柏レイソル、ジュビロ磐田、ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)でプレー。引退後に湘南の強化部長、GM、社長を務めた。湘南が福島Uと事業提携したときは、強化部長だった(その直後にGM就任)。
J1クラブ社長といえば、国内のサッカー界では最高のポストだ。湘南は浦和レッズや名古屋グランパスエイトほどのビッグクラブではないが、フジタ工業サッカー部の流れを汲む名門である。しかし、大倉は旧知の安田秀一ドーム会長に誘われ、いわきスポーツクラブヘ。J1クラブから県2部クラブに移籍するというのは、ある意味、勇気のいる決断である。都落ちもいいところだが、大倉は「スポーツで社会を豊かにするという(安田の)理念に共鳴した」と語っている。
ドームは2016年、いわき市常磐上湯長谷町に物流施設「ドームいわきベース」を完成させた。延べ床面積は5万4000平方㍍。24時間稼働で、約400人を雇用している。物流施設の隣接地に人工芝のグラウンドやクラブハウスを建設し、いわきFCの活動拠点とした。選手たちは午前中に練習し、午後に物流施設で働くという勤務形態をとっている。
ドームは今年1月、東京・有明コロシアムで「キックオフパーティー」を開き、2017年の事業構想を発表した。関係者約5000人が参加。安田は「女性のスポーツ参加を促したい」と述べた上で、女優の長沢まさみとコラボレーション展開すると強調した。また、いわきFCの発足に伴い、「初年度に約30億円を投資した」と明かした。


△大型ビジョンに表示された先発メンバー

△両クラブのグッズ売り場

福島UといわきFCは、湘南を通じて因縁がある。両チームはこの先、天皇杯福島県代表決定戦の決勝で何度もぶつかることになるだろう。他のチームがそこに割り込み、三つ巴にするのは至難の業である。
両チームの試合は「福島ダービー」と呼ばれている。本来的に言えば、天皇杯福島県代表決定戦はあらゆる試合が福島ダービーだ。福島県のチームしか参加できないからだ。その状況で両チームの試合だけがそう呼ばれるのは、県内では戦力が突出しているからである。
将来を見据えている面もある。いわきFCが順調に昇格を続ければ、いずれ福島Uとリーグ戦でも激突することになる。そうなることを期待してウズウズしている人々が、フライング的にこの言葉を使っているのだ。


△スタンドで観戦する安田ドーム会長(中)

両チームは昨年5月23日、福島市の十六沼公園サッカー場でトレーニングマッチを行った。天皇杯福島県代表決勝戦の前哨戦で、0-0のスコアレスドローだった。本番は8月21日にあいづ陸上競技場で行われ、延長戦の末に福島UがいわきFCを2-1で破った。延長戦の後半はいわきFCが押しぎみだった。その戦いぶりからすると、いわきFCは発足1年目ながら、JFLレベルの戦力を有していたことになる。
両チームは今年1月21日、十六沼公園サッカー場で再びトレーニングマッチをする予定だった。しかし、積雪の影響で中止になり、その後は対戦する機会がなかった。4月9日の天皇杯福島県代表決定戦の決勝が、今年初めての対戦。会場は2015年の決勝以来、2年ぶりに福島市のとうほう・みんなのスタジアム(県営あづま陸上競技場)になった。福島Uの本拠地である。アウェーのいわきFCは、応援団がバスを仕立てて会場に乗り込んだ。(つづく)






△ピッチを走り回る選手たち

△ゴール前の攻防

△いわきFCのコーナーキック

△ピッチの周りに陣取るカメラマン

サッカー天皇杯福島県代表決定戦の決勝が4月9日、とうほう・みんなのスタジアム(福島市)で行われる。2016年の決勝と同様、福島ユナイテッドFCといわきFCが激突する。福島Uが勝てば10年連続で福島県代表になる。いわきFCが勝てば、初めての代表になる。注目の一戦は、13時05分に始まる。
福島UはJ3、いわきFCは福島県社会人リーグ1部に所属している。両クラブの間にはJFL、東北社会人リーグ1部、同2部と3つのカテゴリーが存在する。本来であれば格が違うとなるが、いわきFCは地域リーグのクラブとしては桁外れの戦力を有している。アンダーアーマーの日本総代理店ドームが運営しているからだ(厳密に言えば、運営主体は子会社のいわきスポーツクラブ)。
両クラブは2016年5月23日、十六沼公園サッカー場(福島市)で初めて対戦した。調整を兼ねた練習試合で、0-0の引き分けに終わった。再戦は8月21日、天皇杯福島県代表決定戦の決勝だった。会場はあいづ陸上競技場(会津若松市)。延長の末に福島Uが2- 1でいわきFCを破り、J3の面目を保った。気温が30度を超えたため、終盤は消耗戦になった。

△福島ユナイテッドのグッズ売り場

△いわきFCのグッズ売り場

△アンダーアーマー製のTシャツ

△福島ユナイテッドのサポーター

△いわきFCのサポーター

両クラブは、陸上競技場前の広場にグッズ売り場を設営した。西側が福島Uで、テントの色は赤。東側がいわきFCで、テントの色は黒。福島Uのグッズにはヒュンメル(デンマーク)、いわきFCのグッズにはアンダーアーマー(アメリカ)のマークが入っており、売り場の周りには人垣ができた。
ハーフタイムの最中、いわきFCのグッズ売り場にドーム会長兼CEOの安田秀一が姿を現した。スタッフを激励するためである。前半終了時点で福島Uが1点をリードしていたため、安田は「まだ1点差。後半で追いつける!」と叫んだ。そこにタイミングよく、いわきFC公認サポーターのタレント武田玲奈(いわき市出身)がやって来た。武田の女性マネージャーは、すかさず安田に「写真撮影をお願いします」と頼んだ。安田は武田と握手し、笑顔をつくった。マネージャーは、手にしていたカメラでパチリ。安田はアンダーアーマーのポロシャツ、武田はいわきFCのTシャツを着ていた。

△表彰式に臨む両クラブの選手たち

△トロフィーを手にしてサポーターの元へ

両クラブはシーズン終了後、監督の交代を決断した。福島Uは栗原圭介から田坂和昭、いわきFCはピーター・ハウストラから田村雄三ヘ。栗原は3年契約を満了したが、ハウストラは1年でその座を退いた。
田坂は広島市出身。ベルマーレ平塚などでプレーし、引退後は大分トリニータ、清水エスパルスの監督を務めた。2016年に松本山雅FCのコーチに就いたが、1年で退任し、福島にやって来た。
「竹鼻快GMから監督就任を打診されたとき、選手を鍛えて欲しいと言われました。私自身、選手を辞めて指導者になったとき、選手と一緒に成長したいと考えました。それは選手を育成するという上から目線ではなく、選手と共に自分自身も成長したいという意味です。ですから、竹鼻GMの話は、自分の中で求めているものでもありました。自分自身がもう一度この縁もゆかりもない福島という地で新たな指導者人生を送れるのではないか、そういった部分で心を打つものがあり、監督を引き受ける決め手になりました」(監督就任の記者会見で)
一方の田村は群馬県渋川市出身。湘南ベルマーレでプレーし、引退後は湘南のテクニカルディレクターなどを務めた。2016年はいわきFCの強化・スカウト本部長として活動。ハウストラの退任に伴い、監督に就いた。
「いわきFCが目指すビジョン、スタイルを体現するカルチャー作りを、選手と共に一生懸命行っていきたいと思います。どんな事があろうと、ブレずに突き進みます」(クラブのホームページから)

△サポーターと談笑する大倉社長

△福島ユナイテッドの大型バス

両クラブの監督は、奇しくもベルマーレ出身である。ただ、監督経験が豊富な田坂に対して、田村は監督1年生である。その経験不足を補うため、いわきスポーツクラブ社長の大倉智が総監督に就いた。社長兼総監督である。
大倉は柏レイソルなどでプレーし、引退後は湘南ベルマーレのスタッフや社長を務めた。旧知のドーム会長・安田の要請でいわきFCヘ。J1クラブから地域リーグクラブの社長に転身するというのは、常識では考えられないことである。逆に言えば、いわきFCはそれだけ魅力のある、別の言い方をすれば発展性のあるクラブということだ。
大倉は、いわきFCのホームページ内にある「社長論説」(4月6日付)にこう書いている。
《福島ユナイテッドFCさんへ
フットボールという興行は、両チームの攻撃的な姿勢のぶつかり合いがあって初めてお客様を楽しませることができます。相手のミスを待つのではなく、自ら仕掛ける外連味のないフットボールで、スタジアムにお越しいただくお客様に感動を届けましょう!!》
人によっては、この文章を「挑発」と解釈するかもしれない。ましてや、両クラブを比べると、いわきFCの方が格下である。通常は「胸を借りたい」と言うべきところだが、大倉は普段から「プロが試合をする究極の目的は、勝利じゃないですよ。お客様に感動してもらいたい。勝負をつけるのは、感動してもらうための手段なんです」と公言している。その考え方が、前述した文章に表れたと言えるだろう。

※2016年の試合については本ブログ(2016年11月21~22日付)で詳しくレポートしたので、参照していただきたい。
写真は、いずれも2016年の天皇杯福島県代表決定戦の決勝で撮影。

朝日新聞の「声」(2016年10月30日付)に「プロ野球 鳴り物禁止の日を」という投書が掲載された。投稿者は千葉県の地方公務員(51)である。
《プロ野球は応援がうるさ過ぎる。トランペットや太鼓など、鳴り物を使った応援はやめた方がよい。のべつまくなしの応援もやめてほしい。大リーグでは盛り上がるところは盛り上がり、じっくり観戦するところは観戦して、試合に集中している。そもそも応援はチームが勝つためのものだが、応援すること自体が目的になってはいないだろうか。グラウンドに背を向けて応援している人たちも、グラウンドを見て応援した方がよい。ただ、鳴り物が好きな人もいるだろう。ならば、偶数の日は鳴り物禁止、奇数の日は可など、両者の棲み分けはできないものか》(原文はですます調)
プロ野球の試合では、外野スタンドに私設応援団が陣取っている。彼らは鳴り物(トランペットなどの管楽器)や太鼓などを使って、応援をリードする。観客はそれに合わせて選手の応援歌やチャンステーマを歌う。応援グッズを使用したり、手拍子をする観客も多い。
一方で、そういうスタイルの応援が嫌いという観客も一定の割合で存在する。私も好きか嫌いかと問われたら、「嫌い」とまでは言わないが「好きではない」と回答する。だから、プロ野球を観戦するときは、たとえ外野スタンドにいても、選手の応援歌やチャンステーマは全く歌わない。じっくりと観戦したい派だが、周りが鳴り物応援をやることは否定しない。鳴り物ありの方が観客数の増加につながると思っているからだ。

実例を紹介しよう。
2011年に東北楽天監督に就いた星野仙一はシーズン開幕前の3月3日、報道陣にこんな話をした。
「日本のような(鳴り物などの)応援の中でやるのも野球のだいご味の1つだが、打球音とか、ミットの音とかを純粋に楽しむ日があってもいい。年に1回ぐらいあってもいいな」
翌4日のスポーツ各紙はこの話を「星野監督『球音を楽しむ日』の実施を提案」と報じた。
「球音を楽しむ日」は、巨人が2000年6月14日の横浜戦(東京ドーム)で実施した。長嶋茂雄監督が提案したもので、ボールとバットがぶつかる音、ボールがグラブに収まる音、選手たちが発する声など、野球本来の音を楽しもうという狙いがあった。球音を聞きやすくするため、鳴り物や太鼓を使った応援は禁止された。
星野は、これと同じことを東北楽天の本拠地・Kスタ宮城(現koboパーク宮城)でもやってみようと提案したのだ。

Kスタ宮城は、もともと鳴り物の応援が禁止されている。近隣に病院(国立病院機構仙台医療センター)があり、トランペットの音が患者に迷惑をかけるという理由からだ。これは球場を所有する宮城県の浅野史郎知事の意向でもあった。
浅野は2004年10月、仙台国際センターで行われた朝日新聞社主催『新球団を考えるシンポジウム』で、「近くに病院があるから、できれば鳴り物の応援はやめてもらいたい」と言った。宮城県、仙台市、仙台商工会議所などで構成する楽天イーグルスマイチーム協議会の応援部会も鳴り物禁止を決議。これを踏まえ、楽天球団は鳴り物禁止というルールを明文化したが、何もないと声援がバラバラになるので、太鼓を使うことは許可した。

東北楽天の初年度(2005年)、他球団の私設応援団は鳴り物禁止に反発した。交流戦でフルスタ宮城(当時の名称)に足を運んだセ・リーグ某球団の応援団は、外野スタンドで「鳴り物応援を返せ!」という横断幕を掲げた。パ・リーグ某球団の応援団は、二次会(贔屓球団の勝ち試合の後に球場で雄叫びを上げること)で「鳴り物やらせろ、三木谷(浩史オーナー)!」と連呼した。既存球団の応援団はそれぐらい野球の応援に鳴り物は欠かせないと考えているのだ。
その点、東北楽天は球団の歴史が浅いという事情があった。2011年は創設7年目で、ファンも「野球の応援はこうでなければならない」という意識が薄かった。しかも、普段から鳴り物が禁止されているので、「球音を楽しむ日」はスンナリと受け入れられると見られた。

星野の提案を受けて、楽天球団は2011年6月30日(木曜)のソフトバンク戦で「Sound of Ball Game」を実施した。「打球音やボールがミットに吸い込まれる音、選手の掛け声、スタジアムが一体となった歓声…」を楽しんでみようという企画で、鳴り物だけでなく、太鼓による応援も禁止とした。楽天球団は、大リーグ風の自然発生的な応援が広まることを期待したのだ。
結果はどうだったか。東北楽天のチャンスとなった6回裏無死2、1塁の場面で一部のファンがチャンステーマ(八木山ベニーランドCMソングの替え歌)を歌い始めた。太鼓のリズムはなかったが、それでも通常の応援スタイルを変えなかったのだ。

当日は観客数が9649人と発表された。2011年にKスタ宮城で行われた試合では最少だった。前日(水曜)のソフトバンク戦は1万6740人、翌日(金曜)のロッテ戦は1万7004人だったので、「Sound of Ball Game」の実施により観客数が7000人ぐらい減ったことになる。楽天球団にとって、これだけの落ち込みは想定外だった。
楽天球団はこれに懲りて、2012~2016年の5年間は「Sound of Ball Game」を実施しなかった。2017年も実施しないだろう。
新興の東北楽天でさえ、こういう結果になった。他球団が同じ企画を実施したら、ファンの強い反発を招く。観客動員にも影響が出る。各球団はそれを知っているから、鳴り物や太鼓による応援を認めているのだ。鳴り物禁止で観客数が増えるなら、誰に言われなくても、そうするだろう。

私はパ・リーグの人気がなかった時代を知ってる。ガラガラの球場でプレーする選手たちの姿を目にして、かわいそうだと思った。「同じプロ野球なのに、巨人とは大違いだ」と同情した。だから、鳴り物や太鼓を使った応援で観客数が増えるなら、それを容認する。それが私のプロ野球応援に対するスタンスだ。
幸いにも、福島県に独立リーグの福島ホープスができた。観客数が少ないので、球音がモロに聞こえる。もっと観客が増えて、球音が聞こえなくなってもいいのに…と思うほどだ。私はホープスの試合で球音を十分に楽しんでいる。
プロ野球でも、2軍の試合は観客数が少ないので、球音が聞こえる。球音どころか、観客の野次までよく聞こえる。ウケ狙いの野次を飛ばすのは、たいがい中年の観客である。野次も野球の楽しみ方の1つだ。

山崎武司は東北楽天時代、『CIRCUS』(KKベストセラーズ)=現在は休刊=という雑誌でこんな話をした。
「僕は、子どもの頃からプロ野球選手になりたいと思っていた。そして実際にプロ野球選手になり、普通のサラリーマンでは手にすることができないお金をもらっている。一方で、世の中の大半の人は、なりたいと思った職業に就いていない。生活のために働いているので、ストレスが溜まる。だから、たまには野球の試合を観戦して、ストレスを発散してほしい。僕に向かって『山崎、ちゃんと打て!この野郎!』と野次を飛ばしてもいい(笑)」
そう言いながら、実際に野次を飛ばすと、怒り出すのが山崎の山崎たる所以(ゆえん)である。「ジャイアン」の愛称は伊達ではない。

冒頭の投書に「応援すること自体が目的になってはいないだろうか」という記述があった。私は、応援すること自体を目的にした観客がいてもいいと思う。野球の試合は3時間を超えることが多い。その間、ずっと集中して観戦しているのは、よほどの野球好きである。
普通の観客は、5回ごろから観戦に飽きてくる。大差がつくと喫煙所で世間話をしたり、売店周辺で時間を潰すようになる。そういうライトな野球ファンをいかに球場に呼び込むかが、各球団の腕の見せどころである。球場が一体化したような応援も野球観戦の楽しみ方の一つ。スカウトマンや評論家のような視点で観戦するファンだけを相手にしていたら、球場を満員にすることはできない。