△若い女性から花束をもらうビルダー佐藤

福島市に「SED」というアマチュアのプロレス団体がある。プロレス好きの佐藤勝也代表が2002年4月に設立したもので、アルファベット3文字の団体名は安全に(Safety) 十分配慮して、 楽しく(Enjoy) プロレスをし、それを観るお客さんに喜んでもらう(Delight)という意図がある。
2003年3月16日にプレ旗揚げ興行を福島市のSEDアリーナ(建設会社の倉庫)、同年5月18日に旗揚げ興行を同市の街なか広場でそれぞれ行い、団体としての活動を正式にスタートした。プロ規格のリングを所有しており、年に4~5回のペースで興行を開催している。会場は福島県内が多いが、要請があれば山形県や宮城県にも出向く。 
現在のメンバーはレスラー15人、スタッフ4人の計19人。レスラーの平均年齢は40歳を超えており、プロの団体同様、世代交代が課題になっている。安全面に配慮して、頭部にダメージを与えるバックドロップ、ジャーマンスープレックス、パイルドライバー、雪崩式○○などの技は禁じ手としている。また、興行に当たっては台本(ブック)をつくり、それに沿って演習を行い、試合に臨んでいる。

△ロープを利用して攻めるSEDマシーン

今年は4月23日に初めての興行を開催した。場所は旗揚げの地・街なか広場。通算93回目の興行で、街なか広場での興行は15回目になる。佐藤代表は興行をピーアールするため、福島民報社と福島民友新聞社を訪問し、記事として取り上げてもらった。試合開始は午後2時で、シングル2試合、タッグ1試合の計3試合が組まれた。
第一試合は、ビルダー佐藤とスーパーSEDマシーンのシングルマッチ。10分1本勝負。
ビルダー佐藤は1952年生まれの64歳。SEDで最年長のレスラーだ。身長170㌢、体重75㌔。協同組合に勤務している。大学時代は日本拳法部に所属していたため、白い道着を着用してリングに上がった。還暦を過ぎているため、その上に赤いちゃんちゃんを身につけていた。顔面にはザ・デストロイヤー風のマスク、両手にはボクシングのグローブ。その出で立ちは、アントニオ猪木と異種格闘技戦で戦った全米プロ空手のミスターXを連想させた。ミスターXはとんだ食わせ者だったが、佐藤はどんなファイトを見せるのか。

△SEDマシーンにキックを打ち込む佐藤

一方のスーパーSEDマシーンは、謎のマスクマンだ。経歴どころか、身体のサイズも不明とされている。ただ、マスクのデザインとリングネームから判断すると、スーパー・ストロング・マシーンのファンであることは明らか。ストロング・マシーンは藤波辰爾にリング上で「お前、平田(淳嗣)だろ!?」と暴露されたが、SEDマシーンは個人情報が徹底的に保護されている。
試合前、佐藤は若い女性に花束をもらった。飯坂町のクリニックが提供したものだ。2人で記念撮影。その姿を見たSEDマシーンは、不快感を露にした。ゼスチャーで「俺には花束はないのか!?」とアピール。周りがそれをスルーすると、SEDマシーンは怒りを抑えられなくなり、ゴングが鳴らないのに佐藤に殴りかかった。奇襲攻撃だ。

△佐藤にエルボーを見舞うSEDマシーン

ここでゴングが鳴り、試合開始。不意を突かれた佐藤は、体勢を整えるためロープに逃れた。しかし、SEDマシーンは攻撃を止めず、佐藤の背中を左足でグイグイと押した。佐藤はグローブを付けた両手でロープを必死に掴み、場外に落下することを防いだ。レフェリーがロープブレイクを命じても、SEDマシーンはそのまま攻撃を続けた。
SEDマシーンは佐藤をロープに振り、戻ってきたところにエルボー。佐藤は膝から崩れ落ち、ダウンした。SEDマシーンは強引に立たせて、佐藤をコーナーポストに振った。佐藤は身体を反転させて、背中からコーナーポストにぶち当たった。SEDマシーンは佐藤の方向に走り、ラリアットを打ち込もうとした。その瞬間、佐藤は右足を高々と上げた。ジャイアント馬場の16文キックと同じフォームだ。その右足がSEDマシーンの胸にヒット。形勢は一気に逆転し、佐藤の反撃が始まった。

△足4の字固めを仕掛ける佐藤

佐藤はSEDマシーンの足を掴み、足4の字固めに持ち込んだ。ザ・デストロイヤーの得意技だ。SEDマシーンは上半身を揺すって、苦痛に耐えていることを強調した。その約5秒後、SEDマシーンは身体をゴロリと回転させ、腕立て伏せの体勢になった。佐藤もそれに引きずられて、同じ体勢になった。足4の字固めはそのまま。こうなると、今度は佐藤が技をかけられていることになる。佐藤は上半身を小刻みに動かし、さらに右腕を懸命に伸ばしてロープを掴んだ。
レフェリーが両者に割って入り、ロープブレイクとなった。レフェリーによっては、ロープを掴んだだけではブレイクを認めないケースもある。和田京平のように、その腕を蹴飛ばすレフェリーもいる。しかし、この日のレフェリーは最年長の佐藤にやや甘めのジャッジをした。リングの周辺に佐藤の孫がいたことも影響したと見られる。

△裏アキレス腱固めを決める佐藤

△両手を掲げて喜びを表現する佐藤

その後、両者は一進一退の攻防を展開した。SEDマシーンは佐藤をコーナーポストに追い込み、退路を絶った上でラリアットを見舞ったが、3カウントを奪うことはできなかった。試合時間が長びけば、60代の佐藤は不利になる。決着を急いだ佐藤は、スタンディング式の裏アキレス腱固めを仕掛けた。前田日明が異種格闘技戦でジェラルド・ゴルドーに決めた技だ。SEDマシーンはロープに逃げようとしたが、リングの中央だったため、手が届かずにギブアップした。

△バク転で身体能力の高さを示す升辛手

△フライングクロスチョップを出す升辛手

第二試合(セミ・ファイナル)は見ろ!升辛手とゆう×2・くらのすけのシングルマッチ。15分1本勝負。
升辛手は1962年、青森出身。身長165㌢、体重63㌔。大手通信会社に勤務している。2002年3月に転勤を命じられ、福島に単身赴任。これを機にSEDに入団し、ミル・マスカラスの東北版としてリングに上がることを決意した。2005年4月に家族の居る青森に帰ったが、その後も定期的にSEDに参戦している。得意技は空中殺法だが、空手技も使う。青森では空手道場に通い、技を磨いている。激辛七味唐辛子の相手の顔に擦り付ける反則技もある。
一方のくらのすけは1974年、郡山市出身。自動車部品販売会社に勤務している。身長163㌢、体重55㌔。2004年5月の旗揚げ1周年記念興行で、6人タッグマッチの1人としてデビューした。その後はシングルマッチにも挑戦したが、軽量であるため勝ち星に恵まれなかった。しかし、2006年に「空中くらのすけチョップ」というオリジナル技を開発し、実力を高めた。軽量であることを生かして、空中殺法を多用している。

△ドロップキックで形勢を変えるくらのすけ

△ブレーンバスターを繰り出すくらのすけ

升辛手は、当然のようにジグソーの「スカイハイ」をBGMにして入場した。コーナーポストに飛び乗り、バク転をしてリング上にストンと立った。50代半ばとは思えない身体能力だ。マスクで表情は見えなかったが、どや顔だったことは容易に想像できた。これに対して、くらのすけは素顔で現れ、軽快なステップでリングに駆け上がった。上半身はノースリーブ、下半身はトランクスというオリジナリティのあるコスチュームに身を包んでいた。
マスカラスの東北版である升辛手と軽量のくらのすけ。2人の試合は、ごく自然にメキシコのルチャリブレ風になった。升辛手はくらのすけをロープに振り、戻ってきたところでフライングクロスチョップ。くらのすけは堪らずダウンし、リング上で大の字になった。
試合は升辛手が押しぎみで進んだが、くらのすけも黙ってはいなかった。ドロップキックでチャンスの糸口を掴み、そこから一気に攻勢に転じた。ブレーンバスターで升辛手を投げ飛ばし、その上にのし掛かった。升辛手の体力を奪い、飛んだり跳ねたりできなくしようとしたのだ。いわば空中殺法を封じ込める作戦。4月にしては高温という気象条件が、その作戦を後押しした。

△ダイビングボディアタックを試みる升辛手

ただ、両者は体格差がある。身長はほぼ同じだが、体重はくらのすけより升辛手の方が8㌔重い。格闘技でこの違いは大きい。升辛手はくらのすけの攻撃を跳ね返し、隠し持っていた激辛七味唐辛子をその顔に擦り付けた。顔面を両手で押さ、痛がるくらのすけ。その間にコーナーポストに上る升辛手。くらのすけが起き上がると、升辛手はダイビングボディアタックを見舞った。その後は急所打ちなどの反則攻撃を織り混ぜ、最後はスクールボーイでくらのすけを丸め込み、3カウントを奪った。
この大会は、朝日新聞福島版(24日付)と福島民報(25日付)に取り上げられた。写真は、いずれも升辛手がくらのすけにダイビングボディアタックを見舞おうとしているシーン。一般紙がプロレスを扱うのは珍しい。升辛手は、青森から福島に遠征し、試合でエネルギーを使った甲斐があった。


△県営あづま球場に張り出された告知

5月14日の午後1時―。県営あづま球場(福島市)の周辺は閑散としていた。午後1時から福島ホープスと楽天イーグルス(ファーム)の試合が予定されているのに、人の姿は皆無。楽天ファームが遠征で使う赤いバスもなかった。
「あれ? おかしいな…」と思いながら、球場正面に行くと、当日券売り場にこんな張り紙がしてあった。
「5月14日(日)福島ホープスVS楽天イーグルス 試合中止となりました」
ガーン! 前日は大雨が降ったが、14日の未明に止んだ。それでなぜ、中止なのか?
福島の球団フェイスブックを確認すると、午前9時に中止が発表されていた。その写真を見ると、グラウンドのあちこちに水溜まりができていた。砂を入れてもコンディションの回復が見込めないので、早々と中止を決めたのだ。

△楽天イーグルスの本拠地koboパーク宮城

今季は、福島県と楽天の相性がどうも良くない。4月11日にヨーク開成山スタジアム(郡山市)で行われる予定だったパ・リーグ公式戦の楽天対西武も中止になった。楽天(1軍)の県内主催試合が中止になったのは、東日本大震災があった2011年以来6年ぶり。雨による中止は、楽天初年度の2005年以来初めてだ。
昨季は8月20日に開成山で予定されていた福島対読売ジャイアンツ3軍が雨に見舞われた。試合開始1時間前の午後5時ぐらいから大雨が降り出し、球場前に並んでいたファンは大急ぎで木の下に逃げ込んだ。午後6時には止んだが、グラウンドが水浸しになったため、中止が決まった。

△福島ホープスの遠征用バス

BCリーグは、10球団で構成されている。FUTURE-East(福島、栃木、武蔵、群馬、新潟)とADVANCE-West(信濃、富山、石川、福井、滋賀)の2地区制をとっており、各球団ともシーズン中に公式戦71試合(ホーム36試合、ビジター35試合)を行う。BCリーグ球団同士の試合のほか、NPB球団との交流戦もある。
交流戦に参加するNPB球団は、読売3軍と楽天ファームだ。読売は、BCリーグ全球団と5試合ずつ計50試合を行う(BCリーグ球団のホーム3試合、読売のホーム2試合)。また、楽天はFUTURE-East5球団と4試合ずつ計20試合を行う(BCリーグ球団のホーム2試合、楽天のホーム2試合)。これらも公式戦71試合に含まれている。ただ、雨などで試合が中止になった場合は、BCリーグの規定で振替試合を行わず、0-0の引き分けという扱いになる(BCリーグ球団同士の試合が中止になった場合は、振替試合を行う)。

△楽天イーグルスの先発投手は安楽

△ベンチ前で素振りをするオコエ

BCリーグ球団とNPB球団の試合は、異種格闘技戦のような趣があって面白い。サッカー天皇杯の野球版という感じがする。福島対楽天は、2015年から3年連続で行われている。
今季は前述したように4試合が組まれており、1回戦は4月16日に南部スタジアム(いわき市)で行われ、楽天が福島を8-2で破った。県営あづま球場の試合は、その2回戦として組まれた。
試合前日の5月13日は遠足に行く小学生のように心臓がドキドキし、眠れなかった。雨が降っていたものの、「14日の試合が中止になることはないだろう」とタカをくくっていた。結果は前述した通り。「ここ(球場)に来る前に球団フェイスブックで試合をやるかどうかを確認しおけばよかった…」と後悔した。

△三塁走者の南に声をかける栗原健太コーチ

南部スタジアムの1回戦は観戦しなかった。県営あづま球場の2回戦は中止。振替試合は行われないので、今季、福島県内で予定されていた福島対楽天は全て終了したことになる。3回戦は2日後の16日にkoboパーク宮城(仙台市)で行われる。平日デーゲームだが、このままではモヤモヤが解消しないので、現地で観戦することにした。
16日は、福島駅午前8時56分発の快速ラビットに乗車した。仙台駅に着くのは午前10時12分。仙台駅-koboパーク宮城間を20分とすると、現地到着は午前10時32分になる。試合開始は午前10時30分なので、一回表の途中から観戦できると読んでいた。

△使用されたのはミズノ製のNPB公式球

ところが、北白川駅-大河原駅間で電車がストップした。車内アナウンスによると、「同じ区間を走っていた上り電車の車輪から異音がしたため、安全確認のためにストップ。下りの当該電車にトラブルは見当たらないが、念のためにストップした」という。ここで18分をロスした。仙台駅に到着したのは午前10時26分で、予定より14分遅れだった。途中で4分を挽回したことになる。
koboパーク宮城には午前10時51分に到着した。この時点で試合は二回表に突入していた。スコアは0-0。マウンドに居たのは楽天の安楽智大だった。済美高校(愛媛)時代に甲子園を沸かせた快速右腕だ。プロ3年目。1軍でも登板実績があるが、今季は3月に右太もも裏を負傷(右大腿二頭筋の部分損傷)し、それ以降は2軍で調整を続けている。安楽は二回も無失点に抑え、三塁側のベンチに戻った。

△マウンドに集まる福島ホープスの選手たち

両軍の先発メンバーは次の通り。
【楽天イーグルス】
①南 要輔(遊)育成選手・プロ1年目
②向谷拓巳(二)育成選手・プロ1年目
③オコエ瑠偉(中)支配下選手・プロ2年目
④山田大樹(右)育成選手・プロ2年目
⑤北川倫太郎(DH)育成選手・プロ6年目
⑥福田将儀(左)支配下選手・プロ3年目
⑦伊東亮大(一)育成選手・プロ3年目
⑧石原 彪(捕)支配下選手・プロ1年目
⑨出口 匠(三)育成選手・プロ2年目
‐安楽智大(投)支配下選手・プロ3年目
【福島ホープス】
①岸本竜之輔(二)入団2年目
②岡下大将(遊)入団3年目
③ボウカー(一)入団2年目
④高橋 祥(右)入団3年目
⑤西井健太(左)入団2年目
⑥福士史成(三)入団1年目
⑦ラベンダー(DH)入団1年目(注)
⑧笹平拓己(捕)入団3年目
⑨野原仁士(中)入団2年目
‐笠原拓海(投)入団1年目
(注)2015年も在籍したので、再入団という形になる。

△両チームの先発メンバー

二回裏、楽天の攻撃。福島の先発投手は笠原だった。山形出身で、昨季までは社会人のジェイプロジェクト(飲食店チェーン)でプレーしていた。笠原は先頭打者の北川をセカンドゴロに打ち取ったが、その後は楽天打線につかまった。福田に四球を与え、すぐさま盗塁された。次の伊東はセカンドゴロに仕止めたが、ランナーの福田はその間に三塁へ。この場面で石原にセンターにヒットを打たれ、1点を献上した。
次の打者は出口。ランナーの石原はすかさず盗塁し、二塁に到達した。出口はレフトにヒットを放ち、石原はホームベースを踏んだ。出口は二塁ヘ。続く南はセンターにヒットを打ち、出口がホームインした。
次の打者は向谷。ランナーの南はすかさず盗塁し、二塁へ進塁した。向谷はライトにヒットを打ち、南はホームヘ。向谷は二塁に進んだ。この場面で、オコエが打席に入った。

△太鼓を叩く福島ホープスの1人応援団

オコエは、センターにライナー性の当たりを放った。センターの守備についていた野原は後退したあと、慌てて身体の向きを変えて前進。その際、足を滑らせて転倒した。打球は野原の目の前に落ちて、転がった。ライナーの向谷がホームに帰還し、楽天は5点目を入れた。
オコエの打球はヒットと記録されたが、野原が目測を誤ったのは明らか。岩村明憲監督は、野原に代えて川上祐作(入団1年目)をセンターの守備につかせた。実質エラーした選手をその場で交代させるのは珍しい。普通はインニングの変わり目に交代させて、観客に分かりづらいように配慮する。あえて観客に分かりやすい形をとったのは、この交代に懲罰的な意味があったからだ。
次の打者・山田は三振となり、ようやく3アウトチェンジになった。

△満塁本塁打を放った高橋祥

△満塁本塁打で盛り上がる福島のベンチ

三回表、福島の攻撃。先頭打者の笹平はサードゴロを打った。楽天の出口がこれをエラーし、笹平は一塁へ。次の川上は内野安打を放ち、ランナーが二塁一塁となった。次の岸本はレフトフライに倒れたが、続く岡下が死球を受けて、福島は1アウト満塁のチャンスをつくった。この場面で打席に入ったボウカー(元巨人・楽天)は、セカンドフライに終わった。
2アウト満塁。次の高橋は、安楽のストレートをドンピシャのタイミングで捉えた。カーン!という乾いた音が球場全体に響き渡り、打球はレフトスタンドの中段に飛び込んだ。レフトの守備についていた楽天の福田は、2~3歩動いただけで打球を追うのを諦めた。
一挙4点。5点をとられた直後だけに、福島のベンチは盛り上がった。
ランナーが居なくなったところで、西井が打席に入った。西井はセンターにヒットを放ち、一塁ヘ。しかし、次の福士が三振したため、3アウトチェンジになった。

△試合後にミーティングをする福島ホープス

その後は楽天が五回に1点、七回に2点を挙げた。一方の福島は六回に1点を挙げただけ。試合は楽天が福島を8-5で破り、NPB球団の貫禄を見せつけた。
試合後、福島のベンチでは長いミーティングが行われた。岩村監督、加藤康介コーチ(投手兼任)、松井宏次コーチの3人がグラウンド側に出て、選手たちはベンチに腰を下ろした。声は聞こえなかったが、岩村監督の姿から説教口調だったことは容易に想像できた。
福島の投手陣は、笠原が降板したあと、溝上祐樹(入団1年目)、青木勇人(同)、鍵政祥太(同)の3人がマウンドに上がった。総じてストライクが入らず、観客をイライラさせた。先発の笠原は二回に3盗塁を許し、投球フォームに難があることを露呈した。

△ファンと記念撮影する佐藤貴規

スタンドには昨季まで福島でプレーしていた佐藤貴規がいた。貴規は今年2月にブログで現役引退を発表し、福島を退団。現在はバイトなどをしながら、長兄の史規が所属する「TFUクラブ」でアマチュアとしてプレーしている。東北福祉大学OBが中心のチームで、楽天の元選手らも所属している。貴規は4月30日と5月3~5日に行われた第22回JABA福島市長杯争奪野球大会に出場し、チームの準優勝に貢献した(優勝は伊達市の富士通アイソテックベースボールクラブ)。
試合が終わると、貴規は福島の岩村監督や選手たちにあいさつした。福島の顔馴染みのファンを発見すると、自ら声をかけた。続いてファンと握手したり、記念撮影をした。オフシーズンに身体を動かしていなかったので、少し太ったようだ。顔をワイルドに見せるためか、あごひげを生やしていた。

△ゴール前の攻防

サッカーの天皇杯福島県代表決定戦の決勝は、昨年に続き「福島ユナイテッドFC対いわきFC」になった。福島Uが勝てば10年連続で県代表になる。いわきFCが勝てば、初の県代表になる。昨年は延長戦までもつれ込み、福島Uが2-1でいわきFCを破った。チーム発足1年目でJ3チームと接戦を演じたことから、いわきFCの選手たちは自信を深めた。
いわきFCは昨年、1回戦、2回戦、3回戦、4回戦、5回戦、準決勝と6試合を勝ち抜いて決勝にたどり着いた。今年はシードになったため、4回戦、5回戦、準決勝と3試合を勝ち抜いただけで決勝にたどり着いた。一方、福島Uは昨年に続いてスーパーシードとなり、決勝からの登場になった。
決勝の舞台は、福島市佐原の県営あづま陸上競技場(とうほう・みんなのスタジアム)。試合開始は4月9日の13時05分。午前中はときおり小雨が降ったが、12時を過ぎるとパタリと止んだ。上空は依然として鉛色だったが、雨が再び降りそうな気配はなかった。
同競技場のメーンスタンドは南北に延びている。椅子は6500席で、北側に福島ユナイテッドFC、南側にいわきFCのサポーターが陣取った。中央部分はトラブル回避のため、緩衝地帯となった。メーンスタンド以外は芝生席になっているが、ここは開放されなかった。

△ボールを奪い合う選手たち

13時。両チームの選手たちが子どもたちを引き連れて、入場した。メーンスタンドの方を向いてピッチに並び、写真撮影。ユニフォームの色は福島Uが白、いわきFCが赤だった。バックスタンドでは主催3団体(福島県サッカー協会、福島民報社、NHK)の旗が揺らめいていた。
13時05分に試合がスタート。ボールをキープした福島Uは、細かくパスをつないで、いわきFC陣内に攻め込んだ。前半11分に福島UのFWアレックス(ブラジル)がシュートを放ったが、いわきFCのGK坂田大樹がセーブした。福島Uは引き続きボールをキープし、いわきFCの陣内で試合を続けた。シュートも何本か放ったが、得点につながることはなかった。

△コーナーから攻めるいわきFCの選手

流れが変わったのは前半17分だった。いわきFCはカウンターでチャンスをつくり、左からFW平岡将豪がクロスボールを上げた。中央のFW吉田知樹がそれをワントラップし、左足でシュート。ボールはゴールポストに吸い込まれ、ネットを揺らした。
1点を奪われた福島Uだが、その後も試合の主導権を握り続け、いわきFCのゴールに迫った。前半28分、FW田村翔太のクロスボールをアレックスがシュートしたが、ゴールポストの右側に外れた。前半は1-0のまま終了し、ハーフタイムに突入した。

△前半が終了し、ピッチを後にする選手たち

後半は、いわきFCがやや押しぎみになった。風上に立った影響もあるだろうが、福島Uの攻撃が淡白になった面もある。前半は細かくパスをつないでいたのに、後半になると、一転してロングボールを蹴る場面が増えた。いわきFCも似たような戦術をとったため、前半に比べると大味な試合になった。
後半18分、いわきFCはDF古山瑛翔の蹴ったフリーキックを平岡が押し込み、2点目を挙げた。試合を決定づける得点だったため、いわきFCの応援団は歓喜に包まれた。立ち上がってガッツポーズをするサポーターが続出。ほぼ同時に赤い小旗が一斉に揺れ動いた。いわきFCが試合前に配布したものである。逆に福島Uの応援団は、アーッ!というため息を漏らした。
いわきFCはその後もやや押しぎみに試合を進めたが、得点を挙げることはできなかった。コーナーキックで見せ場をつくる程度。一方、2点を追う福島Uは、残り少なくなった試合時間がプレッシャーになった。ボールを奪ってもパスがつながらず、形勢を逆転するまでには至らなかった。そのまま時間が淡々と経過し、主審の笛で試合終了になった。

△2点目が入った直後のいわきFC応援団

いわきFCの選手たちは、表彰式でトロフィーや盾を手にした。その姿を見守る福島Uの選手たち。昨年とは立場が逆になった。表彰式が終わると、両チームの選手たちはスタンドの近くに歩み寄り、サポーターにあいさつした。福島Uの選手たちは一礼してすぐに姿を消したが、いわきFCの選手たちはサポーターをバックにして写真撮影。続いて、サポーターに向かってトロフィーや盾を高々と掲げた。さらに、いわき市の夏祭りで行われる「いわきおどり」をおっ始めた。
いわきおどりは、いわき市制15周年を記念して1981年に制定された。それ以前は常磐のやっぺ踊り、小名浜の天狗踊り、平の七夕祭り、内郷の回転櫓盆踊りなど各地区の踊りが幅をきかせていた。これでは各地区の垣根が取り払われないので、全市共通の踊りとして、いわきおどりが制定されたのだ。リズムは、いわき地方の伝統芸能で、沖縄のエイサーの源流になったじゃんがら念仏踊りをベースした。
いわきFCの選手たちは昨年8月8日、JRいわき駅前通りで行われた第35回いわきおどりに参加した。昨年から主要な試合で勝ったときは、勝利の儀式として、これを踊っている。

△トロフィーを掲げる選手

△いわきおどりを始める選手たち

スタンドの上段で試合を観戦していた安田秀一ドーム会長兼CEOは、試合が終了した瞬間、笑顔を見せた。「安田会長、おめでとうございます」と声をかけると、深くうなずいた。カメラを向けると、右手を上げて、改めて笑顔を見せた。目の前では表彰式が行われていたが、安田会長は次の用事があるのか、勝利の余韻に浸ることもなく、足早に会場を後にした。

△笑顔を見せる安田ドーム会長

福島Uの田坂和昭監督は、うつむき加減でグラウンドから姿を消した。J3では開幕から無傷の4連勝を飾り、首位に立っていた。その勢いで天皇杯福島県代表決定戦に臨んだが、県1部リーグのいわきFCに完封敗けを喫した。
「サポーターの皆さんには申し訳ない気持ちです。選手たちはよく戦っていたと思います。ただ、結果は負けてしまいましたし、今シーズン天皇杯はもう無いので、リーグ戦に向けて切り替えてやらなくてはいけないと思います」(クラブのホームページより)

△うつむき加減で歩く田坂福島U監督

△報道陣に囲まれる田村いわきFC監督

これに対して、いわきFCの田村雄三監督はグラウンドで報道陣に囲まれ、取材を受けた。笑顔はなく、普通の顔をしていた。
「たくさんのご声援のおかげで、無事勝利することができました。勝利が全てではないですが、選手は良く頑張ったと思います。本当に皆さまの声援が力になりました。ありがとうございました。試合を振り返ると、前半は風に負けてしまい、攻守にスピード感が足らなかったと思います。逆に後半は、我々の目指すサッカーを体現することができました。
この試合で勝利したことより、ロスタイムでも3点目を選手達が自主的に取りに行ったことが1番嬉しかったです。最後まで攻めきる姿勢が見れた時に、勝ったなと思いました。一つの山が終わり、また鍛錬期に入ります。多くのサポーターの方々が、また観たいと思ってもらえる様に日々頑張っていきます」(同)

△選手と握手する大倉社長兼総監督(右)

△バスの前で話し込む両チームの選手

△サポーターにあいさつするいわきFCの選手

いわきFCの大倉智総監督(いわきスポーツクラブ社長)は試合前の4月6日、ホームページの「社長論説」で次のように語った。
《福島ユナイテッドFCさんへ
フットボールという興行は、両チームの攻撃的な姿勢のぶつかり合いがあって初めてお客様を楽しませることができます。相手のミスを待つのではなく、自ら仕掛ける外連味のないフットボールで、スタジアムにお越しいただくお客様に感動を届けましょう!!》
…と言いながら、試合の前半は自ら仕掛けることができなかった。自軍のゴール前を固め、カウンターからチャンスをつくるという展開になった。田村監督が口にした「前半は風に負けてしまい、攻守にスピード感が足らなかったと思います」は、そのあたりを指していると見られる。

△いわきFC応援団のマスコット

△不敵な笑みを浮かべるマスクドいわき

競技場前の広場には両チームのバスが駐車していた。北側が福島U、南側がいわきFCのバスで、その距離は約10㍍。競技場の出入り口は1つなので、出待ちのサポーター同士も接近する形になった。トラブルが懸念されるシチュエーションだが、共に同じ福島県のクラブという認識があるためか、サポーター同士がにらみ合ったり、険悪な雰囲気になることはなかった。
選手同士は所属先が違っていても、顔見知りというケースがある。試合が終われば敵も味方も関係ないので、両チームの選手がバスの前で話し込む場面もあった。外国人の選手たちは笑顔を見せながら、会話をした。

△子どもと握手するいわきFCの選手

△選手を見送るいわきFCサポーター

いわきFCの中には、新人選手が何人かいる。今回の試合では、GK坂田大樹(流通経済大)、DF五十嵐陸(帝京高)、MF平澤俊輔(早稲田大)、MF金大生(駒澤大)の新人4人が先発出場した。今季はまだ始まったばかりなので、新人選手は拡声器を手にしながら、サポーターの前で自己紹介した。拡声器はコールリーダーが持参したものである。
いわきFC側には着ぐるみのマスコットがいた。黄緑色なので、とにかく目立つ。いわき市をイメージする形をしており、頭には星がついている。口はハートの形をしている。名前は聞き忘れた。
もう1人、ミル・マスカラスのような覆面をしたサポーターがいた。覆面は、イチゴをイメージしているようだ。名前を聞くと、「マスクドいわき」だという。カメラを向けると不敵な笑みを浮かべ、右手の人差し指を突き出した。「ネットで検索すると出てきますから」と自己アピールも忘れなかった。
いわきFCのバスが発車するとき、サポーターは「いわきFC!」コールをしながら、手を振って見送った。選手は窓を開け、手を振って応えた。両者とも笑顔だった。

△サポーターに所見を述べる竹鼻GM

△福島Uのバスを見送るサポーター

福島Uは、足早にバスに乗り込む選手が多かった。代わりに竹鼻快GMがサポーターに所見を述べた。サポーターとは長年の付き合いなので、お互いに友だち感覚である。敗戦したからといって竹鼻GMに詰め寄るサポーターはいないし、竹鼻GMもサポーターに謝罪するという感じではなかった。
福島Uのバスが発車するとき、サポーターは「福島ユナイテッド!」コールをしながら、手を振って見送った。それ自体はいわきFC側と全く同じ。ただ、最初は笑顔だったサポーターも、コールをしているうちに敗戦の実感がわいてきたようだ。女性サポーターは目に涙をためながら、懸命に手を振っていた。