
△若い女性から花束をもらうビルダー佐藤
福島市に「SED」というアマチュアのプロレス団体がある。プロレス好きの佐藤勝也代表が2002年4月に設立したもので、アルファベット3文字の団体名は安全に(Safety) 十分配慮して、 楽しく(Enjoy) プロレスをし、それを観るお客さんに喜んでもらう(Delight)という意図がある。
2003年3月16日にプレ旗揚げ興行を福島市のSEDアリーナ(建設会社の倉庫)、同年5月18日に旗揚げ興行を同市の街なか広場でそれぞれ行い、団体としての活動を正式にスタートした。プロ規格のリングを所有しており、年に4~5回のペースで興行を開催している。会場は福島県内が多いが、要請があれば山形県や宮城県にも出向く。
現在のメンバーはレスラー15人、スタッフ4人の計19人。レスラーの平均年齢は40歳を超えており、プロの団体同様、世代交代が課題になっている。安全面に配慮して、頭部にダメージを与えるバックドロップ、ジャーマンスープレックス、パイルドライバー、雪崩式○○などの技は禁じ手としている。また、興行に当たっては台本(ブック)をつくり、それに沿って演習を行い、試合に臨んでいる。

△ロープを利用して攻めるSEDマシーン
今年は4月23日に初めての興行を開催した。場所は旗揚げの地・街なか広場。通算93回目の興行で、街なか広場での興行は15回目になる。佐藤代表は興行をピーアールするため、福島民報社と福島民友新聞社を訪問し、記事として取り上げてもらった。試合開始は午後2時で、シングル2試合、タッグ1試合の計3試合が組まれた。
第一試合は、ビルダー佐藤とスーパーSEDマシーンのシングルマッチ。10分1本勝負。
ビルダー佐藤は1952年生まれの64歳。SEDで最年長のレスラーだ。身長170㌢、体重75㌔。協同組合に勤務している。大学時代は日本拳法部に所属していたため、白い道着を着用してリングに上がった。還暦を過ぎているため、その上に赤いちゃんちゃんを身につけていた。顔面にはザ・デストロイヤー風のマスク、両手にはボクシングのグローブ。その出で立ちは、アントニオ猪木と異種格闘技戦で戦った全米プロ空手のミスターXを連想させた。ミスターXはとんだ食わせ者だったが、佐藤はどんなファイトを見せるのか。

△SEDマシーンにキックを打ち込む佐藤
一方のスーパーSEDマシーンは、謎のマスクマンだ。経歴どころか、身体のサイズも不明とされている。ただ、マスクのデザインとリングネームから判断すると、スーパー・ストロング・マシーンのファンであることは明らか。ストロング・マシーンは藤波辰爾にリング上で「お前、平田(淳嗣)だろ!?」と暴露されたが、SEDマシーンは個人情報が徹底的に保護されている。
試合前、佐藤は若い女性に花束をもらった。飯坂町のクリニックが提供したものだ。2人で記念撮影。その姿を見たSEDマシーンは、不快感を露にした。ゼスチャーで「俺には花束はないのか!?」とアピール。周りがそれをスルーすると、SEDマシーンは怒りを抑えられなくなり、ゴングが鳴らないのに佐藤に殴りかかった。奇襲攻撃だ。

△佐藤にエルボーを見舞うSEDマシーン
ここでゴングが鳴り、試合開始。不意を突かれた佐藤は、体勢を整えるためロープに逃れた。しかし、SEDマシーンは攻撃を止めず、佐藤の背中を左足でグイグイと押した。佐藤はグローブを付けた両手でロープを必死に掴み、場外に落下することを防いだ。レフェリーがロープブレイクを命じても、SEDマシーンはそのまま攻撃を続けた。
SEDマシーンは佐藤をロープに振り、戻ってきたところにエルボー。佐藤は膝から崩れ落ち、ダウンした。SEDマシーンは強引に立たせて、佐藤をコーナーポストに振った。佐藤は身体を反転させて、背中からコーナーポストにぶち当たった。SEDマシーンは佐藤の方向に走り、ラリアットを打ち込もうとした。その瞬間、佐藤は右足を高々と上げた。ジャイアント馬場の16文キックと同じフォームだ。その右足がSEDマシーンの胸にヒット。形勢は一気に逆転し、佐藤の反撃が始まった。

△足4の字固めを仕掛ける佐藤
佐藤はSEDマシーンの足を掴み、足4の字固めに持ち込んだ。ザ・デストロイヤーの得意技だ。SEDマシーンは上半身を揺すって、苦痛に耐えていることを強調した。その約5秒後、SEDマシーンは身体をゴロリと回転させ、腕立て伏せの体勢になった。佐藤もそれに引きずられて、同じ体勢になった。足4の字固めはそのまま。こうなると、今度は佐藤が技をかけられていることになる。佐藤は上半身を小刻みに動かし、さらに右腕を懸命に伸ばしてロープを掴んだ。
レフェリーが両者に割って入り、ロープブレイクとなった。レフェリーによっては、ロープを掴んだだけではブレイクを認めないケースもある。和田京平のように、その腕を蹴飛ばすレフェリーもいる。しかし、この日のレフェリーは最年長の佐藤にやや甘めのジャッジをした。リングの周辺に佐藤の孫がいたことも影響したと見られる。

△裏アキレス腱固めを決める佐藤

△両手を掲げて喜びを表現する佐藤
その後、両者は一進一退の攻防を展開した。SEDマシーンは佐藤をコーナーポストに追い込み、退路を絶った上でラリアットを見舞ったが、3カウントを奪うことはできなかった。試合時間が長びけば、60代の佐藤は不利になる。決着を急いだ佐藤は、スタンディング式の裏アキレス腱固めを仕掛けた。前田日明が異種格闘技戦でジェラルド・ゴルドーに決めた技だ。SEDマシーンはロープに逃げようとしたが、リングの中央だったため、手が届かずにギブアップした。

△バク転で身体能力の高さを示す升辛手

△フライングクロスチョップを出す升辛手
第二試合(セミ・ファイナル)は見ろ!升辛手とゆう×2・くらのすけのシングルマッチ。15分1本勝負。
升辛手は1962年、青森出身。身長165㌢、体重63㌔。大手通信会社に勤務している。2002年3月に転勤を命じられ、福島に単身赴任。これを機にSEDに入団し、ミル・マスカラスの東北版としてリングに上がることを決意した。2005年4月に家族の居る青森に帰ったが、その後も定期的にSEDに参戦している。得意技は空中殺法だが、空手技も使う。青森では空手道場に通い、技を磨いている。激辛七味唐辛子の相手の顔に擦り付ける反則技もある。
一方のくらのすけは1974年、郡山市出身。自動車部品販売会社に勤務している。身長163㌢、体重55㌔。2004年5月の旗揚げ1周年記念興行で、6人タッグマッチの1人としてデビューした。その後はシングルマッチにも挑戦したが、軽量であるため勝ち星に恵まれなかった。しかし、2006年に「空中くらのすけチョップ」というオリジナル技を開発し、実力を高めた。軽量であることを生かして、空中殺法を多用している。

△ドロップキックで形勢を変えるくらのすけ

△ブレーンバスターを繰り出すくらのすけ
升辛手は、当然のようにジグソーの「スカイハイ」をBGMにして入場した。コーナーポストに飛び乗り、バク転をしてリング上にストンと立った。50代半ばとは思えない身体能力だ。マスクで表情は見えなかったが、どや顔だったことは容易に想像できた。これに対して、くらのすけは素顔で現れ、軽快なステップでリングに駆け上がった。上半身はノースリーブ、下半身はトランクスというオリジナリティのあるコスチュームに身を包んでいた。
マスカラスの東北版である升辛手と軽量のくらのすけ。2人の試合は、ごく自然にメキシコのルチャリブレ風になった。升辛手はくらのすけをロープに振り、戻ってきたところでフライングクロスチョップ。くらのすけは堪らずダウンし、リング上で大の字になった。
試合は升辛手が押しぎみで進んだが、くらのすけも黙ってはいなかった。ドロップキックでチャンスの糸口を掴み、そこから一気に攻勢に転じた。ブレーンバスターで升辛手を投げ飛ばし、その上にのし掛かった。升辛手の体力を奪い、飛んだり跳ねたりできなくしようとしたのだ。いわば空中殺法を封じ込める作戦。4月にしては高温という気象条件が、その作戦を後押しした。

△ダイビングボディアタックを試みる升辛手
ただ、両者は体格差がある。身長はほぼ同じだが、体重はくらのすけより升辛手の方が8㌔重い。格闘技でこの違いは大きい。升辛手はくらのすけの攻撃を跳ね返し、隠し持っていた激辛七味唐辛子をその顔に擦り付けた。顔面を両手で押さ、痛がるくらのすけ。その間にコーナーポストに上る升辛手。くらのすけが起き上がると、升辛手はダイビングボディアタックを見舞った。その後は急所打ちなどの反則攻撃を織り混ぜ、最後はスクールボーイでくらのすけを丸め込み、3カウントを奪った。
この大会は、朝日新聞福島版(24日付)と福島民報(25日付)に取り上げられた。写真は、いずれも升辛手がくらのすけにダイビングボディアタックを見舞おうとしているシーン。一般紙がプロレスを扱うのは珍しい。升辛手は、青森から福島に遠征し、試合でエネルギーを使った甲斐があった。
































