△岩村選手を撮影するテレビカメラ

福島ホープス私設応援団の門田真一団長は高校1年。球団創設1年目の2015年から団長を務めている。声が大きくて元気がいいが、暑さに弱く、真夏のデーゲームでは日陰で休憩している姿をよく見かけた。ただ、それは過去2年間であって、9月10日の試合では直射日光の中で終始、応援をリードしていた。「高校生になって暑さに強くなった?」と冷やかすと、「まだちょっと…」と苦笑いした。
前号に続いて、その一問一答を掲載する。
――クラスメイトは、門田君がホープスの応援団長をやっていることを知っているの?
「何人かは知っていますが、大半の人は知らないと思います。自分からは『応援団長をやっている』とは言いませんから…。先生には『こういうことをやっています』と報告していますけど」
――ホープスがクラスで話題になることはない?
「ないです」
――あれだけ地元紙が取り上げているのに?
「自分たちの年代は新聞をあまり読みませんから」
――ああ、そうか。今はテレビ(地上波)もプロ野球中継をほとんどやらないしな…。野球そのものに対する関心が低下している面もある。
「たまーに巨人戦が中継される程度なので、プロ野球がクラスの話題になることはありません」
――俺が子どもの頃は、巨人戦が毎日のようにテレビ中継されていた。だから、プロ野球がクラスの話題になることも多かった。極端に言えば、プロ野球は一般常識として知っておかなければならなかった。今はそういう時代じゃないんだな。

△選手に向かって声を出す門田団長

――ホープスが県民に浸透するためには、何が必要だと思う?
「広報が足りないと思います」
――球団はフェイスブックなどで情報発信をやっているが、あれは既存のファンが見るだけだからな…。あれを見てホープスに興味を持ち、ファンになるという展開は確かに想像しづらい。というか、ファンじゃない人は最初から見ない。
「ツイッターは拡散されていくので、何かの機会に目にすることもあるんですが…」
――ツイッターでの情報発信は球団もやっているが、1回当たりの情報量が少ないという難点がある。
「新聞よりはテレビだと思います。テレビがもっと取り上げてくれるといいんですが…」

△民報記者の取材を受ける門田団長

――テレビ各局は、平日の夕方にローカルニュースを放送している。俺はテレビを全く見ないから分からないんだが、あの時間帯でやらないの?
「やりません」
――今日はテレビカメラがたくさん並んでいるが、普段の試合は報道陣も少ないからな。民報と民友の記者が取材に来るだけで…。栃木ゴールデンブレーブスの開幕戦(4月8日、清原球場)は、観客が7500人ぐらい入った。招待券をばら蒔いたとしても、それだけ入ったというのは凄い。全く興味がなければ、招待券をもらっても、球場に行かない。
「栃木はテレビ中継もしてますからね」
――やはり、テレビか…。

△三塁側のカメラマン席は満員

栃木県は、東京キー局の視聴エリアである。このため、地方によくあるキー局系列の民放テレビ局が存在しない。代わりに独立系のとちぎテレビがあり、地元密着型の番組づくりを推進している。ゴールデンブレーブスの試合を中継したのも、このとちぎテレビである。
『阪神タイガースの正体』(太田出版)という本がある。2001年に発刊されたもので、著者は井上章一・国際日本文化研究センター教授。2015年に発刊されて話題になった『京都ぎらい』(朝日新聞出版)の著者でもある。
井上は1955年、京都市出身。洛星高、京都大(院)、国際日本文化研究センター(京都市)という経歴の関西人で、阪神ファンであることを公言している。ただ、井上が子どもの頃、周りは巨人ファンだらけだったという。当時は関西もプロ野球中継は巨人戦が中心だったので、巨人ファンが多かったのだ。

△時事通信の記者も取材に来た!?

現在は関西人イコール阪神ファンというイメージがある。井上によれば、1969年に開局した独立系のサンテレビ(神戸市)が阪神戦を中継するようになって、ファンがジワジワと増え始めたという。井上はそれを踏まえ、「以前は巨人戦じゃないと、甲子園球場は満員にならなかった。巨人戦以外でも満員が常態化したのは、最近の話にすぎない。阪神ファンというのは底の浅い歴史しかない」と指摘している。
そういえば、関西出身の清原和博、桑田真澄、元木大介、明石家さんま、橋下徹、桂文枝(旧名は三枝)は巨人ファンだった。

△バックネット裏は熱気ムンムン

文枝は1988年に『あなたは3日間で巨人軍と別れられる』(青春出版社)を発刊して阪神ファンに転向した。しかし、これは本心ではなく、空気を読んだ結果だろう。それまでは関西でも阪神ファンより巨人ファンの方が多数だった。しかし、サンテレビが阪神戦を中継して、潜在的なファンを掘り起こした。その状況で吉田阪神が1985年に優勝し、社会現象になった。これで文枝は「関西では巨人ファンより阪神ファンの方が多数になった」と察知し、本を書いて阪神ファンに転向したのではないか。巨人ファンをやめるだけなら、そこから近鉄ファンに転向してもいいはずである。
関西には長年、阪神、阪急、近鉄、南海の4球団が存在した。プロ野球が1949年にセ・パ両リーグに分裂して以来、阪神はセ・リーグ、他の3球団はパ・リーグの一員になった。当初は阪神もパ・リーグに加盟する予定だったが、土壇場でセ・リーグ側に寝返った。これで阪神は、関西では巨人とリーグ戦で対戦できる唯一の球団となった。同時にアンチ巨人の旗頭となり、関西のスポーツ紙の1面を連日のように飾る人気球団への道を歩みだした。逆にパ・リーグに加盟した3球団は人気が低迷し、身売りや合併によって全て消滅した。

△ベンチ前で素振りをする選手たち

話を栃木県に戻す。同県にはゴールデンブレーブスのほか、リンク栃木ブレックス(バスケットボール)、栃木SC(サッカー)、H.C.栃木日光アイスバックス(アイスホッケー)、宇都宮ブリッツェン (サイクルロードレース)、那須ブラーゼン(同)、ル・ボーセモータースポーツ(4輪車レース)といったチームがある。人口196万人の県がこれだけのチームを維持するのは、相当な努力を必要とする。
その努力の1つにとちぎテレビの応援番組や中継がある。キー局の番組に頼れない独立系であるがゆえに、地元スポーツに目を向けざるを得ないのだ。

△打席に立つ岩村明憲選手兼任監督

2017年の福島ホープスは、天候に恵まれなかった。週末の試合が雨天中止→平日の昼間に振替試合というケースが何度かあった。観客動員が期待された5月14日の東北楽天戦(県営あづま球場)は、雨天中止→振替試合なしとなった。NPB球団との交流戦が中止になった場合は、振替試合をやらず、結果が0-0の引き分けという扱いになるのだ。
しかし、岩村明憲選手兼任監督の引退試合が行われた9月10日は、朝から快晴になった。絶好の野球観戦日和で、午後から雨が降りだして中止になる危険性はゼロに近かった。それ自体は喜ばしいのだが、写真を撮影する立場で言うと、天気が良すぎることのマイナス面もある。被写体の向きによっては、逆光の中で撮影しなければならないからだ。

△グラウンドで踊るチアリーダー

ヨーク開成山スタジアム(だけではないが…)は、本塁→二塁→センターに至るラインが南西の方角を向いている。ホープスは三塁側をホームと位置づけているので、ファンの大半はグラウンドを東側から見下ろす形になる。
10日は、後期最終戦&岩村選手引退試合なので、試合後にそのセレモニーが行われる予定になっていた。試合開始は午後1時なので、試合終了は午後4時30分ぐらいになる可能性が高い。そこから判断すると、セレモニーの開始時間は午後5時ごろになる。
9月の午後5時ごろは、太陽の放つ光が傾く時間帯だ。ファンがグラウンドの東側にいるので、セレモニーの出席者は太陽を背にしながら、ファンの方を向く公算が強い。その様子をスタンドから撮影すると、逆光になるので、人様に見せられるような写真にならない。

△ホープスの先発はエース間曽晃平

球場に入る前、太陽がさんさんと輝く上空を見ながら、そんな不安を抱いた。イベントの写真は失敗したら、それで終わりだ。やり直しがきかないので、できるだけ撮影条件を良くしておきたい。従来はスタンドで撮影していたが、今回はグラウンドでセレモニーの様子を撮影したいと考えた。
球場正面に設けられた「報道受付」で名刺を差し出し、このブログのホープス関連の記事を見せた。その上で「セレモニーのときにグラウンドに入れてもらえないか」と申し出た。担当の男性スタッフは「一般の方はスタンドから撮影してください」と回答した。「それではロクな写真が撮れないので、頼んでいるんです」と言うと、「一般の方は入れません」と拒否された。右の拳が出かかったが、我慢した(笑)。

△午後4時46分。予想通りの展開

そのまま福島市に帰ろうとも考えた。しかし、どこからか鈴木啓示(元近鉄)の「投げたらアカン」という声が聞こえてきた。確かにそうだ。ここで投げ出したら、本ブログに書いたホープス関連の記事(以下の21本)が無駄になる。
【2014年】
△8月23日「郡山市でBCリーグ『新潟×群馬』開催」
△9月2日「福島にプロスポーツチームが次々と誕生」
△9月4日「福島の3プロスポーツチーム代表が公開討論」
△11月28日「BCリーグ『福島ホープス』に岩村(前ヤクルト)が入団」
【2015年】
△3月24日「BCリーグの開幕に備える福島ホープスのナイン」
△3月28日「福島ホープスがコボスタで東北楽天2軍と練習試合」
△4月24日「開幕戦が雨で流れた福島ホープスの誤算」
△5月23日「福島ホープスが県営あづま球場で東北楽天と交流戦」
△6月14日「BCリーグ東地区で最下位を独走する福島ホープス」
△7月9日「読売ジャイアンツ2軍に練習試合で勝利した福島ホープス」
△7月13日「信濃グランセローズに12-11でサヨナラ勝ちした福島ホープス」
△9月17日「BCリーグの福島ホープスが東地区後期を制覇」
△9月25日「BCリーグ東地区チャンピオンシップ第2戦を振り返る」
△12月4日「参戦2年目の陣容が固まりつつある福島ホープス」
△12月7日「爆笑問題がラジオで独立リーグを取り上げる」
【2016年】
△5月3日「BCリーグの福島ホープスが阿武隈急行とコラボ企画を実施」
△5月14日「居場所を求めて野球界を回遊する独立リーガーたち」
△10月26日「群馬DPを率いて独立リーグ日本一になった平野謙監督」
【2017年】
△1月13日「福島ホープスの岩村監督が日経新聞にコラムを執筆」
△1月31日「福島ホープスの岩村監督がS-PAL福島でトークショー」
△5月21日「koboパークで『楽天イーグルスVS福島ホープス』を観戦」
2016年はブログより、むしろフェイスブックの方にホープス関連の記事を書いた。ここで投げ出したら、それらも無駄になる。男性スタッフの対応に怒り心頭だったが、「そうですか、分かりました」と引き下がり、一般人として球場に入った。

△ボードにメッセージを書くファン

普段と違って、この試合はスタンドが熱気にあふれていた。ネット裏は満員で、その半数以上がホープスの赤いレプリカユニフォームやTシャツを着ていた。売店前には長い行列ができていた。三塁側のカメラマン席は記者で満員だった。実況ブースの背後にある広い通路には、白い巨大なボードが設置してあった。ファンに岩村へのメッセージを書き込んでもらおうというもので、「福島に来てくれてありがとうございます!!」という文章もあった。
三塁側の2階席には私設応援団のメンバーがいた。ほぼ全員がレプリカユニフォーム・法被とキャップを着用していた。須賀川市在住の門田真一団長(16)もいた。

△2017年も応援を続ける門田団長

門田はホープスがBCリーグに参入した2015年から団長を務めている。当時は中学2年だった。翌2016年は中学3年、2017年の今年は高校1年になった。この年代の少年は、1年で身体が見違えるように大きくなる。顔つきも大人になる。最初に会ったとき(2015年)とは別人のようである。
「写真を撮らせてほしい」と言うと、門田はさっと背筋を伸ばした。「ブログに載せてもいいか」と言うと、「いいですよ」と許可が出た。「福島民報に(顔写真が)出たこともあるんだから、俺のブログに出てもどおってことないよね?」と念押しすると、ニヤリと笑った。

△応援をリードする門田団長

以下は門田との一問一答。
――今日はたくさん観客が入って良かったね。
「自分が来たとき、入場ゲートの前にはすでに長い行列ができていました。今日はいつもと違うぞ!と思いました」
――今日は応援団の周りにも観客がたくさんいる。普段は同じメンバーが集まるので、身内で応援をやっているような感じがする。でも、今日は知らない人がたくさんいる(笑)。門田君から見て、知らない人の割合はどのぐらい?
「半分ぐらいは知らない人です」
――にわかファンがたくさんいるわけか。そうならないと、ファン層は広がらない。あとは固定ファンになってくれるかどうか。とにかく球場に足を運んでもらうことが大切だ。ところで、門田君はなぜ、団長をやっているの?
「成り行きです」
――野球は好きなの?
「好きです。少年野球もやってました」
――毎週末のように球場に足を運ぶのは大変じゃない?
「(移動中は)車の後部座席で寝ているだけなので、大変じゃありません。大変なのは車を運転する父親です」
――ああ、なるほど(笑)。

※インタビューは次号に続く

【告知】本ブログはこれまで匿名だったが、実名を明かすことにする。私の名前は角田保弘である。実名を明かす気になったのは、9月10日の試合でグラウンドに入れず、匿名ブログの無力さを痛感したからだ。高校生の門田真一団長を実名で出しておいて、社会人の筆者が匿名というのはおかしいという思いもあった。今後は「米次郎」ではなく、実名という前提でブログを書くので、よろしくお願いしたい。





△赤く染まった開成山のスタンド

福島ホープス選手兼任監督の岩村明憲は2017年1月28日、JR福島駅に隣接するS-PAL福島5階「NEXTホール」でトークショーを行った。久岐志衣磨捕手(二本松市出身・福島工高卒)と佐賀悠内野手(猪苗代町出身・尚志高卒)の若手2人もユニフォーム姿でステージへ。司会は、ふくしまFMパーソナリティの川奈亮司が務めた。会場には約200人のファンが詰めかけ、川奈と3人のやり取りを見守った。
この中で、岩村は次のような話をした。
「2017年シーズンに入りました。3月になると、チームは本格的に始動します。僕自身、プレーするのは今年が最後になると思います。今年限りで引退するので、有終の美を飾りたい。監督としては前後期とも優勝して、プレーオフにも勝って、寒い時期も野球がやりたいと思います」
事実上の引退宣言である。重大な話だが、当時は2017年シーズンに本格的に突入する前だったので、ファンの反応は鈍かった。「先のこと」と受け止められたのだ。マスコミも同様で、スポーツ紙はおろか、地元紙さえも記事にしなかった。

△ヨークベニマルが命名権を購入

岩村の現役引退をいち早く活字にしたのは、「新潟野球ドットコム」を主宰する岡田浩人だ。岡田は2月11日、ロッテ浦和球場で行われたBCリーグ合同トライアウトを取材。そこで岩村に「今季限りで引退する」と打ち明けられ、「えっ!?」と驚いた。重大な話と受け止め、自分が担当する『週刊ベースボール』3月20日号のBCリーグコーナーに「岩村選手兼任監督は『今季で選手としてはけじめをつけ引退する』と宣言」と書いた。しかし、マスコミの反応は相変わらず鈍く、後追いをする社は皆無だった。
岩村の現役引退をマスコミが大々的に報道したのは、4月9日のことである。福島ホープスを運営する福島県民球団が「岩村明憲内野手が今季限りで引退する」「10日に東京都内と郡山市で記者会見を行う」と発表したからだ。このニュースはスポーツ紙だけでなく、全国紙のデジタル版でも速報された。

△観光バスが並ぶ球場前の駐車場

10日の記者会見は、東京ドームホテル(午前11時~)とホテルハマツ(午後3時30分~)で行われた。東京でも記者会見をしたのは、全国紙やキー局にも取り上げてもらいたいという思惑があったからだ。
岩村が引退を決断したのは、監督と選手の両立が限界に達したからである。より具体的に言えば、次のようになる。
①岩村の存在がチームの邪魔になっている=BCリーグの各チームが登録できる選手は最大で27人。試合にほとんど出場しない岩村が選手を継続すると、貴重な1人分を無駄にすることになる。結果として、将来性のある若手をチーム外に弾き飛ばしてしまうことになる。

△岩村のユニフォームを着るファン

②年齢制限&オーバーエイジ枠の導入=BCリーグは、2018年シーズンから「選手の年齢は基本的に26歳まで。ただし、1チーム5人のオーバーエイジ枠を設ける」という新ルールを導入する。26歳で区切ったのは、その年齢を超えると、NPB(セ・パ12球団で構成されるプロ野球)のドラフトで指名される可能性が極端に低くなるからだ。例外規定(5人のオーバーエイジ枠)を設けたのは、「各チームに『地域の宝』がいるから」(村山哲二BCリーグ代表)だという。岩村は2018年2月に39歳になる。現役を続ける場合は、オーバーエイジ枠に該当する。貴重な1枠を試合にほとんど出場しない岩村が使うのは、もったいない。
③ファンに対する礼儀=BCリーグの各チームは、少ない人数で練習を行っている。監督がノックをしたり、バッティングピッチャーをしなければならない。岩村は自分の練習をする時間がないので、万全の状態で試合に出場することができない。そういう選手がときおりプロとして試合に出場するのは、ファンに失礼ではないのか。

△ダッグアウトにいた貴規をパチリ

岩村自身はまだ選手を続けたい気持ちがあった。球団代表でもある岩村が「やりたい」と言えば、止める人はいないだろう。とはいえ、それではただのワガママになってしまうので、「後進に道を譲る」という形で自ら引退を決意したのだ。
岩村が記者会見を行った4月10日は、月曜だった。NPBの試合がない、つまりスポーツの話題が少ない日を狙ったのは明らかだ。賢明な判断だが、想定外のことが起きた。フィギュアスケートの浅田真央が同日、自身のブログで引退を表明したのだ。浅田もNPBの試合がない日を狙ったのだろう。両者の引退表明が重なったことで、岩村は浅田の陰に隠れる格好になった。

△「IWAMURA」と刻まれた入場券

福島県民球団は8月1日、球団ホームページで「後期最終戦(9月10日、ヨーク開成山スタジアム)を岩村明憲選手の引退試合にする」と発表した。特別な試合なので、入場料は割高に設定した。通常は前売券が1000円、当日券が1500円だが、この試合はそれぞれ2000円、2500円とした。小学生以下は前売券が500円、当日券が1000円(通常は18歳以下の学生というくくりで、前売券が500円、当日券が700円)。
一方で、過去の試合にはなかった「外野席」という席種を設けた。当日券限定で、入場料は500円(年齢による違いはなし)。ライトなファンや子どもがたくさんいる家庭に対する配慮である。

△外野の芝生席を割安料金で解放

2017年シーズンは天候に恵まれず、週末の試合が雨で中止になることが多かった。期待された5月14日の東北楽天戦(県営あづま球場)も雨で流れた。NPB球団との交流戦は振替試合がないので、中止になったら、それで終わり。福島県民球団は、入場料収入の面で打撃を受けた。
しかし、9月10日は朝から快晴に恵まれ、ヨーク開成山スタジアムには大勢のファンが詰めかけた。入場ゲートの前に長蛇の列ができ、賑やかな雰囲気になった。その光景を目にしたあるファンは「NPBの試合かと思った(笑)」という。


△著名人から届いた豪華な花束

球場正面には豪華な花束がズラリと並んだ。岩村と交流のある著名人が届けたものだ。その名前を1人ひとり確認してみた。
△藤田一也(東北楽天)△嶋基宏(同)△長渕剛(シンガーソングライター)△小川淳司(東京ヤクルトシニアディレクター・前監督)△武内晋一(東京ヤクルト)△井野卓(同)△飯原誉士(同)△石川雅規(同)△ヤクルト球団/小野公誠・川島亮・野口祥順(3人の連名)△アレックス・ラミレス(横浜DeNA監督)△田中浩康(横浜DeNA)△岩隈久志(米マリナーズ)△ 井口資仁(千葉ロッテ)△廣瀬純(元広島)△嶋重宣(埼玉西武打撃コーチ)△今江年晶(東北楽天)△プロ野球愛媛県人会選手一同=北から南に花束が並んでいた順
岩村が在籍した東北楽天と東京ヤクルトの関係者が多い。長渕は、岩村の登場曲「絆―KIZUNA―」の制作者だ。廣瀬は、岩村と同じ1978年度生まれ。プロ野球愛媛県人会は、岩村が会長を務めている。