△花束を抱えて喜ぶ木幡候補

福島市長選に立候補した木幡浩(元復興庁福島復興局長)は、旧国道4号沿いの南町に選挙事務所を開設した。JR福島駅から1・4㌔㍍ほど南下した場所で、11月12日に行われた東日本女子駅伝では隣接地が1区の中継所になった。建物はもともと書店として活用されていたが、近年は空き店舗になっているため、選挙事務所として重宝されている。市長選の投開票日となった11月19日は、午後8時半ごろから事務所の椅子が埋まり出した。
事務所に設置されたテレビは、NHKの番組を流していた。午後8時55分になると、福島市長選の開票番組が始まった。当確は出なかったが、出口調査の結果が発表された。トップは木幡浩、僅差で小林香(福島市長)、少し差があって桜田葉子(元県議)、かなり差があって法井太閤(幼児園長)という状況だった。その瞬間、支持者たちは歓声を上げながら、拍手した。この番組は5分で終了した。

△NHKの出口調査。緑が木幡候補

午後9時50分、事務所に長身の女性が現れた。衆院議員の金子恵美だ。
金子と木幡は、お互いの支持者がかなり重複している。そうした関係で金子は事務所に顔を出したのだろうが、出入口付近に居た人たちにあいさつし、1分ほどで姿を消した。木幡陣営には自民党支持者もいるので、野党系の自分が深く関わるのはよくないと判断したようだ。
木幡は10月の衆院選の際、県文化センターで行われた金子陣営の集会に顔を出した。ステージには上がらず、客席の最前列に腰を下ろした。ただ、一般人として扱われたわけではなく、司会の大場秀樹県議に「前復興庁福島復興局長の木幡浩さんもお見えになっています」と紹介された。木幡はすぐさま立ち上がり、周りに頭を下げた。一方、金子は今回の市長選で木幡に為書きを提供した。その為書きは、事務所の正面の壁に掲示された。

△金子議員が提供した為書き(右)

午後9時54分、事務所のテレビがFTV(福島テレビ)の定時ニュースを流した。スタッフが事前にチャンネルをNHKからFTVに変えていたのだ。画面のアナウンサーが何事かを言うと、テレビの近くに居た支持者が一斉に立ち上がり、「やった!」「よーし!」と拍手した。抱き合って喜ぶ支持者もいた。
私は確認しそびれたが、どうやらFTVが木幡に当確を打ったらしい。しかし、木幡本人は事務所に現れず、それっきりになった。NHK以外の当確は信頼性が低いので、それを根拠にして当選の儀式をするのは危険と判断したのだろうか。しばらくすると、支持者たちは「さっきの当確は何だったんだ?」とヒソヒソ話を始めた。

△FTVの当確で拍手する支持者たち

午後10時10分、西山尚利県議がテレビのリモコンを持ったスタッフに何かを言った。「チャンネルをコロコロと変えないでNHKに固定しろ」と聞こえた。
7月の仙台市長選では、郡和子候補の事務所に2つのテレビがあった。一方はNHKにチャンネルを固定し、もう一方は民放(4局)をハシゴするという感じだった。木幡陣営もテレビを2つ用意すればよかったが、初めての選挙だったので、そこまで気が回らなかったようだ。

△事務所の後方に陣取るテレビ局

午後10時14分、事務所のテレビがKFB(福島放送)の定時ニュースを流した。「定時」と表現したが、本来の放送開始は9時54分だ。この日は「アジアプロ野球チャンピオンシップ決勝『日本×韓国』」の放送時間が延びたので、20分遅れになった。ニュースは福島市長選を取り上げたが、「4人が立候補しました」「午後8時に投票が締め切られました」「開票作業が進んでいます」と言っただけだった。当確を打たなかったため、ニュースが終わると、拍子抜けした支持者たちは「なーんだ!」と苦笑いした。

△中継の開始を予告するNHKアナ

午後10時30分、NHKのアナウンサーが事務所全体に響き渡るような声でこう言った。
「これから各候補者の事務所をリレー中継しますので、テレビの音声を消させていただきます。申し訳ありません」
そのとき、事務所のテレビはNHKの「サンデースポーツ」を映し出していた。音声を出したまま中継するとハウリングを起こすので、消すというのである。NHKスタッフと選対幹部が事務所の隅で打ち合わせをしていたのは知っていたが、それはこのためだったのだ。

△NHKの当確で歓喜する支持者たち

午後10時32分、画面が切り替わり、福島市長選の開票番組が始まった。小林、木幡、桜田の順で事務所が映し出された。木幡の事務所が映ったときは歓声が上がった。画面の中に存在する自分を確認するために、手を振る支持者もいた。
午後10時36分、前出のNHKアナウンサーは「ありがとうございました。音声を出しても大丈夫です」と言った。木幡事務所からの中継は終了したらしい。その後は画面に7日間の選挙戦を振り返るVTRが流れた。この番組は10時50分で終了した。

△万歳三唱する木幡候補と選対幹部

午後10時53分、NHKが木幡に当確を打った。支持者たちは再び一斉に立ち上がり、「やった!」「よーし!」と万歳したり、ガッツポーズをとった。
その2分後、木幡が妻の澄代を伴って事務所に現れた。出入口付近に人垣ができ、カメラのフラッシュがたかれた。2人がステージに上がると、事務所の熱気は最高潮に達した。望木昌彦元県議ら後援会の幹部もステージに上がり、みんなで万歳三唱した。続いて、遊説に同行したスタッフが木幡に花束を贈呈した。木幡は花束を抱えたままマイクを握り、支持者に感謝の言葉を述ベた。この後、事務所に居た人全員に烏龍茶のペットボトルが配られ、乾杯した。

△望木元県議と握手する木幡候補

新聞記者はステージの前に押し寄せて、その場面を撮影した。立ったままカメラを構える記者もいた。これでは事務所の後方に陣取ったテレビ局のカメラマンは万歳三唱を撮影できない。「ステージの前に居る人は座れ!」とクレームがつくかと思ったが、意外にもテレビ局のカメラマンは何も言わず、当選の儀式はそのまま進行した。
続いてNHKアナウンサーがステージに上がり、「共同インタビューを始めます」と言った。新聞記者はパソコンで原稿を書くため席に戻った。これでステージの前が開け、テレビ局のカメラマンもようやく木幡らを撮影できるようになった。

△烏龍茶で乾杯する木幡候補ら

以下は共同インタビューの要旨。
――選挙戦を振り返って。
「先が見えない選挙だったが、素晴らしい人たちに応援していただいた。この人たちを信じていれば勝てると思った」
――立候補を表明したのが7月末だった。
「相手は現職とベテラン県議だった。そこに私が割り込むのは容易でなかった。知名度を高めるのはこんなに大変なことなのかと思った」
――市政運営の方針について。
「復興をどう図るか。国・県が主導して基盤は整いつつある。私は、市民の皆さんと一緒に地域の新しい未来を切り開きたい。重要なのは行政が一方的に進めるのではなく、市民の皆さんとコミュニケーションを図りながら進めることだ」
――福島市の復興にどう取り組むのか。
「復興は大きな課題だ。基本的な問題はいち早く解決したい。農産物や観光…。私は復興ではなく、新しいものを築くという姿勢で取り組んでいく。将来を見据えながら、地域をつくる」

△インタビューを受ける木幡候補

――選挙戦で何を感じたか。
「市民の皆さんは、変化とスピードアップを期待していると感じた。特に若い人や事業者は待機児童問題に頭を悩ませていた。これは自分が考えていたより深刻だった。あとは福島駅前の活性化だ。これを解決しないと、若い人は福島市に定着しないと思う」
――スピードと実行・行動が重要という話があったが、市長として真っ先に取り組みたいことは?
「まず待機児童問題を解決したい。市長をトップにして、官民合同の対策本部を立ち上げたい。議論をオープンにして、行政がどんな姿勢で取り組んでいるのか、市民の皆さんに見えるようにしたい。観光の振興も重要な問題だ。県が秋・冬観光キャンペーンを実施しているが、福島市から提案された企画はない。県や他の市町村と連携して観光をやるぞ!と言いたい」
――市民に対するメッセージを
「投票してくださった方に感謝したい。皆さんの期待に応えたい。実績で示していきたい」

△ステージでポーズをとる木幡候補

共同インタビューが終わったのは午後11時13分。これで当選の儀式は終了かと思ったが、続きがあった。万歳三唱を撮影できなかったテレビ局のカメラマンが「もう1回やってほしい」とリクエストしたのだ。
これを受けて、後援会や選対の幹部が再びステージに上がった。そのとき、誰かが「大場(秀樹県議)も上がれ!」と叫んだ。フロアに居た大場は、その声に後押しされて、遅ればせながらステージの端に上がった。みんなで2回目の万歳三唱。その直後、1人ひとりがガッツポーズをとったり、親指を立てたりした。

△木幡陣営の参謀になった大場県議

大場は原町高校の卒業生で、木幡の後輩に当たる。福島市に地縁・血縁のない木幡が短期決戦で当選できたのは、大場の尽力が大きい。
大場は原町市(現南相馬市)出身。松下政経塾を出た政治エリートだが、県議定数1の原町市では当選の可能性がゼロに近かった。太田豊秋(後に参院議員)→渡辺一成(豊秋の後継者・後に原町市長)→太田光秋(豊秋の長男)という勢力が強かったからだ。そこで県議定数8の福島市に目をつけたわけだが、地縁・血縁がなかったので、県議選は2回連続で落選した。3度目の挑戦で初当選。旧民主党の事情により、勝ち目のない衆院選に立候補したこともあった(2012年)。これまでは山あり谷ありの政治家人生だったが、木幡が市長になったことで、大場の政治基盤も安定すると見られる。

福島市長選の開票結果は次の通り。
△当45,372木幡浩△34,503小林香△30,834桜田葉子△1,858法井太閤
投票率は47.92%で、前回を1.18ポイント下回った。

【文と写真】角田保弘




△記念撮影に臨む木幡浩新市長

11月19日は、任期満了に伴う福島市長選の投票日だった。投票所は市内81カ所に設けられた。投票時間は午前7時から午後8時まで。私は暗くなる前に投票しようと考え、午後3時半に近所の小学校の体育館に向かった。
そのとき、体育館の出入口付近で若い女性2人と遭遇した。1人は朝日新聞社、もう1人はFCT(福島中央テレビ)の腕章をしていた。出口調査の調査員らしい。2人の前を通ろうとすると、それぞれに「今日は」とあいさつされた。

△現職と新人の計4人が立候補

投票を済ませて体育館を出ると、出入口により近い場所にいた朝日の調査員に声をかけられた。若いときは「なぜアンタに投票先を教えなければならないのか」と無視していたが、今は快く応じることにしている。自分もサンプルになった調査結果を新聞で読むのがおもしろいからだ。
最近の私は朝日の出口調査と縁がある。昨年7月の参院選(期日前投票)、今年10月の衆院選(同)でも朝日の調査員に声をかけられ、調査に応じた。過去2回はタブレットを渡されたが、今回は紙だった。「あれ、朝日の出口調査はタブレットじゃないんですか」と聞くと、調査員は「今回は違うんですよ」と苦笑いした。地方選挙ではタブレットを使わないらしい。

△告示日に出た「福島民報」の号外

質問項目は、①年齢(20代、30代など10歳単位)②普段の支持政党③今回の市長選は誰に投票したか―の3つだった。考え込むような質問(投票の際に何を重視したかなど)がなかったので、10秒ほどで全項目に回答し、紙を返却した。
FCTの出口調査にも応じようかと思ったが、調査員は別の有権者と向き合っている最中だった。それが終わるのを待って、こちらから「調査に応じますよ」と声をかけるのは不自然なので、そのまま素通りした。

福島市長選に立候補したのは、現職で再選を目指す小林香(58)、元復興庁福島復興局長の木幡浩(57)、元県議の桜田葉子(60) 、幼児園長の法井太閤(72)の4人だ。いずれも無所属で、政党の推薦も受けなかった。事実上は小林、木幡、桜田による3人の争いで、除染の進め方や待機児童の解消方法などが争点になった。
地元2紙は告示直後に世論調査を行い、序盤の情勢を探った。その結果が14日付の1面にそれぞれ載った。見出しは、福島民報が「小林、木幡、桜田氏競る」、福島民友新聞が「現職の小林氏先行~木幡、桜田氏が猛追」。接戦の場合でも、新聞は勢いのある候補者から順番に名前を出すことが多い。その法則に従えば、両紙とも現職の小林がやや優勢と見ていたことになる。一方で、民報は「投票する候補者を決めていない有権者が45.9%」、民友は「有権者の3割が態度を決めておらず、情勢は流動的だ」とした。

△木幡候補の最後の街頭演説

告示直後は、私も接戦と見ていた。しかし、投票日が近づくにつれて、木幡の勢いが増していると感じた。終盤は木幡が小林に追いつき、追い越したと判断。本ブログに載せる写真を撮影するため、19日の夜は木幡の選挙事務所に向かった。投票締め切りと同時に当確が出ることもありうるので、午後8時に木幡の選挙事務所に到着するように家を出た。

最近は広い駐車場を確保するため、郊外に選挙事務所を開設する候補者が多い。その状況で、木幡はあえて中心市街地の新町に事務所を開設した。市街地の活性化を後押ししたいという気持ちがあったからだ。
ところが、使っているうちに駐車スペースが少ないという声が強まった。これでは選挙活動に支障が出るので、告示の直前になって南町の旧国道4号沿いに事務所を移した。もともとは書店として使われていた建物で、10月の衆院選では亀岡偉民陣営が事務所として使用した。想定外の移転だったので、パンフレットや名刺に印刷された住所は新町のままになった。

△印刷物の住所は「福島市新町」

午後8時、事務所の中は閑散としていた。支持者と報道陣を合わせても、20人ぐらいしか居なかった。フロアには70席ほどのパイプ椅子が並べてあったが、大半は空いていた。正面の壁には木幡の大きな写真が掲示され、その手前にステージが設置されていた。ステージの向かって右側に大きなテレビがあり、NHKの番組が映し出されていた。壁にはいくつもの為書きが掲示されていた。フロアの後方にはテレビ局のカメラが並んでいた。

△木幡支持の市議17人の為書き

私はパイプ椅子に座り、テレビを見て、当確が出るのを待った。やることがないので、為書きを提供した人たちの名前を確認してみた。
正面の壁に掲示されていたのは、福山守(衆院議員)、金子恵美(同)、「こはた浩」を支持する福島市議会議員の会(17人)、森雅子(参院議員)、伊原木隆太(岡山県知事)、阿部守一(長野県知事)、飯泉嘉門(徳島県知事)、大村秀章(愛知県知事)、岩城光英(元法務大臣)の9枚。
右側の壁に掲示されていたのは、萩原誠司(岡山県美作市長)、片岡聡一(同県総社市長)、太田昇(同県真庭市長)、高橋正樹(富山県高岡市長)、上田勝義(岡山県議)、社民党福島総支部、今野泰(連合福島会長)、伊藤秀治(連合福島福島地区連合会議長)など(数が多すぎるので、あとは省略)。一方、左側の壁に掲示されていたのは大場秀樹(福島県議)と紺野長人(同)の2枚。左側は主に窓ガラスになっているので、為書きを掲示するスペースが限られていた。

「闘魂」と書いたのは片岡総社市長

木幡は岡山県副知事や徳島市財政部長を務めた経験がある。岡山県の知事、市長、県議は副知事時代に知り合った。知事の伊原木は天満屋(百貨店)の創業家一族で、社長も務めた。福山と大村の2人は徳島市部長時代に知り合った。当時は福山が徳島市議、大村が徳島市ニューフロンティア推進部長だった。阿部、飯泉、高橋の3人は木幡と同じ旧自治省出身だ。

【文と写真】角田保弘



△川本監督と談笑するアナウンサー

キャスターダッシュNo.1のスタートは、川本和久監督の提案で誕生日順となった。川本が5人にマイクを向けると、福盛田悠(福島テレビ)が「14日」、坂寄直希(福島放送)が「7日」、釜井美由紀(テレビユー福島)が「30日」、直川貴博(福島中央テレビ)が「28日」、平川沙英(NHK福島)が「2日」と回答。これにより、スタートは平川、坂寄、福盛田、直川、釜井の順になった。

△NHK福島の平川沙英アナ

平川は大阪府出身で、中学時代にソフトボールをしていた。趣味は野球観戦。学生時代は趣味と実益を兼ねて、西武ドームで売り子をしていた。今年4月にNHK福島に入った新人アナウンサー。担当する番組「はまなかあいづToday」のロゴ入りTシャツを着て、競技に出場した。タイムは5秒01だった。

△福島放送の坂寄直希アナ

坂寄は茨城県出身で、小中学生時代に軟式野球、高校時代に硬式野球、大学時代に準硬式野球をしていた。今年4月に福島放送に入った新人アナウンサー。身長は180㌢前後で、がっしりとした体格をしている。タイムは4秒44(ハンディをプラスして5秒04)だった。

△福島テレビの福盛田悠アナ

福盛田は岩手県出身で、2014年4月に秋田朝日放送に入社。3年在籍して、今年4月に福島テレビに移った。今大会の会場にいち早く乗り込み、もも上げなどで体をほぐした。頭部に担当番組「FTVみんなのニュース」と書いたハチマキを着けて競技に出場。タイムは5秒39だった。

△福島中央テレビの直川貴博アナ

直川は京都府生まれで、和歌山県育ち。さらに、大阪府の高校に通学したというバリバリの関西人だ。華道や茶道など日本の伝統文化を身近に感じる環境で育った。今年4月に福島中央テレビに入った新人アナウンサー。運動音痴を自称している。「FCT中テレ」のロゴが入った黄色い法被を着て競技に出場。タイムは4秒35(同4秒95)だった。

△テレビユー福島の釜井美由紀アナ

釜井は栃木県出身。学生時代に千葉ロッテのウグイス嬢やリポーターを務めた経験がある。また、2015年に環境緑化についての普及啓発活動や栃木県のイメージアップ活動に参加する「マロニエメイツ」を務めた。2016年4月にテレビユー福島に入り、「Nスタふくしま」などに出演している。テニス風の衣裳で競技に出場。タイムは5秒30だった。

△優勝を勝ち取って喜ぶ直川アナ

競技の結果、タイムは直川、平川、坂寄、釜井、福盛田の順になった。優勝を告げられた直川は、笑顔で万歳した。自称・運動音痴は、周りを油断させるための作戦かもしれない。直川には特典として、番組宣伝の権利が与えられた。持ち時間は30秒。直川は平日夕方の情報番組「ゴジてれChu!」の宣伝をしたが、17秒で終わってしまい、残りの13秒を無駄にした。
今大会のキャスターダッシュも優勝したのは男子だった。男子が優勝すると、当たり前すぎて、会場が盛り上がらない。平川の5秒01は女子アナのタイムとしてはかなり速いが、それでも優勝できなかった。男子アナにはやはり1秒以上のハンディを課すべきだ。

△スポーツシューズを履く亀岡秘書

大会の終盤、1人の女性が飛び入り参加した。亀岡まなみだ。亀岡偉民衆院議員の次女で、秘書も務めている。「代議士は公務で顔を出せないので、代わりに私が皆さんにあいさつさせていただきます」という。
まなみは2015年の大会にも顔を出した。そのとき、川本に「せっかく来たんだから、コースを走れ」と言われた。そのリクエストを断ることができないので、まなみはビジネスシューズで30㍍をトボトボと走った。
それが頭にあったので、今回はスポーツシューズを履いてきた。走る準備をしてきたのだ。ところが、川本に「走れ」と言われず、拍子抜けした。まなみがマイクを通して「スポーツシューズを履いてきたんですが、必要なかったですね」と言うと、川本は「だったら、走れ」と返答。まなみは顔をしかめて「言うんじゃなかった…」と嘆いた。今回は足元がスポーツシューズだったものの、トボトボという走り方は2015年と同じだった。

△母親の胸で泣きじゃくる大橋選手

小学3・4年生の部の決勝では、こんなことがあった。勝ち残ったのは、浅野史成(マルベリーこおり)と大橋美羽(福島大学TC)。小学生とはいえ、男女が同じ条件で勝負をすれば、やはり男子が有利だ。しかも、浅野は中学生並みの体格だった。スタート地点に2人が並んだ時点で、勝負の行方は見えた。
しかし、実際に走ってみると、いい勝負になった。途中まではどちらが勝つか分からないという展開になった。最後は浅野が競り勝ったが、大橋は大健闘したと言える。
ところが、大橋はそれで満足しなかった。負けたと分かった瞬間、声を上げて泣いた。付き添いの母親を発見すると、胸に飛び込んで泣き続けた。

△表彰式で並ぶ大橋選手と浅野選手

その姿を見て「自分より2回りも大きい男子といい勝負をしたんだから、泣くことはない。むしろ、喜ぶべきだ」と思った。しかし、本人は優勝を逃したという悔しさしかなかったようだ。
そう言えば、卓球の福原愛も少女時代、相手が大人でも練習試合に負けると泣いていた。泣くほど悔しいから練習し、選手として成長するのは事実。引退を決めたプロ野球選手は「三振しても、悔しいという感情がわいてこなくなった」というセリフをよく口にする。悔しさは成長の原動力。その感情が強い大橋は、選手として有望だ。


△出場者にはTシャツがプレゼント

会場の一角には有名選手のサイン入りTシャツが展示された。市川華菜(ミズノ)、宮下梨沙(大阪体育大学TC)、海老原有希(スズキ浜松AC)、飯塚翔太(ミズノ)、多田修平(関西学院大学)、桐生祥秀(東洋大学)、山下潤(筑波大学)の7枚。これらは、大会出場者に抽選方式でプレゼントされた。また、日本代表や東邦銀行陸上競技部のTシャツなどもプレゼントされた。

【文と写真】角田保弘