△会場はJR福島駅東口の吾妻通り

30㍍走の脚力を競う「第11回ももりんダッシュNo.1」は11月3日、福島市の吾妻通りで行われた。実行委員会の主催、福島市商店街連合会、チーム川本、福島駅前通り商店街振興組合、吾妻通り協栄会の共催。県内外から約390人が出場し、11部門に分かれて順位を競った。また、アトラクションとして公務員による「緊急ダッシュNo.1」やアナウンサーによる「キャスターダッシュNo.1」も開催され、コース両側に集まった見物人をわかせた。

△ゴールを勢いよく駆け抜ける選手

この大会は2007年11月にスタートした。福島大学と東邦銀行の陸上競技部を指導する川本和久監督が発案したもので、県民の走力向上と商店街の活性化を目的にしている。会場はJR福島駅東口の公道だ。ここを歩行者天国にした上で、陸上競技場のトラックと同じ材質のマットを2つ敷いてコースを設置。正確なタイムを計るため、普段は陸上競技場にある計測器を持ち込んでいる。大会の経費を賄うため、コースの両側にスポンサー企業のアドボード(広告看板)を並べている。

△大会を発案した川本和久監督

主催者が設定した11部門は次の通りである。
【男女共通】
△未就学児△小学1・2年生△小学3・4年生
【男子】
△小学5・6年生△中学生△高校生~30歳未満△30歳~40歳未満△40歳以上
【女子】
△小学5・6年生△中学生~30歳未満△30歳以上
このほか、前述したように緊急ダッシュとキャスターダッシュが行われた。
緊急ダッシュに出場したのは福島警察署、福島消防署、陸上自衛隊福島駐屯地の3チーム。3人でチームを編成し、合計タイムで順位を競うという方式だ。たた、30㍍を単純に走ったのでは味も素っ気もないので、各チームとも見物人を笑わる工夫を施した。
警察署チームは男子2人、女子1人という編成だった。男子の1人はクリップボード、もう1人は透明の大きな縦を手にして走った。女子は長い警棒を持って走った。消防署チームは1人が火の用心を訴えるのぼり、もう1人はホースを担ぎながら走った。

△緊急ダッシュに出場した3チーム

自衛隊チームは3人の格好がバラバラだった。具体的に言えば、ももりん(福島市の観光PRキャラクター)のコスプレ、迷彩服、制服という出で立ちだった。制服を着ていたのは、渡辺昴という隊員だ。渡辺はスタート地点で突然、制服を脱ぎ出した。中に着ていたのは、長距離走用のユニホーム。そこまではウケ狙いだったが、スタートの号砲が鳴ると、渡辺は普通に走ってゴールした。
渡辺は県内では名の知れた長距離選手で、各地の大会に出場している。ももりんダッシュの2日後(5日)に行われた湯のまち飯坂・茂庭っ湖マラソンは、男子10㌔㍍(18歳以上)の部に出場し、32分45秒のタイムで優勝した。ふくしま駅伝では大玉村チームの主将を務めている。


△制服を脱ぎ始める渡辺隊員

緊急ダッシュに出場した3チームのうち、警察署と消防署はあえてハンディ(荷物)を背負った。自衛隊はコスプレや制服を脱ぐというパフォーマンスをしたものの、競技の障害になるようなハンディを背負わなかった。このため、3人の合計タイムが最少となり、念願(?)の優勝を飾った。警察署と消防署は過去の大会で優勝しているので、ローテーションで行くと、今年は自衛隊の番である。

一方、キャスターダッシュには平川沙英(NHK福島)、福盛田悠(福島テレビ)、直川貴博(福島中央テレビ)、坂寄直希(福島放送)、釜井美由紀(テレビユー福島)の5人が出場した。男女が同じ条件で走ると、男子が1~2位を占める可能性が高い。このため、川本は「男性2人にハンディを課します」と前置きした上で、「何秒がいいかな…」と言い始めた。


△キャスターダッシュの出場者たち

2015年の大会では、男子アナウンサー2人が0.6秒と0.7秒のハンディをそれぞれ課せられた。それでも男子が1~2位を独占した。※本ブログ「『ももりんダッシュNo.1』のキャスター対決~男子アナにはもっと重いハンディを課すべきだ」(2015年11月6日付)参照。
これが頭にあったので、私は大きな声で「1秒!」と叫んだ。すると、川本は「1秒のハンディは重すぎる。距離に換算すると、10㍍になる。0.6秒が妥当」と回答した。
私は「女子を確実に勝たせるためには?」ということを第一に考え、ハンディ1秒を提案した。しかし、公平性を重視する川本にその考えは通じず、ハンディ0.6秒が決定した。この程度のハンディでは、男子がまた優勝するのではないかと危惧した。(つづく)

【文と写真】角田保弘

△イベントで挨拶する小池知事

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
元東北楽天ゴールデンイーグルス監督で、野球評論家の野村克也が好んで口にする言葉だ。野村の名言とされているが、肥前国平戸藩主だった松浦静山の剣術書『剣談』からの引用である。勝つときは相手の自滅などに助けられることもあるが、負けるときは必ず自分自身に原因がある…という意味になるだろうか。
今回の衆院選は、この言葉がピタリと当てはまる。自民党は不思議な勝ちを収めた。野党側が同じ選挙区に候補者を乱立させたため、自民党が漁夫の利を得る形になった。一方、希望の党は、負けるべくして負けた。代表の小池百合子東京都知事が野党共闘をぶち壊し、独断で突っ走ったからだ。自らの力を過信していたのは明らか。民進党議員を希望の党に合流させようとした前原誠司代表も同罪だ。

小池と前原は、細川護煕元首相が設立した日本新党出身である。その両者が衆院選に当たり、打倒・安倍政権でタッグを組んだ。小池は「自前の候補者が少ない」という悩みがあり、民進党の議員を希望の党に加えたいと考えた。前原は「民進党が自力で戦っても勝ち目はない」と読み、小池を看板にしようと考えた。それぞれが自分の足りないところを補おうとしたわけで、計画通りに行けば「ウィンウィン」の関係になるはずだった。
その計画が狂ったのは9月29日のことだった。小池が記者会見で「排除」という言葉を口にしたからだ。この言葉を引き出したのは、ジャーナリストの横田一である。
「前原代表が昨日、所属議員に対して『(希望の党に)公認申請をすれば、排除されない』と説明しました。これに対して、小池知事・代表は『安保・改憲で一致する人のみを公認する』と言っています。前原代表を騙したのでしょうか。共謀してリベラル派潰しをしようとしているのでしょうか」
横田は『週刊金曜日』『週刊朝日』などに原稿を書いている。6月に『検証・小池都政』(緑風出版)を発刊し、小池の行政手腕を分析した。普段は記者会見で挙手しても小池に無視されるが、この日は珍しく指名された。横田によれば、当てられたのは半年ぶりだという。
小池は次のように回答した。
「前原代表がどういう発言をしたのか承知しておりませんが、『排除されない』ということはございません。排除いたします。取捨(選択)というか、絞らせていただきます。安全保障や憲法観といった根幹の部分で一致していることが、政党を構成する構成員としての必要最低限のことではないかと思っております。ですから、(民進党議員の)それまでの考えも踏まえながら判断したいと思います」
前原は、民進党出身者全員が希望の党に公認されると捉えていた。しかし、小池の考えは違った。民進党出身者を丸ごと受け入れると、看板を掛け替えただけと解釈される。新鮮味が薄れるし、与党側に「野合」と批判される恐れもある。そこで、党代表経験者やリベラル派を排除し、希望の党としての特色を明確にしようとしたのだ。

その直後、以下の15人が排除の対象になっているという文書が出回った。
△菅直人(東京18区)△野田佳彦(千葉4区)△岡田克也(三重3区)△海江田万里(東京1区)△赤松広隆(愛知5区)△長妻昭(東京7区)△枝野幸男(埼玉5区)△安住淳(宮城5区)△近藤昭一(愛知3区)△辻元清美(大阪10区)△阿部知子(神奈川12区)△篠原孝(長野1区)△初鹿明博(東京16区)△手塚仁雄(東京5区)△櫛渕万里(東京23区)
代表経験者(菅、野田、岡田、海江田)は旧民主党の顔になった過去があるので、希望の党のイメージに合わない。リベラル派(赤松、枝野、近藤、辻元、阿部)は小池と思想信条が合わない。東京(長妻、初鹿、手塚、櫛渕)は小池のお膝元なので、希望の党生え抜きの候補を擁立したいという思惑がある。安住と篠原の2人は、排除の理由がよく分からない。

△排除リストに載った安住衆院議員

小池は記者会見で「排除」という言葉を堂々と使った。この態度に対しては「何様だ」「上から目線」という批判が噴出。これがきっかけとなって、小池は「独裁者」というイメージがついた。日刊ゲンダイ(10月4日付)は、そのものズバリ「女ヒトラー」と名付けた。
小池を政治の道に引き入れた細川元首相は、毎日新聞(10月3日付)で「同志として小池氏を手助けしたいと考えてきたが、排除の論理を振り回し、戸惑っている。公認するのに踏み絵を踏ませるというのはなんともこざかしいやり方で『寛容な保守』の看板が泣く」と強く批判した。

細川が口にした「踏み絵」というのは、10項目の政策協定書のことだ。これにサインしない者は、希望の党の公認候補として認めないという。その中には次のような項目もあった。
「現下の厳しい国際情勢に鑑み、現行の安全保障法制については、憲法に則り適切に運用する。その上で不断の見直しを行い、現実的な安全保障政策を支持する」
「憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めること」
この2つは、民進党がこれまで訴えていた政策と正反対である。まるで安倍政権の政策のようだ。だったら、小池は希望の党など設立せず、自民党を支持すればいい。

実際、小池は衆院議員時代、自民党の一員だった。都知事になった後も自民党員だった。自民党に離党届けを出したのは、都議選が目前に迫った今年6月のことである。都民ファーストの会を率いて選挙に臨むことになったからだ。自民党は離党届けを保留としていたが、都議選終了後の7月に受理した。都議選で小池に惨敗させられたので、訣別を決めたのだ。それまでは連携の余地を残していたことになる。
政策的に言えば、小池は引き続き自民党の一員であってもおかしくない。それでも自民党と敵対するのは、2016年7月の都知事選でいじめられたという被害者意識があるからだ。自分(小池)が立候補を表明したのに、自民党都連は増田寛也(元岩手県知事、元総務相)を擁立した。自民党本部も増田を支援した。その恨みを晴らすために、衆院選を前にして、新党を立ち上げたのだ。都議選の再現を夢見て…。

【文と写真】角田保弘

△演説する小泉議員(前回の選挙)

8月27日投開票の茨城県知事選は、新人の大井川和彦(53)=自民・公明推薦=が現職の橋本昌(71)を約7万票差で破った。橋本は全国最多の7選を目指したが、自公政権の多選批判に屈する格好になった。投票率は43.48%だった。
この選挙中の8月20日、自民党筆頭副幹事長の小泉進次郎衆院議員がJR牛久駅西口やっぺやっぺ広場で街頭演説した。自公推薦の大井川を応援するためだが、その中で次のような話をした。
「稀勢の里関は牛久と竜ケ崎を足場にして横綱になりました。なんと19年ぶりの日本人横綱です。茨城県知事選は大井川さんが勝ったら、24年ぶりの新知事になります。(神奈川県出身の)私でも牛久に関連する話題が次々と出てくるのに、県の魅力度ランキングで茨城県は47位です。新しい知事を選んで、上位を狙いましょう。将来を見通せる若い知事を選びましょう」
稀勢の里は牛久市出身。龍ケ崎市立長山中学校を卒業し、鳴門部屋に入門した。2017年1月に横綱へ昇進。日本出身の横綱誕生は、1998年の若乃花以来19年ぶりだ。

小泉は応援弁士として人気があり、選挙になると、全国各地に足を運んで「人寄せパンダ」の役割を果たす。演説の中ではご当地ネタを披露するのが恒例になっており、牛久市では地元出身の稀勢の里を引き合いに出して多選批判を展開した。
小泉の多選批判は、これが初めてではない。その約1カ月前の7月22日、小泉はつくば市で開かれた自民党茨城県連青年局・青年部の研修大会に出席した。知事選に向けた景気づけのような集会だが、この中で大学生が「多選の何が悪いのか明確に教えてほしい」と発言した。自民党が橋本の7選阻止を名目にして、大井川を擁立したからだ。すると、小泉は大学生に年齢を質問した上で「みんなが生まれる前から知事は代わっていない。伝統は時代に合わせて変えていかないと守れない」と述べ、多選の弊害を強調した。

一般論で言えば、小泉の多選批判は頷ける部分もある。同じ人が権力の座に長く居続けると、知らず知らずのうちに傲慢になる。周りがイエスマンだらけになる。利権が生まれ、それに群がろうとする人々が現れる。弊害が多いのは事実だが、小泉の言動には違和感もある。
小泉は世襲議員だ。しかも、曾祖父・又次郎、祖父・純也、父・純一郎に続く4代目である。多選批判をするなら、自らの世襲にも言及しなければ、公平とは言えない。

又次郎が衆院議員になったのは1908年5月のことである。当選12回で、逓信相や衆院副議長を務めた。その地盤を受け継いだのが純也である。鮫島姓だったが、又次郎の娘と結婚し、小泉姓に変わった。当選7回で、防衛庁長官を務めた。その地盤を受け継いだのが、長男の純一郎だ。当選12回で、首相を務めた。その地盤を受け継いだのが、次男の進次郎だ。当選3回で、現在は前述したように自民党筆頭副幹事長を務めている。

小泉家の政治家としての歴史は100年以上ある。世襲議員が多い自民党でも、4代目となると、数えるほどしかいない。進次郎が28歳の若さで衆院議員になれたのは、曾祖父、祖父、父と3代にわたって築いた地盤があったからだ。その恩恵を受けている進次郎が橋本の多選を批判するのは噴飯ものである。「お前が言うな!」とヤジを飛ばしたくなる。
衆院議員も権力の一員である。世襲の場合、議員が父から子に受け継がれても、後援会のメンバーはそのままである。権力の近くに居る人々は、さまざまな恩恵が受けられる。世間はそれを「利権」と呼ぶ。引退する議員の後援会がその子弟を後継者にしたがるのは、自分たちの利権を守りたいからである。利権を温存する方法が世襲なのだ。

衆院選に小選挙区比例代表並立制が導入されたのは1996年のことである。以来、各選挙区で当選できる議員は1人だけになった。比例復活は、○○ブロックの当選者なので、小選挙区の当選者ではない。
神奈川11区(横須賀市・三浦市)は1996年以来、小泉家の人間が7回連続で当選している。純一郎が4回、進次郎が3回。今回の衆院選で進次郎が当選すれば、それが8回連続となる。進次郎は36歳なので、あと30年は衆院議員を務めるだろう。この間、他の人は神奈川11区で当選できないことになる。

世襲議員の選挙の強さは、安倍晋三首相が示している。旧山口1区(中選挙区)で1回、山口4区で7回と、これまで8回連続で当選している。それ自体は珍しくないが、安倍自身は山口県に住んだことがない。生まれも育ちも東京都である。通った学校は、小学校から大学まで成蹊学園。議員になってからも、山口県に住んだことはない。
それでも余裕で当選できるのは、2人の祖父と父の名声があるからだ。父方の祖父は寛、母方の祖父は岸信介。父は安倍晋太郎。3人とも山口県出身の衆院議員で、選挙区も同県だった。その地盤があるので、世襲3代目の安倍は山口県に住まなくても当選できるのだ。

安倍は10月18日午前、東京・九段南の千代田区役所を訪れた。22日投開票の衆院選の不在者投票をするためだ。安倍の私邸は東京都渋谷区富ヶ谷にあるが、住民票は選挙区の下関市にある。だから、不在者投票を行ったわけだが、生活実態のない下関市に形だけ住民票を置いておくのは問題がある。違法ではないが、行政府の長としては批判されるべき行為だ。「運転免許証の更新はどうしているのか?」「税金はどこに納めているのか?」と聞いてみたくなる。

安倍内閣は世襲議員が多い。現在は閣僚19人中10人が世襲議員だ。公明党の石井啓一国土交通相を除くと、自民党の18人中10人が世襲議員だ。
△安倍晋三首相(前出)△麻生太郎財務相(祖父は吉田茂、父は麻生太賀吉)△野田聖子総務相(祖父は野田卯一)△河野太郎外務相(祖父は河野一郎、父は河野洋平)△林芳正文部科学相(父は林義郎)△加藤勝信厚生労働相(岳父は加藤六月)△小此木八郎国家公安委員長(祖父は小此木歌治、父は小此木彦三郎)△江崎鐵磨沖縄北方担当相(父は江崎真澄)△梶山弘志地方創生相(父は梶山静六)△鈴木俊一東京五輪相(父は鈴木善幸)

地方創生相の梶山は、自民党茨城県連会長でもある。茨城県知事選に大井川を擁立したのは、梶山と菅義偉官房長官である。菅は梶山静六を政治の師と仰ぎ、強い影響を受けた。その関係で、長男の弘志とも親しい関係にある。
7選を目指した橋本を茨城県知事選に擁立したのは静六である。その支援で知事になった橋本は当初、自民党県連とうまく付き合っていた。しかし、当選を重ねるうちに関係が悪化し、5選を目指したときは対立候補をぶつけられた。そのときは選挙を勝ち抜いたが、7選は菅・梶山コンビに阻止された。つまり、橋本は静六に知事にさせてもらい、弘志に追い落とされたのだ。

自民党が選挙に強いのは、地盤の安定している世襲議員が多いからだ。そこに創価学会の票が加わるから、鉄板に近い形になる。選挙ごとに当選者の顔ぶれが変わるので一概に言えないが、自民党衆院議員の3~4割が世襲議員だ。
今回の衆院選でも世襲の新人候補が目につく。高村正彦自民党副総裁の後継者は長男の正大(46)。金子一義元国土交通相の後継者は長男の俊平(39)。平沼赳夫元経済産業相の後継者は次男の正二郎(37)。保岡興治元法相の後継者は長男の宏武(44)。故・木村太郎元首相補佐官の後継者は実弟の次郎(49)。故・白石徹元環境大臣政務官の後継者は次男の寛樹(29)。
白石寛樹は週刊新潮8月31日号で女性スキャンダルを報じられ、知名度が全国区になった。素行が悪すぎるので、本来であれば市議にもなれない人物だ。しかし、3月に亡くなった白石徹の次男であるため、いきなり衆院選の候補者になった。今回は弔い選挙になるため、希望の党の白石洋一(54)と接戦を演じている。

【文と写真】角田保弘