わたしはYouTubeを好んで視聴していて、ずいぶん前から「オトナの教養講座」のファンだった。
配信される金曜夜7時が楽しみでね。
山田五郎氏のこの番組のおかげで
歴史的な芸術家の作品や生い立ちや波乱万丈の人生を、本当に興味深く学んできた。
特にルソーやモネやゴッホの回はもう何度繰り返し視聴したかわからないくらい面白かった。
初期には、絵や歴史にまったく興味も知識もない若い女の子をアシスタントに選んで
「彼女が理解できたら視聴者にも間違いなくわかってもらえるはずだ」という理論でもって
絵画初心者にもわかりやすかったなあ。
それでも、あまりに彼女の知識が乏しいことにはさすがに脱力したり
周囲のスタッフも呆れたりすることもあったんだけど
それでもYouTubeから記念の盾が送られてくると
「これは彼女に贈られたものだよ」と
山田氏はこの上ない優しさを持って彼女を称えておられました。
あの番組内で
「オレぎっくり腰だって言ってたろ?それが違ったんだよ!ガンだったんだよ!」と
さも面白い話で驚かせようとするかのようなトーンでカミングアウトをなさった時は
えええええええええ…………ッ
って
わたしも料理の手を止め驚きの声を漏らしたのをよく覚えています。2年前だったんですね。
抗がん剤治療の過酷さは誰しも聞いたことはあるとは思う。
有名人がそのリアルな体験談を語っているのを聞いたり読んだりすると
吐き気や怠さや抜け毛など、それがどんなに辛い闘いだったか
インタビューの依頼があったからこその闘病語りだったんだろうとはわかる。
わかるけど
これからまさに同じ治療を受ける予定だったわたしが、そのリアルな描写にどれほど胸をえぐられたか。
聞きたくないよそんな話!と
一人で布団をかぶって怯えていたことを覚えています。
病が完治した今でも、その人の顔をネットで見ると嫌な気持ちが甦りますね。
一方、山田五郎氏は手術なしの化学療法をお始めになり
「この数日間、とっても体力を消耗した」とか
「この薬はまあまあ効いた」とか
「数値としては良くなっているか微妙な感じだね」など
淡々と、まるで他人ごとのように客観的に軽く語る報告は
同じ病に苦しんでいる方々には本当の戦友みたいな励ましだったんじゃないかと思うし
自分の闘病の苦労話をことさらに熱く語ろうとしないのがいかにも山田五郎さんらしく
そこにわたしは
大人の男の真のダンディズムを感じましたね。
そういえば、数か月前に
病院で別の症状の治療を受けていていきなり昏睡状態になった時のお話は
非常に印象的だった。それについてはラジオ番組でみうらじゅん氏にお話しになっていたわね。
その昏睡の三日間、長い長い夢を見続けていた、とのこと。
夢は
「地球の未来に関わる秘密の書類を何人かの子どもたちと取返しに行く冒険」のストーリーだったそう。
(ゴメン細かいところは違ってるかも)
それで、その子供たちにはそれぞれに
ITの知識やパルクールとかさまざまな特技があって
その子たちを束ねるのが自分の役目だった、と
非常に面白い夢のお話でしたね。
その時も「三日間の昏睡」という現実に、悲壮感をまったく漂わせず
長いストーリーをさすがの話術で生き生きとお話しになるところ
素晴らしいと思った。
思えば
山田五郎氏を最初に見たのは数十年前の「タモリ倶楽部」。
「お尻評論家」と自称なさり
エッチなのに知的な紳士、という深夜番組らしいイメージでしたから
ずいぶん年上だとばかり思っていました。
実際はわたしよりたった4歳しか違わなかったんですね。初めて知った。
「オトナの教養講座」最後の出演となった7/17の配信時には
すでに亡くなっていたのですね。
カテドラルでのご葬儀と聞きました。
五郎さんご自身があの教会の信者さんでいらしたので
厳粛でしかも親しかったお仲間たちに見送られ讃えられ
温かいものであったろうと
想像しています。知っていたらわたしも駆けつけたかったですね。
世間には公式発表に先んじた追悼コメントが流れたことを責める声があると聞きましたが
きっと
そういうフライングミスについて
「しょうがねえなぁ」と天国で苦笑いなさりながらも
あの五郎さんなら
そんなことに本気で怒ってはいらっしゃらないだろうと
わたしは思っています。
たぶん今ごろは
あの有能な子供たちと、地球を救う次の作戦を練っているんじゃないでしょうか。