「民主主義」が、バカを騙して多数の票を奪い合うゲームに成り下がる。
これが、「民主主義」が抱える本質的な病巣だという話は、
古代アテナイの時代から指摘されていたこと。
●プラトンの『国家』(The Republic)第6巻
岩波文庫版『国家』(上)(藤沢令夫訳、1979年刊行、青601-7)
「船のたとえ」(Ship of State)第6巻488a–489a付近)
ソクラテスとアデイマントスの対話
「それではまず、哲学者たちが国のなかで尊敬されていないことを不思議がっているとかいうその人に、船のたとえを教えてやりたまえ。そして、もし哲学者たちが尊敬されたとしたら、そのほうがよほど不思議だということを、納得させるように努めてくれたまえ」 「ええ、教えてやりましょう」と彼。 「それからまた、君の言うことは正しい、たしかに哲学をしている最もすぐれた人々でさえ、一般大衆にとっては役に立たない人間なのだ、と。
では、聞かせてあげよう――このぼくには、彼らの言うことがほんとうだと思われる、とね」 「それならいったい」と彼は言った、「哲学者たちが国々を支配するときが来るまでは国家は禍いから解放されないだろうと言える根拠が、どこにあるのです?その当の哲学者たちが国の役に立たない人間であるということに、われわれが同意するとしたら?」(487d) 「えっ本当なんですか?」と思わず言いたくなるところです。 「想像してみなさい。
一艘の船、または艦隊がある。船長は乗組員の中で一番大きく、一番力があるが、少し耳が遠く、目も少し悪い。そして航海術もあまり得意ではない。
乗組員たちは互いに舵の取り合いを争っている。誰もが自分こそ舵を取る資格があると思い込んでいる。だが、航海術を学んだこともなく、誰に教わったのか、いつ学んだのかも言えない。
彼らは航海術など学べないものだと考え、反対する者を殺してもいいと思っているほどだ。
真の船長(知識を持つ者)は、航海術を知っている唯一の人間なのに、彼らは彼を役に立たないと考えている。年を取りすぎたから、若すぎるから、耳が遠いから、目が悪いからだと。
彼らは船長を取り囲み、脅し、できれば海に投げ出したいと思っている。そして、船長を舵取りにさせないと言い張る。なぜなら、彼は舵取りにふさわしくないからだ、と。」(488a–489a)
プラトンの『国家』第8巻で描かれる政体退化論(degeneration of regimes)
貴族制→寡頭制→民主制→暴君制
●ウィンストン・チャーチル「民主主義は最悪の制度を除けば最良のもの」
(1947年11月11日のイギリス下院)
Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed, it has been said that democracy is the worst form of Government except for all those other forms that have been tried from time to time.…
この罪と悲しみに満ちた世界では、様々な形態の政府が試みられ、これからも試みられ続けるだろう。民主主義が完璧であるとか、すべてを知り尽くしているとか、誰も主張しない。むしろ、民主主義は最悪の政治形態だと言われることもある。ただし、これまで試されてきた他のあらゆる形態を除けば、という条件付きで……