【高市会見「原爆の日」8/6】記者自ら戦前に「大本営会見」/地元記者が語る驚きのヒロシマの欺瞞  | ☆Dancing the Dream ☆

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アークタイムスの尾形さんの質問を排除した8/6の広島での首相会見は、

文字通り、官邸と広島市記者クラブ「大本営会見」だった。

 

しかし、一番驚いたのは、その日の行事が全て終わった後に、

地元・広島で元朝日新聞記者で今はフリーで活動している宮崎園子さんの

地元記者でなければ語り得ない「ヒロシマの裏の顔」についてのお話だった。

 

こんな話を聞いたのは初めてのこと…😱

 

要するに、「ヒロシマ」は「人類で最初に原子爆弾を使われた町」として世界に知られ、それはブランド化され、その揺るぎない肩書き(ブランド)に胡座をかいてしまい、「平和」という言葉のシャワーを浴び続けているうちにその言葉は形骸化しているのではないかという広島の記者としての切実な危機感が語られた。

 

「広島の記者は、戦争の匂いに敏感でなければいけない」という宮崎さんが、絶対使いたくない言葉は「平和への思い」という鉄板ワードだと言う。

なぜなら、「平和への思い」は、本来の「戦争を許さない」「核兵器を許さない」「核兵器を廃絶する」「戦争に反対する」という意味から、「和解の心」「許す心」に変わってきているのだと…。

 

衝撃的ではないか!

「平和への思い」という言葉ですら、いかようにもプロパガンダになり得るのだ。

 

私は、今回の81年目の平和記念式典での政治家のメッセージの中で、広島市長が宣べた「平和宣言」が最も素晴らしいと感じていた。

ところが、私は知らなかったのだが、元厚生労働省官僚で4期目の松井 一實・広島市長は、かなりのトンデモ市長だったのだ。時の風を読み、適宜、最大公約数で権力を振るう役得AI内蔵の人物だった。「知らない」ということは、恐ろしい。

・被爆者に「『くれ、くれ』という権利要求みたいな気持ちではなく『ありがとう』の

 気持ちを持つことを忘れないように」などと発言。

・2024年広島の土砂崩れ発災の際に、即座に当庁せず「寝たり休んだりしていた」と

 説明し「寝たり起きたりしていてはいけないと、マニュアルには書いていない」などと

 逆ギレした。

・23年12月11日広島市の職員研修で松井が戦前の教育勅語を研修資料に用いていた件を

 後の会見で追及されると、「そんなに私が悪い魂胆をもっていると思いたいんですか!

 なんでそんなふうに擬制するんですか!とても失礼だ」などと逆ギレした。(2017年

 3月31日安倍内閣、教育勅語について閣議決定「憲法や教育基本法に反しないような形

 で教材として用いることまでは否定されることではない」)

 

 

また、宮崎さんは、広島の記者は「長崎に冷たい」のだともいう。

長崎の記者は広島の「原爆の日」の平和記念式典等行事のために広島に来ているし、長崎市長も広島入りしていたが、そのこともほとんど報道されず、広島から長崎に行くことは少ないのだ。

 

「ヒロシマ」は世界的なブランドとして育てられたが、国は広島に比べ長崎を軽視している。

国が定める雨や灰に混じって拡散した放射性微粒子で被ばくした「被爆地域」の線引きは、長崎は広島に比べ非常に小さい。

 

もしかすると、「長崎を最後の被爆地に」という長崎のメッセージが、核保有国、核の傘の下の国々にとって不都合だからかもしれない。

 

 

高市早苗首相の統制「会見」@広島8/6/高市首相、「台本読み合い」以外の質問答えず/もはや統制「会見」/唯唯諾諾、従う記者たちの異様【8/6(木) 15:00~ プレミア配信】

 

 

高市首相、統制「台本会見」と従う記者の異様/高市氏と広島、危うい非核3原則/高市首相、81年目の原爆の日に語らなかったこと(宮崎園子❎尾形聡彦)【8/6(木) 18:00~ 

ライブ】

 

 

尾形聡✖️宮崎園子

アークタイムズ 2026/08/06

 

中国より酷い「大本営会見」高市会見(広島)

平和云々の前に、記者自ら「戦前」に戻ってるじゃん?

尾形聡(アークタイムズ):

その 後、高市首相は被爆者たちの話を聞き、それはここのホテルで聞いて。

その後、会見に臨んで。

ただ会見は本当にひどくて。私は やっぱりビックリしましたね。

 

宮崎園子(元朝日新聞、広島のフリー記者):

私は、「被爆者代表の要望を聞く会」までは取材をしてたんでたんですけども、ちょっと別件があったので、ちょっと記者会見に行けず。どうひどかったんですかね?

 

尾形:

いや、いつもやってることなのかもしれませんが。

私、市政記者会の記者から2問、内閣記者会つまり、官邸記者クラブから 2問。

で、それも手すら挙げないで、指名された人が、手もあげないで答えていて。

それで終わろうとなしたんで。

私は、「もう 1問、聞かせてください」と。

…いうことを言ったら、広島市の職員がワッと囲んで私のところを。

「もう会見終わってますから」って。

で、私以外にそうやって聞く人もいになくて。

いや、記者がこれを完全に受け入れてるんだな、と…

いうことだから… 正直言ってですね、私、本当に腹立ったんですけれども。

こんなの大本営会見だし、統制会見だし

事前に質問も全部提出されてて、お互い読み合ってるだけじゃないですか?

ま、それは官邸でいつもやってることではありますけれども。

それを広島でも広島の記者たちがそうやって受け入れて、取り締まりを広島市役所がやり…。

なんか平和…  いや、ちょっと強い言い方をすれば…、「平和云々の前に、自分たちは勝手に戦前に戻ってるじゃん?」て、私、思いましたね。

非常に統制的で、それをみんな受け入れてて…。

 

宮崎:

統制的で受け入れてるのは、普段の広島市長記者会見も、全くそれで

直近の 7月31 日も、まだ手が…私も含めて上がったんですけども、「もう時間が来ましたのでこれにて終わり」って形で、ぶった切られるんですよ。

そこで、もうちょっとこう粘るのがいいんでしょうけども、もうそこでシュンとするのが、そういう伝統なのか、基本的には統制したがるし、統制したものになってますよね。

 

尾形:

すごく強権的じゃないですか?

だって記者が「質問させてください」っていうのは当たり前のことで。

何か進行を妨げたわけでもない。広島市の市政記者社会にも、官邸にも。

それはいいでしょうと。もうしょうがないから。

でもその後、別に質問答えたっていいじゃないですか。

なのにそこで「終わりだ」って言い張って。

で、みんな黙ってて。

私の方を…官邸の記者たちは向かって右側にいた記者たちですけれども、

睨んでる記者が何人かいましたよ。

なんなの?と。

はっきり言ってバカなんじゃないかと私は思いました。(中略)

 

自分たちは「質問させてください」も言わずに、手もあげずに。

いや、本当中国の会見より本当にひどいですよ。

 

ワシントン行った時に、中国の代表部の会見に出たことがあって、 2度3度。

中国だってそんなことしないですもん。

日本はもう中国以下。

北朝鮮って会見が ないんだと思いますけれども。

もう本当、今日終わった後に思ったのは、これって、報道の自由度ランキング今62位ですか?

もうでアメリカの方が低いなんてなってますけど、

これもう、ちゃんと国境なき記者団に言った方がいいなと思ったんですけど、

もう日本なんて絶対100以下ですよ。ひどすぎる。

 

最初にここでこういうこと言って申し訳ないですけれども、

ああいう会見やってて、それを受け入れて。

記者を黙らすのが定例化してる中で、その範囲内で、「平和」とかそういうのを語っても、それより皆さんの足元が崩れてるしょう?

そこに皆さんが加担してるってことに、なぜ気がつかないのか? と。

 

今日ね、田中さんって。(被団協の)田中聰司さん

田中さんにちょっと話を終わった後聞いたんですけど。

今日もね、あそこに被爆者の方が来てたんですよね。

首相とも話したって言ってたので。

やっぱり「メディアがおかしくなってる」っていうのはすごい言ってて。

いや、私も質問しようとしたら、質問しようとしての私だけで、誰も声あげなくて・

だから結局みんな、そうやって、「自分に損になるからしないんでしょうね」と。

 

それは本当にね、終わってるし、「記者が抗がわなくてどうするんだ」って言ってましたよね。

だから本当に戦治中の空気に似てきてるし。

いいインタビューだと思うので、また流そうと思いますけれども。

「どうすればいいでしょうかね?」と聞いたら、

「やっぱり個人、個人がちょっとづつでもう強くなるしかない」とは言ってましたね。

 

広島市長の 「裏」「表」

職員研修に「教育勅語」…記者に逆ギレ松井市長

宮崎

でも広島の会見って、ずっとそんな気がしますけども。そんな感じの統制をされていて。

私なんか、私は記者クラブ記者時代から、新聞社所属の時から割とめんどくさいことを聞いてたのかもしれないです。でも質問するのが仕事なので。 

適当に笑って流してますけども、「宮崎さん今日来なかったから会見静かだったわ」とかっていうのは普通になんかもう時節の挨拶みたいな感じで言われたりとかして。

 

尾形:

誰が言ってんですか?

 

宮崎:

記者クラブ記者たちですね。そういうもんなんですよ。

 

尾形:

記者の人たちね、笑いながら、私がそうやって「もう1 問質問させてください」って言って、そうやって遮られてるところを他の人たちは笑って帰って行くんですよね。

 

宮崎:

だからそういう多分、ムラ社会ですわね。 

そういうこう極めて閉鎖的で、同質的な塊で常にこう一緒に。

「抜いた」「抜かれた」に躍起になってる割には、結局みんなで一緒に歩むみたいなカルチャーがやっぱりあって…

 

尾形:

…歩むって言っても、広島市に管理されてて。

今日そういう意味では、今、話して思ったんですけど、色々繋がってて。

松井市長の「教育勅語」の話も、あの時の会見のやり取りで、「もうその質問やめてくれ」みたいなこと市長が言って…

 

宮崎:

「もう答えません」って言いました。

 

令和6年3月27日 松井一実広島市長定例記者会見

松井広島市長が、職員研修で「教育勅語」を使用。「今後も利用する」

 

 

 

尾形:

…強引な会見をやってるなと思ったんですけど。

質問が上がって、手が上がっててもね、会見打ち切るって聞いて、ひどいなと思ってたんですけど。

その一端がよくわかりましたね。

だから、私が感じたのは、広島市側が「記者はもうコントロールできるしコントロールするもの」下に見てるんだな」と思いました。

いや、だって記者は、「質問してさせてください」ぐらい言いますよね。

そんなことも許さないで、取り締まってるっていうのが、戦前よりもひどいんじゃないの?って。

 

 

「平和、平和」と「平和」のシャワーを浴び続けて…

”戦争の匂い” に鈍感になってはいないか?

宮崎:

間違ったというか、違う形でなんか秩序を重んじているんでしょうね。

そんな秩序はいらないものなのに。

結果的に自分たちが権力家に支配されているっていう構図になっていることに鈍感だっていう…

先ほど尾形さんがおっしゃったように、ここで言うとね、本当に今日1 日だけで「平和」って何回聞いたかってぐらい「平和、平和」の平和のシャワーを浴びるじゃないですか。

ずっと私、若干、それがなんか前から嫌で。

基本的に、「平和イコール核兵器廃絶」みたいな形で、メディアによって矮小化されちゃってるとこがあるから。

だけどもやっぱり学徒動員世代よりももっと上のね、本当にその軍国主義に向かっていく空気の変化とかも含めて、知っている世代のもう多くが他界されたけども、そういう世代の戦争体験者の方々は、「やっぱり広島の記者っていうのは、戦争の匂いに敏感じなきゃいけないよね」っていう話をしていて。本当にそれを私は肝に命じてて。

とは言って、日々、不甲斐ない仕事ぶりかもしれないけれども。

でもそういうのってやっぱり、「公権力と記者クラブの関係」記者会見 での有り様を含めて、そこかしこにやっぱり転がってるなってやっぱ思うんですよね。普段から。

 

尾形:

そう。今日ね、記者OBの田中聰司さんが言ってたんですけれども。

「今日も、きっとみんな、いつもと同じ決まりきった紙面を作るんだろう」と。 

「でもやっぱりそういうことじゃない」と。

それは、紙面を埋め尽くして、「今日、8月6日広島原爆の日でしたと。

首相が来てこんなこと言いました。こういうこと言ったけど、こういうことは言わなかった」

いいけれども、なんかそういうポジショントーク取ってるんじゃなくて。

私はそう思ったんですよね。

本当に平和に対する思いとか怒りとかあったら、匂いに敏感だと思うんですよね。

 

宮崎:

うん。うん。まさに、つまり、こういうことだよと。

 

尾形:

そう。そのおかしいのが、首相会見っていう象徴的な場で行われ、そこで平和を希求しているはずの広島市の記者たちが、官邸に言われるまま、広島市に言われるままでもあると思いますけれども、質問を出してそれを読み合って、それをテレビで流して…。

普通にそんなことをやってるのは、中国でもないのに、私は、実質、世界100位以下の報道状況の中で、そういうのに付き従ってる日本があったから、あの戦争になったわけですよね?

だから、そうならないようにしようと思って、紙面を費いやしてるじゃないですか。

だから、夜中から取材するわけですよね? 

私それはいいと思ったんですけど、だからいいものと悪いものをすごい見たなと思って。

 

宮崎:

「核兵器廃絶」とか、「原爆」も含めて、「平和なるもの」も含めて、多分、”ネタ”っていうか、取り上げる ”トピック”化しちゃっていて

それって「我々の仕事ぶりとか、社会の在り様とかを問うてることなんだよ」っていうところには、多分繋がってないんだと思います。

私、それはやっぱりすごく同じ町で、同じように取材して… ったって、取材の対象とかそれこそ記者クラブのアクセスとかが変わったから、多少なりとも仕事は変わったけれども。

ずっと同じ町で生活をして暮らしていて、取材をしていて、記者クラブ記者だった時と今とでは、…そこがもう決定的に…   昔から気づいていたつもりでしたけども…やっぱり「記者クラブになるもの」という村社会を外 から側から見る立場になった時に、私こんな世界にいたのかなって思うぐらいに思うところがあります。

そして、そこからすごく冷やかな目で、「異物」として見られてるっていうことも私は自覚してるし。

 

尾形:

「異物」って言ってましたよね?(笑)

私は、官邸の若い記者にまで睨まれて、「なんだ?お前たち」って感じしましたけれども。

だってこっちはホワイト大統領会見にも出て質問もしてやってきてるわけですよ。

世界の会見に出てきてね。やってきて。

 

宮崎:

いや、私は、そんなそんなそんな…(笑)でかい会見、私は出てないですけどね。

ただあまり変わらないと思うんですよ。

 

尾形:

そう。だってどんな会見だって同じじゃないですか。

それは市長会見でも、町の会見でも、村の会見でも、それはね、官邸でもホワイトでもね。

でも、そこで「おかしい」と思ったことを聞き、その場のやり取りで、為政者、権力を持ってる側に対してやっぱり対峙をして、距離を取って。でも、じゃあ我々市民の代表じゃないですけど、だからあの場にいるわけですよね。

なんか権力者と仲良くするためにいるわけじゃないわけですよ。

それを勘違いしてる記者が多すぎるし、だからこそ聞くべきことを聞くし、そこで発される本当の丁々発止のやり取りとか、それ当たり前なんですけどね。 

それがなくて、もうやり取りが死んでるし、あそこにあるのは「記者会見という名の台本の下手な台本の読み合い」で、そこに現出されてるものは完全に統制された社会なんですよね。

だから、「大本営会見とかになったのかな」とか思いながら帰ってきたんですけど。

それに気づかない不感症になってでも、手先では…口先では…テレビだったら、

「平和」を語ってるっていうこと。

だって繋がってるじゃないですか。本当は。それ。

そこにちょっと愕然としましたね。

だから、そういう意味では、宮崎さんがいつも言ってる…広島は平和の象徴だと。なんか割とね、世の中の人たちもそう思ってる部分があるし。でもそういう上っ面じゃないところで、底流では色んなものが動いていて。そういうものが動いてるから社会全体が戦争に向かってってるわけですよね?

でも、ここにいる記者たちが、それに気づかずに、上面のところだけで、自分の小さい役割を演じてたらどうにもならないんですよね?

 

 

「初めて核兵器をつかわれた町」という”肩書き”

「長崎に冷たい」… ヒロシマ

 

宮崎:

うん。だからやっぱり、こう揺がない、今日も誰かの為政者のスピーチの中に、「人類で最初に核兵器を実践で行使された町」…それは、正直、広島の…言い方が分からないけれども… 『肩書き』は、絶対揺らがないんですよね。 

 

尾形:

そうですね。

 

宮崎:

その後、この後どこに核兵器が使われようが。

その揺らがない『肩書き』に…この言い方がいいかどうかわかんないですけども…やっぱり広島で暮らしてるとよく思うのは、「やっぱり、どこか胡座をかいている部分があるのかな」っていうことは思います。

それ自体がニュースストピックスだから。

「珍しい、」「新しい」「唯一」みたいなものがニュースキーワードじゃないですか。

そういう意味では、絶対にいつの時代も揺らがないニュースキーワードなわけです。 

カタカナ、「ヒロシマ」っていうのは。

それで、そこにもう甘んじちゃってる。取材する我らも…っていうところがあるんじゃないかなと、私は思います。

 

尾形:

なるほどね。

 

宮崎:

やっぱり、変な話、広島の記者は総じて「長崎に対して冷たい」し…。

 

尾形:

あ、そうなんだ? 

 

宮崎:

うん。

 

尾形:

なんでですか?

 

宮崎:

もう(広島の原爆の日の「平和記念式典」が)終わったから。 

 

尾形:

ああ。

 

 

 

宮崎:

今日も、私、長崎新聞の腕章をつけてる記者見ましたけども。

今日もね、長崎市長…   

あ、長崎市長がなんか広島に泊まってるっていうツイートだけは見ましたけども…バタバタして移動中に。

なんかそういうのあるんだけども。

…もう、もうあんまりないんですよね。そういうのがよく聞く話ですね。

そういうのが現場のあれでも…  応援記者の数も。

だから、私、広島で記者というか、 朝日的にいう、「BB」っていう…記者の教育係りをやった時に…。

 

尾形:

チームリーダーみたいなやつですね?

 

宮崎:

そう、そう、そうですね。その時にやっぱり…これは、伝統としてやってきたんだけども。

やっぱり若い記者に修行として、「とにかく広島で疲れて燃い尽きてるかもしれないけども、長崎に行ってこい」という風に長崎に派遣するってことは必ずやってましたよね。

やっぱり長崎を見ることで、広島に足りないものが見えることもあるし、それは、式典の有り様もそうだし、平和宣言の編み方もそうだし。

やっぱり、長崎を見ることで広島に足りないものが見えてくるとかもあるし、そういうとこがあるから同じ被爆地という名詞で括られてるけども、一緒くたにできない何かがあるわけですよね。

そういったところも学びになるからと思って。

私も今年も行こうと思ってますけども。

 

尾形:

私もね、今年は行こうと思ってるので。

また現地で宮崎さんともライブしようと思ってるんですが。

 

宮崎:

つつがなく行けばいいんですけどね。

勝手知ったる街じゃないから。

 

尾形:

私もでもね、やっぱりこうやって来てね、 1 日行事を取材しないと全体の流れ分からないなと思いましたね。

 

 

絶対使いたくない鉄板ワードは「平和への思い」

「ヒロシマの心」が変質…「和解の心」「許す心」へ⁉️

宮崎:

本当にちょっと報道のあり方とかもやっぱ考える頃に来てるのかなと思います。

今日の総理大臣挨拶とか見ても、やっぱり、「常套句」が塗されていて。

その「常套句」を使って、”なんとなくそれっぽい”っていうのは、後の総理大臣挨拶に対する…ていうのもあるけども、結局、報道する我々も結構「常套句」が多いじゃないですか。

私、絶対使いたくないのが、「平和への思い」っていう<広島では鉄板ワード>なんですけども。

「平和への思い」とか、あと、直近の市長の記者会見でも聞いたんですけども、今日の広島市長の平和宣言でも、カタカナの「ヒロシマの心」というのが2 箇所出てきたと思うんですけども。

「ヒロシマの心」っていうのは、いつも出てくるんですよ。

今の市長は、特に。

それが、なんかね、ちょっと変わりつつあるんですよ。その意味合いが…。

そんな感じのことを、この前、記者会見で、「ヒロシマの心」なるものは時代と共に変わるような種類のものなのか?と。

あと、今で言う「ヒロシマの心」っていうのは。松井市長にとって何なのか?っていうことを聞いてみたりしたんですけど。

もうなんか昔はもっと違う意味だったような気がするんですよ。

 

尾形:

ああ…。

 

宮崎:

うん。今はなんかね、「和解の心」みたいになっちゃってて。

「許す心」みたいにね。

 

尾形:

ええ‼️  そうなんですか⁉️

 

 

宮崎:

でも、かつては、やっぱり…

 

尾形:

「怒り」でしょ❓

 

宮崎:

そう、そう。

「戦争を許さない」「核兵器を許さない」「核兵器を廃絶する」

「戦争をに反対する」

(今は)「戦争反対」って言わないんですよ。最近、広島の人は。

 

尾形:

え❓そうなんですか⁉️

 

宮崎:

「戦争反対」って言わないですね。 「核兵器廃絶」は言うんですけども。

 

尾形:

なんでですか? 世の中でウケないと思ってんですか?

 

宮崎:

いや、だから我々が言うのは、やっぱり我々しか言えないことは「核兵器だ」と。

だから「平和というのは、核兵器廃絶」なんですよ。 

だから、もう行政としても、意味を「矮小化」しちゃってるところがある。

それはずっと私も思っていて…

広島に行って「平和って何なんだよ?」って。

もうシャワーのようにこの「平和」っていう言葉を浴びていて。

なんか、「広島、言うたら、平和じゃろ?」的になってるのに、私はすごく違和感を感じていて。

いちいち、いちいち、「何なんだ?そこで使う平和とは何なんだ?」と。

そこで使ってる「カタカナ・ヒロシマ」って何なんだ?

ということが、やっぱり言葉を使う以上は、やっぱりきちんと説明できなきゃいけないよな思うんですよね。

 

尾形:

そうですね。なんか、ふわっとしたね、 都合のいい言葉で使いやすいですよね。

 

宮崎:

そう。語り継がれてきたから、なんとなくそれっぽいから。なんとなく平和げだから…

みたいな感じで使ってる言葉っていっぱいあるんですよ。

そこはやっぱりちょっと少なくとも言葉を使ってる人間としては、きちんと考えなきゃなって。

私も言葉の使い方を間違ったりすることもありますけども、だけど、やっぱりちいちいちいち立ち止まって考えなきゃなと思いますけどね。

テンプレが多いんですよ。「テンプレになる」書いてますけど、すごいテンプレが多いです。 

 

 

尾形:

その意味で、高市首相の今日の演説ですけれども、少し聞いてみましょうか。

 

 

 

 

差別される長崎の悲しみ…

心尽くす長崎市長…なぜ報道されない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい「線引き」…

置き去りにされた長崎の被爆者

TBS 2026年8月7日(金) 

 

式典に参列するためあさって長崎を訪れる高市総理が「被爆体験者」と面会することが決まりました。ただし発言はできないということです。

高市総理は8月9日、長崎市の平和公園でとり行われる平和祈念式典に参列したあと、被爆者団体からの要望の場に出席する予定で、この場に「被爆体験者」3団体も同席します。

総理との面会は3年連続になりますが、去年と同様、発言の機会はなく握手だけだということです。

広島は救済、長崎は置き去り

国が定める「被爆地域」の線引きによって被爆者と認められていない「被爆体験者」は、雨や灰に混じって拡散した放射性微粒子で被ばくした可能性を訴えています。

 

広島ではすでに「黒い雨」体験者を救済する新基準が運用されており、2022年度から7500人を超える人が新たに被爆者に認定されました。

「被ばく体験者」は、広島との格差やことし発表された内部被ばくの人体影響を示唆する論文を踏まえ、被爆者と認めるよう直接訴える場を求めていました。

「何のために会うのか…」

代表の一人、岩永千代子さんは「発言できないなら何のために会うのか…直接訴えることが不可能になって非常に残念」としながら「核兵器が使われるかもしれない今、黒い雨や灰がもたらす被害を理解してもらいたい」としています。

国が認めていない「内部被ばく」の人体影響

国はこれまで雨や灰による内部被ばくの影響を認めておらず、高市総理の対応が注目されます。