【なぜなのか】警察システムの不全と被害者の自○ ドンマッツの反カルト思考チャンネル
非を認めるにはあまりにも重すぎる非
これはおそらく斎藤元彦にも同じことが起きてる。
これは取りかしはつかないこと。
そして、死を持ってお前を糾弾すると言われ た人は、
本当に自分が悪いというふうに非を認めてしまうと、
その取り返しがつかないものの罪を背負わければならない。
それは、すごくしんどいこと。
基本的には死に対して償えるのは死でしかない。
加害側は、お前のせいでというのを全力で否定しようとする。
なぜか。 そうしないと生きられないから。
これはそこここに見られる現象。
企業が過労自殺に関して自分たちには責任がないと言い張る。
裁判でも同じことが起きている。
その責任を認めたらその担当者なりが生きていけないぐらいの罪悪感にかられるれるから。
ゆえに自分の非を認めない。
徹底的に認めないクズの振る舞いをする。クズであればあるほど。
だから斎藤元彦は絶対に謝らない。
1mmでも髪の毛1本でも非を認めたら、
5人6人亡くなっているその死の責任が自分にあるという風に思わなければならなくなる。
彼が保ってる自分っていうのはすごく脆くて弱いので、もう必死なんですね。
だから、良心の呵責のない鉄面皮。人間味のないやつだ。
あるいはサイコパスだ。ダークトライアドだ。
いろんな解釈があると思うけど、私はそうじゃないと思う。
あまりにも非を認めるには重すぎる非なんですよね。元彦の場合 特に。
県民局長。
そして、パレード関係の課長。
そして、私は聞いてるもう1人、ある病院関係の部長が亡くなっている。実は。
そして、竹内さん。
12月入ってからの職員。 5人。
だから亡くなってしまうと、加害者がなお非を認めなくなるというパラドックスに陥ってしまう。