【スガーリンの逆襲】木原誠二 めった斬り…警察情報を用いた「私生活」スキャンダルを文春にリーク? | ☆Dancing the Dream ☆

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菅が撒いているのは、政敵の懐刀の私生活のスキャンダル。

安倍・菅政権がいかに恐ろしい政権だったか。
菅の右腕は公安畑の警察官僚・杉田和博。
杉田が官僚トップである事務担当の官房副長官だった。

2019年9月 孫崎享氏IWJインタビューより
https://ameblo.jp/et-eo/entry-12540143850.html
「内政は菅官房長官が仕切っていた。」

「私は警察官僚は国のトップになるべきではないと思っている」

「警察の場合は”法”ではなく、”力”である。
 ”力”があれば、相手が正しいか正しくないかなどは関係ない。
 警察が日本のトップにくるというのは、そういうことだ。
 日本の中心は国会にあるというのが建前になっているが、
 これが崩れて来ている。」
































岸田首相を支える最側近「若手3議員」の素顔とは
宮崎謙介:元衆議院議員 DOL特別レポート
2021.10.13 4:15
人柄の良さと
気配りの木原誠二氏

https://diamond.jp/articles/-/284562?page=2
 木原誠二氏とはよく勉強会でご一緒していました。木原氏が主催の勉強会にもよく出席していたことから、懇親会にも呼んでいただくことがしばしばありました。
 そんなご縁からか、木原誠二氏の地元の方々向けのパーティがあった際に司会の大役を仰せつかったこともありました。
 1000人以上の来場者があり、来賓も華やかで、新人議員だった筆者は緊張したことを今でも覚えています。
 筆者は議員辞職をした後、約2年間、地中深く潜って生活していました。細々とビジネスをし始めたことと、子供を保育園にベビーカーで送迎するということ以外やることがありませんでした。
 辞職してちょうど1年がたった正月明けのことでした。私はまだ人生のどん底にいる気持ちで、外出するときもコソコソと歩いていました。その日も息子を送った後、一人でトボトボと歩いていたところ、偶然にも木原氏と遭遇しました。
 辞職してから初めて会った木原氏は、電話で誰かと新年の挨拶の電話をしていました。目が合い、私だと気づいた木原氏は少し驚いたような様子で会釈しました。私も挙動不審になりながら深々と頭を下げて、そそくさと家に向かって歩いていきました。
 そして、驚いたのはその30秒後です。後ろから木原氏の声がしたのです。「ケンちゃん!」。振り返る私に対して木原氏は200メートル先から大きく手を振って「今年もよろしくね!!」と声をかけてくれました。議員辞職を迫られた筆者からすれば、相手にされなくても仕方がないと思っていたので、うれしすぎてウルッときたことを覚えています。
 その後も、木原氏の誕生会に呼んでいただくなど、さまざまな場で配慮してもらいました。このような温かくて細やかな気配りは筆者に対してだけではありません。その人柄の良さを生かして、岸田政権の信頼向上に努めてもらいたいと思います。




【HUNTER・2021.07.06】:令和のフィクサーが率いる「大樹総研」と権力者たちの蜜月
https://blog.goo.ne.jp/adragonisflying8181/e/2109a02dbe2f77fec1a51097a142017b



https://news-hunter.org/?p=10462



熊谷 弘
   







勝栄次郎
勝 栄二郎(かつ えいじろう、1950年(昭和25年)6月19日[2] - )は日本の大蔵官僚、実業家。第9代財務事務次官。インターネットイニシアティブ代表取締役社長。ANAホールディングス株式会社経営諮問委員会委員。読売新聞東京本社非常勤監査役。日本テレビ放送網非常勤取締役。
人物
獨協高校卒業後、1969年度の東京大学の入学試験が中止となったため早稲田大学法学部に入学。その後、東京大学法学部第1類(私法コース)に学士入学した。大蔵省の入省成績は下から2番目だったといわれている。
早くから「最後の大物財務(大蔵)官僚」とささやかれており、次官になった際には「十年に一人の大物次官」「最後の大物次官」「影の総理」と呼ばれた。
一部のメディアからは、野田佳彦が総理大臣の座につくことができたのは勝ら財務官僚が増税推進派の野田を総理にすべく工作をしたからとされた。野田は勝に組閣について相談するぐらい頼っていたといわれている。
一部報道によって、「野田内閣は財務省に完全に支配されており、真の総理は野田ではなくその背後にいる勝であることが、永田町と霞が関の共通認識になりつつある」と報じられたことがある。たちあがれ日本の片山虎之助は2011年9月29日の参議院予算委員会で鈴木善幸内閣が田中角栄の影響下にあったことが「直角内閣」と呼ばれたことにならい、野田内閣を「直勝内閣」と揶揄した。
大蔵省時代に「大蔵省サッカー部」を立ち上げ、初代主将に就いていた。





全国民必読
新聞,テレビはビビッて報じない
どじょう野田を操る"本当の総理"
勝栄二郎の正体

週刊現代講談社2011.10.03
https://gendai.media/articles/-/21453
どじょうはどこまで行ってもどじょうなのだ。うなぎにはなれないのだ
 国民が知らぬ間に、この国は乗っ取られていた。「正心誠意」は勝海舟の言葉なり
 泥沼のような民主党から財務省が掬い上げた1匹のどじょうは、2年の間に肥え太り、食べごろとなった。大物次官の最後の仕上げは、「増税色」に染まったこのどじょうを国民に踊り食いさせることだ。
国を動かすのは野田じゃない
「野田政権は、財務省に完全に支配されている。真の総理は野田佳彦ではなく、その背後にいる勝栄二郎事務次官である」
 いまや永田町と霞が関の共通認識になりつつある、その事実を如実に物語っているのが、9月13日に野田が衆院本会議で行った所信表明演説の一節だ。
「政治に求められるのは、いつの世も『正心誠意』の4文字があるのみです」
 野田が演説で繰り返した「正心誠意」という言葉は、もともとの原稿では通常の「誠心誠意」だったという。ところが野田は、「これは『正心』のほうがいい」と言って、自ら原稿に手を入れて修正した。
 この「正心誠意」は、幕末から明治維新の激動期を生き抜いた「最後の幕臣」勝海舟の語録『氷川清話』に収録されている言葉だ。野田は歴史小説ファンとして知られ、勝海舟が政治の要諦として語った「正心誠意」を、あえて自らの所信表明演説で使ったかに見えた。
 だが、これは政官関係者を驚愕させた。
「勝事務次官は、『勝海舟の末裔』と言われています。野田首相は、わざわざ原稿を手直ししてまで、勝海舟の『正心誠意』という言葉を演説にはめ込んだ。官邸内では、『そこまでして勝事務次官と財務省に媚を売るのか』と、衝撃を受けたスタッフも多かったのです」(官邸関係者)
 実は、勝次官が海舟の末裔かどうかは定かではない。本人も、メディアの取材に対し「違う」と否定したことがある。ただし、「あえて大っぴらに否定してはこなかった」(財務省関係者)ため、「海舟の末裔伝説」は、いまだ一人歩きしている。
 野田はあえて、あの所信演説をすることによって、勝に対してはっきりと「私はあなたとともに歩みます」と熱烈ラブコールを送ったのだ。
 では何を一緒にやるというのか。勝は財務省の意思を体現する主計畑のスーパーエリートだ。そして、財務省の長年の悲願と言えば、「消費税の増税」に他ならない。
 みんなの党・江田憲司幹事長はこう語る。
「財政再建だとか理由をつけていますが、財務省がなぜ増税をしたがるかと言えば、自分たちが差配できるおカネを増やし、かつての栄華を取り戻したい、というのが理由です。
 財務省は旧大蔵省の時代から国家権力そのものであり、国を動かすのは自分たちだという自負が非常に強かった。何しろ、憲法上は内閣に権限がある予算編成すら、自分たちの権限だと言い張っているくらいです。
 私は橋本龍太郎内閣で、旧大蔵省から金融行政を分離させる財金分離などの行革に携わりましたが、当時、為替資金課長の身ながら、水面下で大蔵省の組織を守るために動いていたのが、勝さんでした」
 勝栄二郎、61歳。「最後の大物次官」と呼ばれ、財務省にとっては切り札的な存在だ。
 勝は'75年に旧大蔵省に入省し、選りすぐりのエリートが集まる財務省の中でも、さらにエリート中のエリートの証である、主計局畑を長く歩んできた。
 '97年に主計局公共事業担当主計官、'98年に主計局主計官兼主計局総務課、'00年には官房文書課長。'02年に主計局次長となり、'07年に理財局長、'08年に官房長、'09年には主計局長と順調に階段を上り続け、昨年7月、ついに満を持して事務次官に就任した。
 趣味はサッカーで、旧大蔵省時代に省内サッカー部を創設したという。イングランドのプレミアリーグとドイツのブンデスリーガの大ファンで、大きな試合の際には深夜までテレビに齧り付くことも。世界一となったなでしこジャパンに国民栄誉賞が贈られたのは、サッカー好きの勝氏のプッシュがあったからだ、と霞が関では噂されている。
 4歳から高校1年生になるまでの少年時代を、ドイツで送ったため、「勝さんは、日本語よりドイツ語のほうが上手い」というジョークが財務省内にはある。実際、会議などでも発言は少なく、たとえしゃべってもボソボソとした話し方のため、部下たちは勝が何を言っているのか、聞き取るのに必死にならざるを得ない。そしてそれが「得体の知れなさ」に繋がり、勝への畏怖心が醸成される原因にもなっている。
 恰幅の良い、温厚で篤実そうな風貌。公の場では笑顔を絶やさず、聞き上手でもあり、特に政治家に「勝好き」が多い。
 かつて、政府が景気浮揚のための財政出動をしようとした際、主計局長だった勝がクビを縦にふらず、業を煮やした亀井静香金融担当相(当時)が、「勝のクビを切れ!」と当たり散らしたこともあった。
 その亀井ですら、周囲にこう語っている。
「よく勝を呼びつけて怒鳴りつけるんだが、あいつは呼べばすぐにやってくる。可愛げがあるんだよ」
 だが、勝とは果たして、〝可愛い〟などという表現で済まされるような、生ぬるい官僚なのか。旧大蔵省出身の民主党・田村謙治代議士は、笑顔の裏に隠された、勝の表向きとは違った強面の一面をこう評する。
「勝さんは、自分の気に入らない人材は全部、飛ばす。たとえば勝さんは最低3年は次官を務めると言われていますが、そのために、自分の1期下、2期下のエース候補は全部潰してきた。いまの財務省の幹部たちは、みな勝さんのお眼鏡にかなった、〝勝帝国〟の子分たちなんですよ」


IIJ次期社長に財務省前事務次官の勝氏を起用へ(13/03/28)
2013/03/29
企業を対象としたインターネットサービスの老舗である「IIJ」は、財務省の前事務次官の勝栄二郎氏を次期社長に起用する人事を正式に発表しました。

株式会社インターネットイニシアティブ
https://ja.wikipedia.org/wiki/インターネットイニシアティブ
代表者
鈴木幸一(代表取締役会長兼Co-CEO)
勝栄二郎(代表取締役社長兼Co-CEO&COO)


財務省から天下った大物次官の行状が芳しくない。8年の歳月が唯我独尊の「暴君」に変えた。
FACTA 2020年9月号 BUSINESS
https://facta.co.jp/article/202009018.html
「十年に一人の大物次官」と称された勝栄二郎元財務事務次官(70)が、国内ネット企業の草分け、インターネットイニシアティブ(IIJ)の社長に就いて、8年目を迎えた。当時、IIJの売上高は1千億円程度。官界の頂点に立った大物次官の天下り先としてはモノが小さく、「本来の天下り先が決まるまでの腰掛け」と揶揄する向きもあった。4歳から16歳までドイツで過ごしたという勝氏は寡黙で「日本語より外国語が流暢」と評される。いささか風変わりな財務官僚を畑違いのIT業界にスカウトしたのは、IIJ創業者の鈴木幸一氏(73)だった。鈴木氏には後を継ぐ親族がなく、創業21年(当時)の社内には後を託せる社員がいなかった。鈴木氏は2013年6月、勝氏を社長兼COOに指名し、自らは会長兼CEOになった。鈴木氏は「勝さんの加入で、IIJの組織に心棒が通り、企業としての厚みや経営のスピード感が増したことは間違 ………



「菅総理」を抱き込む怪しい「政商」の正体 
特捜部のターゲットになったことも

週刊新潮 2020年10月15日号掲載 2020年10月16日
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/10160558/?all=1

 菅政権が発足するにあたって行われた人事の中で、唯一のサプライズと言っていいのではないか。
速報昭恵夫人が決断した安倍元総理の納骨 一周忌を前に動きが
速報マイナンバーカードの返納が45万枚以上に 介護現場からは「情報漏洩が怖い」と不満続出
速報小室圭さん「異動」を秋篠宮さまに伝えず 「政治との距離が近くなる」新業務に懸念の声
 安倍政権に批判的な立場をとっていた前共同通信論説副委員長の柿崎明二(めいじ)氏(59)の首相補佐官就任。直前まで報道機関にいた人物を首相補佐官に起用するのは史上初だというから異例の大抜擢である。首相と同郷の秋田県出身。毎日新聞を経て1988年に共同通信に入社し、政治部時代に野中広務元自民党幹事長から、当時1期生だった菅総理を紹介されて知り合ったという。が、柿崎氏が菅政権で政策の評価・検証を担当する首相補佐官に起用されたのは、菅総理との“付き合いの長さ”だけが理由ではない。その背景には一人の人物の存在があるのだ。
 政治系シンクタンク「大樹グループ」の矢島義也会長(59)。政官財界から芸能界まで幅広い人脈を有し、「永田町のタニマチ」「政界のフィクサー」の異名を取る人物だ。その人となりは後で詳述するが、矢島氏が誇る人脈の根は、マスコミ界にも広がっている。
「矢島さんは年に数回、『大樹会』と称される会合を催しています。会合の相手は主にマスコミ。テレビ局や新聞社の政治部幹部、週刊誌の記者などが顔を出すのですが、この会合のマスコミ側の中心人物が柿崎さんなのです」
 と、会合に出席したことがあるマスコミ関係者。
「会合の場所や記者の顔ぶれはその時々で違います。霞が関にあるビルの屋上でバーベキューをやったこともありますね。そのビルは松野(頼久・元代議士)さんが経営する会社が所有しており、最上階の9階には大樹グループの関連会社が入居していました。バーベキューで出された肉はサシの入った高級なものばかりで、お酒に関してはビールやワインの他、シャンパンも用意されていたと思います」
 その日の会費は1人5千円だったという。
「いつも会話の中心にいるのは矢島さんなのですが、その話の“流れ”を作るのは柿崎さん。真面目な政治や政局の話というより、仕事と関係のない笑い話が多かったと思います。もちろん、個々に矢島さんに聞きたいことがある人は隣に座って小さな声で相談したり、離れた場所で“密談”したりもする。矢島さんは一切お酒を飲まず、1次会だけで帰ります」(同)
 ちなみにこの会合には、本誌(「週刊新潮」)記者も何度か顔を出したことがある。
 政府関係者が言う。
「柿崎さんが矢島と親しいということは永田町では知られた話です。その上で柿崎さんを首相補佐官に起用したということは、背景に矢島が絡んだ人事と言っていい。菅総理は柿崎さんと矢島にメディアコントロールの役割を期待しているのでしょう」
 菅総理の「肝いり政策」のカギを握る別の重要人物を総理に紹介したのも矢島氏である。その人物とは、ネット証券最大手「SBIホールディングス」の北尾吉孝社長。ホリエモンこと堀江貴文氏のニッポン放送買収騒動の際にフジテレビ側の「ホワイトナイト」として登場した人物として記憶している方も多かろう。その北尾氏が菅政権を支えるキーマンとして急浮上したのは、総理が推し進める複数の政策に深く関わりを持っているためである。
 その一つは、本誌が8月27日号でいち早く報じた「国際金融センター誘致計画」。中国による統制強化が進む香港から金融機能が流出するのを「好機」と捉えた菅総理は、日本にその受け皿都市を整備する計画の検討を周囲に指示した。そこまでは良かったのだが、菅総理が受け皿都市の候補として提案したのは、世界3位の金融センターである東京ではなく、なぜか大阪と福岡だった――記事ではそうしたことをお伝えした。
「北尾さんは菅さんと歩調を合わせるかのように、大阪、神戸に国際金融センターを誘致する構想を掲げ、インタビューでは『日本の都市が国際金融センターの地位を獲得する最後のチャンス』などと語っています。また、8月上旬に北尾さんは大阪府の吉村洋文知事と会談。その際、吉村知事は金融都市構想に『大賛成』と話したそうです」(金融業界関係者)
 北尾氏の“援護射撃”はこれに留まらず、
「SBIは他企業に先んじて香港からの撤退を検討し始め、その旨をメディアに報じさせることにより、香港から大阪へ、という動きを自ら先導しています。もちろん、関西への国際金融都市誘致が成就したあかつきには、SBIがその『仕切り役』を担うことになるでしょう」(同)
 国際金融センター誘致計画についての記事を本誌が掲載した後、安倍前総理が退陣表明。総裁選に打って出た菅総理が麻生副総理兼財務相の支持を取り付けた背景に、麻生氏の地元である福岡を金融センターの誘致候補先としていたことがあったのは間違いなかろう。菅総理誕生後、「福岡案」が具体的に動き出しているのはその証左である。
「9月29日、福岡に国際金融機能を誘致するための組織『TEAM FUKUOKA』の設立総会が行われました。この組織の会長に就任したのは麻生副総理の弟で『麻生セメント』会長の麻生泰(ゆたか)氏です」(福岡経済界関係者)
 福岡が国際金融都市に相応しいかどうかはともかく、麻生副総理がその利権の「種」を育てようとしていることだけは確かなようだ。
 菅総理の誕生によって具体的に動き始めた「利権」は他にもある。「地銀再編」と「第4のメガバンク構想」。SBIの北尾氏はそこでも総理と強固なタッグを組もうとしている。
「地方の銀行は将来的には数が多すぎる」
 9月2日、総裁選への出馬表明会見でそう述べた菅総理は、翌日の会見でもこの話題に触れ、
「再編も一つの選択肢」
 と発言した。さらに同日、菅総理は北尾氏に連絡し、「地銀連合構想」の取り組みを続けるよう要請したというから、この件で手を組むことを隠すつもりもないようだ。
「北尾さんは昨年9月に島根銀行と資本提携したのを皮切りに、福島銀行の筆頭株主となったほか、立て続けに福岡の筑邦銀行、静岡の清水銀行、福島の大東銀行といった経営不振の地銀株を底値で買い叩いてきました。そして、それらの地銀を『SBI地銀HD』傘下に移行。SBIのノウハウを生かして再生させる、と主張しています」(全国紙経済部記者)
 その一方、「第4のメガバンク構想」についても着々と準備を進めており、
「菅さんが総裁選に出馬する直前、北尾さんは『地方創生パートナーズ』なる企業を5億円出資して新たに設立し、自ら社長に就任しています」
 と、先の金融業界関係者。
「その他の出資者は菅さんの地元の横浜銀行を核とするコンコルディア・フィナンシャルグループ、安倍前総理の地元の山口銀行を核とする山口フィナンシャルグループ、そして、以前から“メガバンクの仲間入り”が悲願だった新生銀行などです。こうした錚々たるメンバーを巻き込み、三菱UFJ、三井住友、みずほのメガ3行に肩を並べる『第4のメガバンク』を誕生させようとしている」
 北尾氏は“自分の時代が来た。日本の金融業界の構図は一変する”と周囲に話しているというが、菅総理側にもメリットはある。
「地銀はそれぞれの地域の名門企業であり国会議員とも繋がっている。菅さんはその命脈を握ることにより、全国津々浦々に政治力を行き渡らせられる。また、菅印のメガバンク誕生となれば物心両面で菅さんの権力の下支えとなります」(永田町関係者)
明らかになった「暗部」
野田佳彦
矢島氏が人脈を広げるきっかけとなった野田元総理(他の写真を見る)
 金融を巡って共同歩調を取る菅総理と北尾氏は4年ほど前に催された宴席に揃って顔を出している。その宴席の主役こそ、先述した「大樹グループ」の矢島氏だ。
 矢島氏の「結婚を祝う会」が開かれたのは2016年5月。そこには菅総理と北尾氏だけではなく、政官財界から錚々たるメンバーが顔を揃えた。
「菅さんは主賓。総理だった安倍さんがわざわざビデオメッセージを寄せ、乾杯の挨拶は当時自民党総務会長だった二階(俊博)さん。当時の林幹雄・経産相、遠藤利明・五輪担当相、加藤勝信・女性活躍担当相らの姿もありました。野党からは野田佳彦前総理が主賓格で出席。細野豪志、山尾志桜里、安住淳各代議士も来ていました」(永田町関係者)
 埼玉県知事や三重県知事といった自治体首長の他、
「官界からも幹部が多数出席しています。最も多いのは財務省で、その中には後のセクハラ事務次官、福田淳一氏の姿もあった。総務省、外務省、経産省、文科省などの幹部もいた。また、後に『定年延長問題』を取り沙汰されることになる黒川弘務氏も法務省官房長として出席しています」(同)
 矢島氏が政官界に張り巡らせた人脈を誇示するかのような会だったのである。
 長野県出身の矢島氏。地元の高校を卒業した後社会に出た彼は、30代後半だった頃に芸能界を揺るがす騒動を引き起こしている。
〈乱交パーティー「女衒芸能プロ社長」の正体〉
 写真誌「FOCUS」の99年7月21日号にはこんなタイトルの記事が掲載されているが、ここで芸能界の女衒として登場する人物こそ、矢島氏である。
「騒動の発端は月刊誌『噂の真相』の記事。東京のマンションの一室で週に1回ほど乱交パーティーが行われており、有名俳優や人気アイドルが参加していた、との内容でした」
 芸能記者はそう振り返る。
「タレントの相手をしていたのは女子大生やOLなどで、そのパーティーを主催していたのが、矢島氏だったのです。当時は矢島義也ではなく、義成と名乗っていました」
 かような人物が、後に時の官房長官を主賓として自らの結婚式に呼べるほどまでに“成り上がった”のだ。
 矢島氏が現在の大樹総研の前身である「S&Y総合経済研究所」を設立したのは「乱交騒動」の8年後の07年。Yは矢島氏の頭文字、Sは元民主党代議士で現在は浜松市長を務める鈴木康友氏を指す。
「当時、選挙に落ちて浪人中だった鈴木さんのために会社を作ったと言われています。その後、矢島さんは、鈴木さんと松下政経塾の同期である野田佳彦元総理に食い込み、政官界に人脈を広げていきました」(先の永田町関係者)
「結婚を祝う会」で矢島氏が誇った凄まじい人脈は、その集大成と言えよう。
「矢島さんは『矢島会』と称される会食を政治家や企業家と行っている。『矢島会』には『表』と『裏』があり、若手政治家が参加するのが『表』。一方、『裏』には、萩生田光一文科相や加藤勝信官房長官、三原じゅん子厚労副大臣など、結構な顔ぶれが参加します」(同)
 矢島氏はこうした人脈をどう金に変えているのか。
「元神奈川県藤沢市長で『大樹コンサルティング』の海老根靖典社長はインタビューで『全ての政党と深く関わりがあり、中央官庁とのいろいろなネットワークも持っていますので、政治的な働きかけができることは大きな強み』と臆面もなく豪語しています。これが、コンサル業として役所を動かしたり補助金を引き出すための最大の武器となっている」(経済誌記者)
 儲けのカラクリには不透明な部分が多いが、18年には「暗部」の一端が明らかになった。
「細野豪志代議士が『JC証券』から5千万円を受け取っていたことが発覚。選挙のための裏金と疑われた。この騒動の黒幕と言われたのが矢島氏でした」
 と、全国紙社会部記者。
「『JC証券』の親会社の『JCサービス』は太陽光事業などを手掛ける名目で投資家から200億円余りの金を集めたものの、事業は頓挫し、投資被害が発生。この『JCサービス』は矢島氏のコントロール下にある企業で、業務委託費などの名目で大樹総研に約5億円を支払っていた。この件には東京地検特捜部も興味を持ち、一時は本気で捜査していました」
「人間交差点」
 捜査がストップした背景に菅総理の存在があったのではないか、との見方も一部では出たが、果たして、両者はいかなる関係なのか。
「矢島さんを菅さんに紹介したのは鈴木康友浜松市長です。鈴木さんが国会議員だった時、国会の席が菅さんと近かったことから仲良くなり、その後、矢島さんを紹介した。それが十数年前のことです」
 と、大樹グループ関係者は明かす。
「菅さんは自民党が下野していた時に国対副委員長を務めているのですが、その時ずいぶん矢島さんに世話になったようです。また、矢島さんは『菅さんと二階さんを繋いだのは俺』と豪語していますが、実際、4年ほど前、矢島さんは菅さんに『二階さんと食事してみて下さい』と提案したと聞いています」
 その時々で別の人物も交えながら年に数回は会っていた菅総理と矢島氏だが、
「細野さんの件が表沙汰になった頃から、菅さんは矢島さんと距離を置くようになった。また、人の目や耳を気にして『矢島』や『大樹』という言葉も使わないようになり、矢島さんの会社が銀座にあることから『ギンザ』と、隠語で呼ぶようになりました」(先の永田町関係者)
 矢島氏との関係について菅事務所に聞くと、
「さまざまな分野の方と意見交換などをして見識の涵養に努めています」
 との回答が寄せられた。
 一方、取材に応じた矢島氏に菅総理について聞くと、
「仲良くしていた人の周りに菅さんもいて、食事をしたりしているうちに、すごい人物だなと思うようになりました。ただ、まさか総理になるとは思っていなかった。一番嬉しかったのは、3、4年前に菅さんの会合の相手がインフルエンザでドタキャンになった時に電話が来て『今日予定ある?』と聞くから『ないです』と答えたら『たまには二人でメシ食わないか』と言ってくれて……」
 知り合いの企業からの依頼で菅総理との会をセットしたこともあるというが、
「菅さんと近いからどうだ、と自慢する気は全くありません。カッキー(柿崎氏)だってそうです。たまたまそれぞれ菅さんと付き合いがあり、何度か菅さんの席にカッキーも私も同席することはありました」
 北尾氏については、
「私が『これからの企業では北尾さんが大事』と提案すると、菅さんの方から『一度セットして』と。それからは菅さんと北尾さんで直接やっていますよ。与野党の政治家がいて大企業のトップがいて、私は言われた通り人間交差点をやっているだけ。謎のフィクサーでも何でもなくて、人と人を結び付けて世の中が良くなればいいですね、というのが私の考えです」
 柿崎首相補佐官、SBIの北尾氏、そして菅総理。その背後で蠢く「令和の政商」の“真の目的”が見えるのはいつの日か――。
週刊新潮 2020年10月15日号掲載
特集「『菅首相』を抱き込む『令和の政商』」より