NHKスペシャル 未解決事件File06
▽赤報隊事件 戦慄の銃弾 知られざる闇 20180128 2100
赤報隊事件 (Wikipediaより抜粋)
統一教会
「世界基督教統一神霊協会(略称・統一教会、統一協会)を捜査しようとしたところ、政治家からの圧力により捜査を中止させられた」と有田芳生は捜査幹部の話として紹介している。
兵庫県警の元捜査官は上司から「上からストップかかった」と言われて捜査中止を命令されたと証言している[92]。このため事件への関与の疑いを残したまま統一教会は捜査対象から外された。
朝日新聞社の発行する『朝日ジャーナル』などが統一教会の「霊感商法」批判を展開していたことに対し統一教会側から激しい反発があり、当時、統一教会は朝日新聞を批判するビラを駅前で大量に配布するなどしていて、朝日新聞社と統一教会は実質的に戦争状態だったのである。
更に、薬莢とともに送り付けられた脅迫状(事件直後に「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」という脅迫状に散弾銃の使用済みの薬莢2個が同封されて朝日新聞東京本社に届いた。この2個の薬莢は阪神支局で使われたものと同じ米国レミントン製で口径と散弾のサイズも同一である。消印から東京都渋谷区から投函されたことも判明している。しかも、統一教会本部は渋谷区松濤である)。更に、阪神支局で使われた銃弾がレミントン製と報道されるよりも前に、薬莢を同封した脅迫状は投函されているのである。『朝日ジャーナル』の編集長をしていた筑紫哲也宛にも脅迫状が届いていたことなどから、統一教会関係者の関与を疑う者が少なくない。
しかし、霊感商法等の不法行為が警察の取り締まりの対象とならないのは、多額の政治献金を受けている政治家の介入によるものであるとされる。
これらから、朝日襲撃を統一教会の犯行と断定することまではできない。
反朝日デモを行っていた右翼関係者が、同じく反朝日デモを行っていた統一教会関係者と意気投合し、銃砲店を経営している統一教会信者から銃器の提供を受けて犯行に及んだ可能性はある。
副島嘉和 (Wikipediaより抜粋)
”副島 嘉和(そえじま よしかず)は、元世界基督教統一神霊協会 信者。
元世界日報編集局長兼、元統一教会/統一協会広報局長。1970年10月21日の777組合同結婚式に参加した。
統一教会/統一協会において初めて公に内部告発した人物であり、教団の重要会議にも参加していた人物による告発は内外に波紋を呼んだ。"
”副島襲撃事件”
”告発手記を載せた『文藝春秋』は6月10日頃には全国の店舗に並んだが、その直前の1984年6月2日夜、副島は帰宅途中、 東京都世田谷区にあった自宅マンション近くの路上で何者かに襲撃され、全身をメッタ刺しにされ瀕死の重傷を負った。”
”1984年副島は自ら発行する8月1日付けの「インフォメーション」で、犯人は「勝共連合の空手使い」だと思うと書いた。”
※関連…
「空手」なぜ五輪新種目に? 笹川一族が50年以上トップにいる競技団体の“功罪”
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/292978
”1987年5月3日に発生した赤報隊事件の後、朝日新聞社は専従の取材班を作り真相解明の取材を続けてきた。その過程で1つの可能性としてあげられたのが統一教会の信者あるいはその関連団体の構成員による犯行である。
赤報隊の影を追う「覚悟と矜持」
2018年4月号 連載 [BOOK Review]
by 有田芳生(参議院議員)
https://facta.co.jp/article/201804023.html
朝日新聞阪神支局(1987年5月3日)などを襲った赤報隊事件から30年がすぎた。あの日曜の夜にNHKで速報が流れた瞬間の衝撃はいまも身体に残っている。「朝日ジャーナル」の「霊感商法(統一教会信者が行っていた)」批判チーム2人のうちのひとりとして緊張の日々がはじまった。なぜか。本書で実名を伏せて詳しく紹介されているように、統一教会と関連組織である国際勝共連合の周辺が捜査の対象になっていたからだ。朝日新聞記者なら怒りとともに当事者としてさらに切実な緊迫感に囚われたことだろう。事件が起きてからずっと、定年を迎えてからもなお赤報隊の影を追っている記者がいる。それが本書の著者である樋田毅さんだ。
一気に読んだ。知らないことが多かった。朝日新聞の名古屋の社員寮が襲われたとき、若い実行犯は2人の人物に目撃されていた。そのひとりには素顔を見られ、会話も交わしている。さらに静岡支局爆破未遂事件では、別の実行犯はタクシー運転手の証言から似顔絵まで作成されていた。著者は犯人グループを結束の強い2~3人で、犯行声明を書いたのは60代だと推測する。その根拠を物語として描いた第2章「犯行の経過」は興味深い。警察庁は捜査線上にのぼった9人の男をリストアップした。著者たち特命取材班は一人ひとりを追跡し、証言を引き出していく。第3章「新右翼とその周辺」ではその様子がリアルに描かれている。読者は取材現場に同行しているかのようにひきこまれていくだろう。
第5章となる統一教会と国際勝共連合への取材で、著者たちは武闘訓練も行う「特殊部隊」にまでたどりつく。私もこの集団の取材をはじめてから自宅への無言電話や尾行があった。「有田芳生をぶっ殺す 死ね!!」といった脅迫状が何通も届いた。事件から10年目に「赤報隊と統一教会を結ぶ点と線」という記事を「週刊文春」(97年5月15日号)に書いたのは、こんな体験があったからである。
残念ながら記者たちも捜査当局も犯人にはたどりつけず、2003年3月に事件は時効を迎えた。だが本書を読めばわかるように、赤報隊はいまも影を落としている。「我々は赤報隊の行動を、義挙だとはっきり支持する」「朝日を叩き潰せ。朝日記者は死ね、死ね、死ね」。これは14年5月3日に事件が起きた阪神支局前で「在特会」が行った街宣である。「義挙」だと持ち上げる行動は東京でも行われている。著者が取材した「元ネオナチの右翼活動家」は9人リストにあげられたひとりだが、いまでもヘイトスピーチをこととする排外主義的な活動を続けている。
「覚悟と矜持」――著者は犯人追及を諦めない志をこの言葉に凝縮した。赤報隊事件は現在進行中の現代的課題なのである。