【『未来への大分岐』①】編者・斉藤幸平 × 白井聡 トーク(前半about文字起こし) | ☆Dancing the Dream ☆

☆Dancing the Dream ☆

Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆




『資本主義の終わりか、人間の終焉か?
 未来への大分岐 』(集英社新書) – 2019/8/9

内容紹介
【世界最高峰の知性たちが描く、危機の時代の羅針盤】
利潤率低下=資本主義の終焉という危機は、
資本の抵抗によって人々の貧困化と民主主義の機能不全を引き起こしたが、
そこに制御困難なAI(人工知能)の発達と深刻な気候変動が重なった。
我々が何を選択するかで、
人類の未来が決定的な違いを迎える「大分岐」の時代――。
「サイバー独裁」や「デジタル封建制」はやって来るのか?
世界最高峰の知性たちが日本の若き経済思想家とともに、
新たな展望を描き出す!

【著者略歴】
■マルクス・ガブリエル
史上最年少でボン大学哲学正教授に抜擢された天才哲学者。
ベストセラー『なぜ世界は存在しないのか』、
NHK『欲望の資本主義』シリーズなどでメディアの寵児に。
■マイケル・ハート
グローバル資本主義が変容させる政治・経済の姿を描き切った
『<帝国>』(ネグリとの共著)。
その大著の予見の正しさが日々、証明されるなか、
世界の社会運動の理論的支柱となっている。
■ポール・メイソン
ナオミ・クラインらが絶賛した『ポストキャピタリズム』で、
情報テクノロジーによって資本主義は崩壊すると主張し、
次なる経済社会への移行を大胆に予言。鬼才の経済ジャーナリスト。
■斎藤幸平(さいとうこうへい)
1987年生まれの若き経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。
Karl Marx's Ecosocialism:
Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economyで権威ある
ドイッチャー記念賞を史上最年少で受賞。
ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程。




2019/08/26 斎藤幸平×白井聡トークイベント
(斎藤幸平・編著『未来への大分岐』刊行記念)



私たちは大分岐の時代に面している。

「気候変動」の例が分かり易い。
2100年までの気温の上昇を1.5度におさめねばならない。
パリ協定は2度を目指している。2度でもかなりヤバい。

このまま放っておくと、
気温は4.8度上がる。

4.8度上がると、
海面が2m近く上がる。

海面が2m上がると、
今バングラデシュに住んでいる人の2億人ぐらいが
移動を迫られる。

世界の穀倉地帯と呼ばれるデルタ地域は、
当然水面に近いので全部沈んでしまう。

干ばつも酷くなり、
台風の大型化、ハリケーンの大型化で
難民が莫大に生まれる。食糧危機も重なる。

今EUでは、100〜200万人の難民のドイツへの移住で
パニックになっているが、
何千何億人という数の移住が起きる可能性がある。

この状況を免れるには、上昇を1.5度に抑えなければならない。
1.5度にするためには、
2030年までに二酸化炭素の排出を半減しなければならない。
2050年までに準排出ガスをゼロにしなければならない。
このようなラディカルな変革が求められる時代なのである。

政治家は、これをやらなくても、
自分たちが次の選挙で当選する以上のことは考えていない。
誰一人として、気候変動の問題を論じる人はいなかった。

子供たち、次の時代にとっては非常に大きな問題である。
人類が存続できるかどうかも、この問題にどう対処するかにかかっている。

人類が終わるのか、
あるいは資本主義を終わらせて、
もっと持続可能な社会を作っていけるかどうかだ。

気候変動だけではなく、
メイソンが言っているように、
「サイバー独裁」の危機など色々な問題がある。
他にも「民主主義の危機」「債務危機」など
複雑な危機が混ざり合っている。

そういう時代に世界の知識人が今の状況を
どう判断して、どういうオルタナティブを示せるかというのが、
論客に課せられた使命である。
多くの人々にこの状況を分かり易く知らせる必要がある。

単にエリート、官僚、政治家が考えて
対処してくれるという問題では全くない。
彼らはそれでもビジネスチャンスを見つけるかもしれないし、
他の国に移住するかもしれない。
それでも対処しようと策を講じるだろう。

しかし、貧しい人々、外国人はそこから排除される。
階級の問題、人種の問題が再び中心的な問題になる。
その解決策は、社会運動として下からのものでなければならない。
単にエリート、官僚、政治家に
任せておいてはいけない問題なのである。

日本には、上からの政策や制度変更だけで、
スマートに解決しよう、
効率的で手っ取り早いという発想が垣間見える。
それでは本当の解決策にはならない。
それでは、コービンやサンダースがやろうとしていることも
正しく理解できない。
彼らについての日本の紹介のされ方が充分ではないことは、
イギリスやアメリカの知識人との対話で分かったこと。



マイケル・ハート、アントニオ・ネグリは、
彼ら二者は、素晴らしい教科書を書く人々だ。
ラジカルな社会科学の中で言われている大事なことを
全部押さえて言及している。
しかし、彼らの言説が本当に革命にたどり着くのかは疑問である。

彼らのキー概念とは、
「非物質的労働」の概念。
19〜20世紀、資本主義というのは、
要は「モノを作る」ということが大事だった。
それが利潤が生まれる源泉だったが、
もうモノは飽和している。
20世紀後半末〜21世紀は、利潤を生む源泉というのは、
「脳みそ」になってくるというわけだ。
汗水流してモノを作っていれば、儲かったし給料も貰えた。
資本主義システムとしても資本蓄積も進んだ。
しかし、もう立ち行かなくなった。

つまり、アイデア、デザインというものが重要になってくる。
これが、蘭熟した資本主義の姿なのだということになる。
身体を動かす労働よりも、
頭を動かす労働の方が大事だというわけだが、
このことを、基本的に、ネグリ、ハートは肯定的に捉えた。

19世紀に、工場で規格品を大量生産して
分業とオートメーション化が進むが、
人間は製造ラインに貼り付けられて単調な作業を延々とさせられる。
それは不快なことである。
その不快に対して賃金が払われるのが資本主義だった。
しかし、資本主義の資本蓄積の基軸がそういうものではなくなり、
面白いアイデアを考えつくことというのが、
大事になってきたということ。

これは、ある意味、労働者の抵抗、
「こんな不快な仕事は嫌だ」という抵抗が、
「非物質的労働」への変化を生んだと言い、
変化とは基本的に良いものであり、
「非物質的労働」を中心として
人間的な政治経済のシステムができるはずだ言う。

概略、そういう展望を、ネグリとハートは、
共著『Empire(帝国)』『マルチチュード』というような本の中でも、
さらにその先の仕事の中でも描いている。

しかし、これは非常に違和感がある。
「頭」が考えることが、
利潤の源泉になるという仕事をしている人というのは、
結局、世界の勤労者の何分の1かでしかない。

自分たちの身の回りからは、
油まみれになる、危険である、単調である…という工場は、
一見消えたかのように見えるけれども、
そのような工場がかいがいに輸出されただけの話である。
決して消えたわけではない。

「利潤の源泉がアイデアになった」とは言うが本当か?
例えば、日本の企業が過去最高の業績をあげているのは、
要するに「雇用の非正規化」であり、
「労働力の価値のダンピング」である。
実は、「アイデアで利潤」など大して生まれていないのだ。

ハートやネグリは
そのような労働形態の転換が、
資本主義を転覆させるような革命につながると言っているが、
このような〈資本主義の変形〉を
穏健な形で政策に取り込んでいくことは実際行われた。
イギリスの労働党のニューレイバーの政策であり、
その理論的支柱は、マルクス主義だった社会主義者の
アンソニー・ギデンズ (『第三の道――効率と公正の新たな同盟』)。

彼がブレア首相のブレインとなって、
「これからの資本主義は、頭だ。体じゃない」
だから「教育が大事なんだ」と教育に力を入れるのが、
ニューレイバーの目玉政策だった。

アメリカでは、ロバート・ライシュ(『暴走する資本主義』)
という優れた労働経済学者が、クリントン政権の顧問になった。
考え方は、ギデンズに似ている。

ライシュは、シンボリックアナリスト(象徴の分析者)という言葉を使った。
象徴を使って仕事をする者…つまり〈象徴〉とは〈言語〉。
「体を動かすのではなく、喋る仕事が増えている」ので、
頭脳を鍛えよ!と言っている。
それが利潤の源泉になる資本主義の世界に
対応しなければならないというわけだ。

ハートやネグリが提唱したことは、
すでに穏健な形で最先進国で取り入れられていた。
ところが、それが何を生み出したか?
全く、良き世界を生み出していない。

「非物質的労働」を拠点にして、
革命を展望するというような考え方は、
全く成り立たないのではないかと思われる。



なぜ、資本主義が停滞しているかという原因は、
「非物質的労働」に基づいた労働が広まっていること。

今の利潤の得方というのは、新しい投資先はないので、
労働者に支払う分を減らして、剰余価値の分を増やすという
極めて野蛮な方法である。
そういうプリミティブな方法でしか利潤を蓄えられなくなっている。

なぜそうなるかというと、
「非物質的労働」「知識に基づいたアイデア」
「情報に基づいた生産」のあり方というのは、
基本的に、メイソンもハートも言っていることだが、
「独占」「私的所有」には、知識とか情報というのは馴染まないからだ。

知識や情報というのは、
他人とシェアして初めて意味をもつし、
発展していくための有用性を保つためには、
独占していてはいけないのである。
逆にいえば、すぐにコピーできてしまう。
このような特殊なものが、
資本主義の「私有」「所有」「独占」に馴染まない。

馴染まないにも関わらず、
それしかないので、
資本主義は必死に、「特許」を作ったりして、
「独占」を守っていくことによってのみ、
利潤をなんとか守ろうとしている。

すでに利潤という言い方はしない。
利潤ではなくレントという言葉に最早なっている。
アクセス権を制限して利用権を徴収するという古典的な「レント」でしか
資本主義は儲けを出せなくなっている。

まさにそこに資本の限界がある。

逆から見れば、
「価値」とか「利潤」という概念自体が
これだけネットワークが発展してくると時代遅れになってくる。

重要なのは、「情報」や「シェアリングエコノミー」になる。
これも「独占」とは馴染まない。
多くの人をつなげばつなぐほど便利さが増す。
これを増せば増すほど、「貨幣」を通じなくても、
「情報」のやり取りができる。
もっと言えば「モノ」のやり取りもできるようになっていく。

ここに200年間の資本主義の積み上げてきた
「私的所有」「独占」のシステムが崩壊する萌芽がある。

しかも、メイソンによれば、
オートメーション化や3Dプリンターの技術も
新しい情報(ソフトウェア)で、
常にアップデートされて新しいものがどんどん作れるようになっていく。
新しいノウハウさえ生まれれば、世界中に分散して、
脱中心主義的な生産が可能になっていく。

そうなれば、大きな企業が大きな工場を建てて…
というようなモデルではなく、
あらゆる所でバラバラに現地で調達できるようなものを使って、
低コストで、人々が機械を自由に使って、
色んなモノを3Dプリンターで作れるような社会になっていけば、
「モノ」も「情報」も全部皆がシェアして、
潤沢な社会が実現できる。
その時は、もう「資本主義」ではない。
…そういう議論をしている。

こうなるのにどれほど時間がかかるのか、
本当にそうなるのかは、もう一つ重要な点がある。
簡単にそうはならない。

資本主義はできるだけプラットフォームを独占して、
そういう「共有」をもう一度独占しようとする。
Uber(ウーバー)などがそれだ。

Uber(ウーバー)を使うためには、
使用料を払わなければいけないとか、
Facebookを使おうと思えば、
自分のデータを提供しなければいけない。
Googleも我々の検索作業からデータを集め、
全部我々のデータを独占している。

便利にはなるが、そのデータを悪い使われ方をする危険性がある。
政治コンサルティング会社・ケンブリッジ・アナリティカ社の
Facebookデータ不正収集事件などの例がそれである。

ここには鬩ぎ合いがある。

技術というのは、
「非物質的労働」に代表されるような
「情報」「知」や、それに基づいた物質的生産も含めて、
新しい社会的共同に基づいた自由な水平的モデルの生産、生活を
可能にする萌芽を秘めているが、
資本は、それを必死に利潤の源泉に変えようとしてくる。
そのためには手段を選ばない。

これが、21世紀の「階級闘争」になる。

ーーーー

つづく…