安倍と加計は、15分という短い面談をした。
じっくりと談話する時間がない中で、
『新しい教育戦略』なる資料を直接手渡し、
これを「首相案件」としてトップダウンの材料に
使ってもらうことを主目的としたのだろう。
●『新しい教育戦略』が手渡されたルート
加計の資料『新しい教育戦略』は、
総理秘書官の手から、
文科省より出向して来ている角田喜彦 参事官へ渡り、
角田喜彦 参事官から、
文科省 高等教育局 専門教育課に渡ったのだろう。
「連絡参事官」とも呼ばれてる内閣官房内閣参事官は、
首相官邸と本省との連絡調整を担っている。
※(因みに、国会でヤジを飛ばして大問題になった総理秘書官の
佐伯耕三も、前職は経産省から出向していた内閣参事官だった。)
そして、
角田参事官から資料『新しい教育戦略』を受け取った
文科省 高等教育局 専門教育課は、
2008年11月に設置された
『獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議』に、
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/037/index.htm
「加計学園が今治市で新設をしようとしている獣医学部」について、
意見照会を求めたのだ。
●有識者の証言『新しい教育戦略』と手帳にメモ
そして、文科省 高等教育局 専門教育課から、
意見を求められた有識者会議の委員の一人が、
東京新聞の取材⬇︎に答えたのだ。

委員は、専門教育課から説明を受けた際の
当時の手帳に、『新しい教育戦略』というメモを記していたと言う。
委員の手帳のメモの『新しい教育戦略』とは、
2/25に安倍と加計理事長面談した際に受け取った
資料『新しい教育戦略』の事を指すと考えざるを得ない。
つまり、加計学園の渡邊事務局長による
「2/25の安倍と加計理事長面談」は自分の作り話だという話は、
「ウソ」だということになる。
安倍が〈腹心の友を優遇し利益供与した〉という証拠を打ち消し、
安倍を守るためについた「ウソ」だったということだ。
川内博史 加計 5/11 衆院・文科委
佐伯耕三⚪︎佐伯耕三総理秘書官の前職は何だったのか?
その職務は今井秘書官と連携のあるものだったのか?
A: H29年7/5付で総理秘書官になったが、その前は
内閣副参事官として安倍総理や総理秘書官を
補佐する業務に就いていた。
川内議員は、質疑の冒頭に、
経産省から出向して、現在、総理秘書官の一人で、
4/14予算委で玉木議員の質疑中に、
ヤジを飛ばした佐伯耕三の「前職について」の質問をしている。
なぜ、首相秘書官のヤジが大問題なのか?というと、
国会というのは、
選挙によって選ばれた国会議員同士が議論する場であり、
官僚が国会で行う答弁は、大臣がすべき答弁であるところを
技術的なこと補助的なことについて代わりに行っているに過ぎない。
補助的な黒子である政府側の官僚である 佐伯秘書官が、
野党議員に対して野次るなどは、前代未聞の由々しき事態であった。
佐伯耕三は、
2017年7月、史上最年少で首相秘書官(事務)に抜てきされており、
佐伯の前職は、〈内閣副参事官〉であり、
総理や総理秘書官を補佐する役目であった。
川内議員は、
なぜ、ここで佐伯の前職を聞いたのか?
問題の2015年4月2日当時、
内閣副参事官であった佐伯が、
あるいは、この会合に何らかの形で関わっていたという
疑念をもっているのだろうか?
例えば、佐伯は、
和泉総理補佐官の描いた加計スキームを遂行するために
各省参事官と調整しつつ、ボス(今井 安倍)に報告する…
チョロチョロと動き回るネズミのような連絡係だったのではないか?
佐伯は、第1次安倍政権から事務秘書官を務めていた今井尚哉の
経産省の16年後輩で、
今井の打診によって当時も秘書官付としてタッグを組んでいた。
そして、第2次安倍政権発足以来、
今井首相秘書官の右腕として、
安倍の施政方針演説などの草稿に携わり、
今井、佐伯コンビで、「戦後70年談話」を起草した。
内閣官房内閣参事官は、
親元の本省の大臣官房付(給与は親元の省が支払うための肩書き)で、
内閣官房に出向している。
小泉内閣の時に設けられた制度で、「連絡参事官」と呼ばれている。
首相官邸と本省との連絡調整を担う。
2015年4月2日、柳瀬 内閣官房総理秘書官と共に、
内閣参事官として、それぞれの省から内閣官房に出向していた
文科省の角田喜彦(私学行政課長)と、
農水省の青山豊久(秘書課長)も同席していた。
川内議員は、文科省、農水省から出向していた両 内閣参事官が
加計学園等の会合に同席していたかどうかを
〈政府として確定〉するように求めるが、
両省とも、本人に確認しても「していたと思う」などの
あやふや答弁しかしない。
