
尋問で 自らの「捏造」を認めさせられた クズ!
西岡力(北海道地裁 9月) 櫻井よしこ(東京地裁 3月)
・1990年6月
初めて日韓で従軍慰安婦問題が政治問題として浮上。
植村記者は、朝日の大阪社会部で人権担当で、
生野で在日コリアンの人権を取材していた。
韓国取材に行き元従軍慰安婦の取材をしようとしたが、
誰の証言も得られなかった。
・1991年8月11日
韓国挺身隊問題対策協議会という調査団体が、
初めて元慰安婦女性から聞き取りを始めたとの情報を
ソウル支局長から得て、植村隆記者は、取材に行った。
女性に直接インタビューはできなかったが、
調査団体の女性への聞き取りテープを聞き、
女性の言葉をそのまままとめて〈調査が始まった〉というだけの
記事を書いた。
「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の名で
戦場に連行され日本人相手に売春行為を強いられた
朝鮮人従軍慰安婦のうち一人が
ソウル市内に生存していることが分かり、
韓国挺身隊問題対策協議会が聞き取り作業を始めた。」
・1991年8月14日
元慰安婦(挺身隊)が初めて会見を開いて
世界は慰安婦問題を知ることとなり、
続いて証言者が出ることによって国際的な問題となった。
(植村は会見には行けなかった)
因みに後に植村を大バッシングした 読売、産経も、
〈挺身隊〉〈強制連行〉という言葉を用いて従軍慰安婦記事を書いていた❗️
○読売新聞 1991/12/03「女性挺身隊として強制連行」と報じる
○産経新聞 1991/12/07「金学順さんが日本軍に強制連行」と報じる
・2014年1月30日
週刊文春は、植村氏が1991年の記事で、
「女子挺身隊の名で」という言葉を使ったということで
《慰安婦捏造記事の朝日新聞記者がお嬢様女子大教授になる》と報じた。
大学に激しい攻撃があり植村バッシングが始まった。
・2014年8月5日
朝日新聞 「記事の捏造はない」とバッシング報道を否定。
・2014年12月23日
朝日新聞 第三者委員会も
「事実を捻じ曲げた記事とは言えない」とバッシング報道を否定。
・2014年12月23日
news23 のアンカー岸井氏が、
「一連の圧力の背景に歴史の事実を書き換えようとする勢力がいる。」
と喝破した。
岸井氏は、この歴史修正主義の改憲勢力の圧力にさらされ、
2016年3月末をもってアンカーを降板した。
朝日が捏造を否定してさらに激しいバッシングが起こった。
歴史修正主義 改憲勢力の捏造とバッシング❗️
○櫻井よしこ、西岡力(東京基督教大学 教授)が
植村氏は捏造記事を書いたとバッシングし、
河野談話を撤回、憲法改正を要求する活動を行った。
○植村氏が務めていた大学にも激しい嫌がらせの手紙が殺到した。
○最も甚だしい捏造による植村氏へのバッシングは、
吉田清治証言(済州島で女性を強制連行したとの証言)を
植村が書いたかのようなネットのみならず、
産経、読売の誤った報道だった。
植村氏は、吉田証言についての記事は、一度も書いていない❗️
植村氏と 読売 産経との闘いは、「週刊金曜日」で連載され、
アメリカでも、ニューヨークタイムズが、
植村氏への異様なバッシングを行う日本の歪んだ大手メディアの在り方、
歴史修正主義勢力による民主主義の破壊への懸念を報じた。
植村氏はプリンストン大学やシカゴ大学、UCLAなどの
6つの大学に招かれ、講演を行った。
【櫻井よしこ 虚偽を認める】
植村氏は、2016年4月、北海道の107人の弁護団により、
櫻井よしこを札幌地裁に訴えた。
今年3月の口頭弁論の尋問で、
櫻井は、いくつかの記述に誤りがあることを認めた❗️
判決は、11月9日午後3時半に同地裁で言い渡される予定である❗️
【西岡力 捏造を認める】
また、2015年1月、文芸春秋と西岡力を相手に、
計1650万円の損害賠償と謝罪記事の掲載などを求める訴えを
東京地裁に起こし(170人の弁護団)ている。
今年9月5日、東京地裁での尋問に、
西岡力は、重要部分において間違いを認めた。
植村氏の
1991年8月の韓国の市民団体の元慰安婦の聞き取りのテープを元に
まとめた記事に対し、
西岡力は、『週刊文春』2014年2月6日号で、
「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、(⬅︎ウソ)
韓国紙の取材にもそう答えている。
捏造記事と言っても過言ではありません」と書いた。
また、西岡力は、自分の著作に、
金さんの記者会見を報じた韓国『ハンギョレ』新聞の記事の引用として、
「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、
その後、日本の軍隊のあるところに行きました」という、
元の記事にない文章を書き加えて、捏造文を掲載した。
以上の重要部分において、
西岡力は、自らの捏造を認めた💢
多くの人は時系列を理解しておらず、
誤解したままバッシングしていた❗️
植村氏は、朝日新聞が誤りを認めて謝罪した
《吉田清治証言》の記事を一度も書いていない‼️
《吉田清治証言》とは、
朝鮮で若い女性を慰安婦にするために自身が、
奴隷狩りのように強制連行したとする証言の大半が虚偽だった。
◇
ただし、吉田証言が虚偽であっても、
それによって旧日本軍の「強制連行」がなかったとは言えない。
従軍慰安婦問題を研究テーマとしているジャーナリストの
梶村太一郎氏(日独平和フォーラム 共同代表 ベルリン在住 )は、
オランダの公文書から、
強制連行されたオランダ女性たちのバタビア裁判に関する資料を入手。
この証拠に基づき、オランダ女性を強制連行し
従軍慰安婦にしたという記事を1992年に、朝日新聞に掲載した。
梶村氏の朝日新聞の記事は、オランダでも大問題になり、
オランダ政府は再調査し事実を実証した。
死刑になった日本人軍人もおり、
関係者の大佐のひとりは、帰国後に自殺している。
従軍慰安婦は、日本軍のシステムだった。
「強制連行」はあった❗️
中曽根康弘は、海軍主計士官(将校)の地位にあり、
自ら慰安所の設置に関与し、慰安婦の調達を行なっていた
証拠の資料がある。
【証拠①】
「三千人からの大部隊だ。
やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。
そんなかれらのために、私は苦心して、
慰安所をつくってやったこともある。
かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。
卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。
そして、私自身、そのイモの一つとして、
ゴシゴシともまれてきたのである」
〜『終りなき海軍』(松浦敬紀・編 1978)中の一編、
「二十三歳で三千人の総指揮官」中曽根康弘・手記 より
【証拠②】
「「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、
攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で
又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為
皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる
主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設
気持の緩和に非常に効果ありたり」
〜『海軍航空基地第2設営班資料』防衛研究所 戦史研究センター 蔵より
文中の 主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘