「増補大江山酒呑童子」戻り橋の段 ガブ (からくりの頭)
からくり AI 鬼女
小池百合子研究 父の業を背負いて/石井妙子
これほど有名な政治家でありながら、
意外なほど家族については語られていない。
「山師」「嘘とはったりの人」と呼ばれた
破天荒な父のもとでいかに育ったのか。
___________________________
デイリー新潮
https://www.dailyshincho.jp/article/2016/12270810/?all=1
新潮45 2017年1月号掲載
「新潮45」1月号に掲載の『小池百合子研究 父の業を背負いて』で、
ノンフィクション作家の石井妙子氏が注目するのは、
父・勇二郎の小池氏への影響だ。
***
〈「芦屋生まれの芦屋育ち。父は石油を扱う貿易商で、
何不自由なく豪邸に育ち、お嬢さん学校として知られる甲南女子中高に進学した」
そんな風に彼女の経歴は語られがちだが、内実は少し違ったようだ〉
と石井氏が書くとおり、
昭和27年に生まれた小池氏が育った家は、
いわゆる芦屋の豪邸街とは離れた場所にあった。
父は“貿易商”以前に闇屋稼業などに携わっており、
戦時中は右翼的な思想団体「スメラ塾」のメンバーとして
活動していた経歴の持ち主だ。
〈このスメラ塾で叩きこまれた、
一種独特な思想や世界観を戦後も勇二郎は手放すことができず、
幼い自分の息子(※小池氏の兄の勇)や娘にも語って聞かせたという。
政治家・小池百合子の少々、右派的な歴史観も、
ここに由来するのかもしれない〉
■「一家心中する」
石井氏が“破天荒”と形容する勇二郎は、政治好きの人物だった。
昭和44年には、衆議院選に兵庫二区から立候補。
わずか7千票しか獲得できず落選に終わる。
この時には事業が揺らいでおり、
〈百合子は選挙中、「落選したらどうなるの」と母に聞き、
母は「一家心中する」と答えたという。
高校生の百合子は落選の日、事務所で泣きじゃくっていたというが、
心中という言葉が頭によぎっていたのかもしれない〉
小池氏はこの1年余り後、関西学院大学に入学、
半年後に退学し、カイロへの留学を決めている。
小池氏自身は“アラビア語の通訳になることを目指して”と
その理由を著書で説明しているが、
〈関西にはいたくない。破産するかもしれない親がいる。
その波をかぶらないように、自分で自分を養い、
生きていかなくてはならない。
そう考えたとき、彼女は決断し、カイロへと渡ったのではないだろうか
(略)彼女のサバイバルな、挑戦し続ける人生はここから始まっている〉
と石井氏は読む。小池氏が3歳年上の日本人留学生との
短い結婚生活を始めたのも、カイロ大在学中のことである。
■父親のことに話が及ぶと…
これ以降の愛憎劇ともいえる父娘の関係については、
詳しくは「新潮45」本誌を参照されたい。
いずれにせよ小池氏は、
〈比較的最近まで、取材者の間では
「父親のことに話が及ぶと顔色が変わる」と言われてきた〉
というから、父への想いが複雑なものであることは間違いない。
___________________________________
「父親の会社の倒産で地獄を見たことで度胸がついた。いつか見返してやるとね」
こう語るのは、小池家と古くから付き合いがあるという
朝堂院大覚氏(75、本名は松浦良右)だ。
朝堂院氏は空調工事会社「ナミレイ」の会長として巨額の財をなし、
故・後藤田正晴元官房長官や石原慎太郎氏らの“指南役”として
エジプト、アラブ諸国、フィリピンなどで活動した“政商”。
一方、小池氏の父、勇二郎氏(故人)はエジプト政府と
パイプを持つ石油の貿易商で、2人は四十数年前に出会ったという。
「勇二郎さんはエジプトの石油公社から石油を買いつけ、
関西電力などに売る仕事をしていました。
百合子さんは兵庫県芦屋市の邸宅で社長令嬢として
何不自由なく育った」(朝堂院氏)
父の影響もあり、関西の大学を中退後、小池氏はエジプトのカイロ大学に留学。
一方、無類の政治好きだった父親は、石原氏に誘われ、
1969年に兵庫2区から衆院選に出馬するも落選。
その後は政治に夢中になり、会社の資金繰りは次第に苦しくなったという。
“厚化粧”発言の石原氏と小池氏は、父の代からの因縁があったのだ。
朝堂院氏が振り返る。
「勇二郎さんは街金からカネを借りていたから、
手形が出回り、ついには会社がつぶれてしまった。
たちまち債権者が自宅へ押し寄せ連日、大騒ぎになりました。
勇二郎さんに頼まれ、私が債務整理などをしてあげました。
家族で地獄の底で苦しんだと思いますよ」
小池一家は倒産後、東京・六本木のアパートに移り、
朝堂院氏の事務所で働いたという。
その後、小池家が生計を立てられるようにと
朝堂院氏がエジプト・カイロに日本食レストラン「なにわ」を
出店する資金を援助したという。
「父親と母親が『なにわ』を経営して、
現地の日本人ビジネスマンや外国人の人気店となった。
百合子さんも手伝ったことがある。
その後、カイロで空手の雑誌を出したいと百合子さんに頼まれ、
約400万円を出したこともありました」
※週刊朝日 2016年8月19日号
https://dot.asahi.com/wa/2016080900212.html?page=2
_____________________________________________
菅野完 @noiehoie
しかし石井妙子さんに小池百合子を書け
とオファーした編集者は偉いと思う。
石井妙子さんしか書ける人いないんだよ。冷静に考えて。
「おそめ」、「原節子」ときたら、そりゃ小池百合子。
これ、名前ならべたらわかるが、
おそめも原節子も小池百合子も、
「やらずぼったくり」の系譜なんだよなぁ
午前8:37 · 2017年7月11日
菅野完@noiehoie
しかしここまで小池百合子の言説の悪評が立ってるのに、
カネの問題以外、どのメディアも書かない。
日本は政治が死んだんじゃない。メディアが死んでるんだよ。
カネでしか政治家叩けないのって、メディアの自殺でしかない。
言説そのものを叩くことを放棄した言論なんて言論じゃない。
posted at 08:41:05 2017年7月24日
菅野完@noiehoie
今日発売の『週刊SPA』巻頭コラムで、
選挙期間中にますます調子に乗る小池百合子の言説の酷さを
真正面から指摘しました。是非ご高覧下さい
http://ift.tt/2asJGXa https://pic.twitter.com/Tq72L3SIc7
2017年7月26日

Yasu @noosa_noosa
小池百合子の父親は、石原慎太郎、浜渦などの民族主義右翼を面倒をみて、
メシを食わせたスメラ塾の活動家でした。
三島由紀夫の楯の会も面倒をみたというモサ。
当然、小池百合子も父親の背中、
出入りする民族主義過激派の連中を見て育っていますので、
右翼体質だと言えます。
【アンケート 東京都議選】
小池百合子が早々に都民ファーストの代表を辞任し、
後任に野田数氏がつきました。
小池百合子氏はかつてから右寄りな発言をし、
野田氏もかつてから右寄りな発言が出ていましたが、
皆さんは都民ファーストはそういう政党であると知っていましたか?
午前4:32 · 2017年7月4日
城デニー @tamakidenny
そういえば思い出した。特定秘密保護法を審議していた委員会。法案の中身について法案の危険性を危惧する国民からのfaxを示して追及していた玉城の背後から女性の声で「日本語読めるんですか?分かるんですか?」と呟く声がした。質問を終えて振り返ると今をお騒がせの女性都知事候補その人だった。
午後4:14 · 2016年7月16日
都知事選挙 小池百合子「 病み上がり」がんサバイバー差別発言
____________________________
男たちが見た小池百合子という女 1
男たちが見た小池百合子という女 2
男たちが見た小池百合子という女 3