〜「長州レジーム」から日本を取り戻す!
歴史から消された思想家・赤松小三郎の
「近代立憲主義構想」を葬った明治維新の闇~
岩上安身による拓殖大学・関良基准教授インタビュー(前編) 2017.6.6
驚くべき歴史の事実を語る
全編 約4時間半の関良基先生のインタビュー❗️
関先生は、高校一年生の時に毎日通る通学路にあった上田城跡に立つ碑に、
ある日、目を止める。それが、薩長に暗殺された赤松小三郎の碑であった。
さらに、郷土史書のなかにあった赤松の建白書を読み、
現代よりも先進的な立憲思想に衝撃を受ける。
赤松は、普通選挙、議院内閣制、
しかも首相、大臣、各省の次官級の官僚までの任命権を
議会に与えることを提言していたのである。
同時に、赤松のこのような偉業は、
地方の郷土史にしか記録されておらず、
明治維新史のどの文献にも記載がなく、
完全に歴史から抹殺されていることに驚く。
京大の学生時代、19歳の時、
寮の近く、夕暮れ時にたまたま散歩していた金戒光明寺で、
呼び止められるような気配を感じて振り向くと、
信州上田藩士の暗殺された《赤松小三郎》の墓が、佇んでいた。
赤松の墓前に手を合わせ、
自分は理系で農学部に進んでおり、分野は異なるが、
いつか、自分が社会的に発言できるようになったら、
名誉回復に努めます、と誓いを立てた。
47歳になり、森林生態政策学者となった関先生は、
専門分野外ではあるが、赤松について、本業とは別に研究を進めていた。
この時期、著書にまとめるのは、未だ調査不十分ではとも思ったが、
今、書かなければ、手遅れになると感じさせた
法の下の平等を欠いている安倍政権に、背中を押されたと言う。
"日本が世界と戦争して負けたのは、第二次世界大戦で、
初めて第二次世界大戦で、世界と戦争して連合軍に負けたあと、
対米従属していき、日本を亡くし、アメリカの言いなりになった"
と考えている人が多いが、
実は、そうではない。
世界列強4か国と戦争をしてボロ負けして、
列強に従属するようになった人々がいた。
それが長州藩。
下関海峡を通過する外国商船に無差別に大砲をぶっ放し、
無差別テロを行い、報復攻撃を受ける。(下関戦争)
そして、英仏蘭米の4か国に惨敗。
長州藩は、イギリスの軍門に下る。
そのあと、イギリスは、テロリストの長州藩に武器を供与し、
長州藩を政権につけてしまう。
イギリスの軍事支援は長州藩の政権奪取のトリガーとなった。
長州レジウムは、こうして始まった。
テロリストの長州藩は、今で言えば、ISと同じ。
このやり方は、 対テロ戦争と同じなのである。
アメリカは、シリア政府を倒すためにテロリストのISに武器を供与した。
アフガニスタンの親ソ政権を倒すために
アフガニスタンのムジャヒリン、テロリストのビンラディンに武器を供与し、
タリバンに武器をばら撒いて、親ソ政権を倒して、タリバンの政権を作った。
イギリスが、テロリストの長州藩に行なったやり方と同じである。
明治政府は、国民に
・国家神道(原理主義)、
・軍人勅諭、
・明治憲法
を押し付け、先制的に振る舞う一方、
覇権国のイギリスに卑屈に振る舞い、
イギリスの言いなりになって日露戦争に突き進んでいった。
安倍政権は、明治維新から150年周年となる2018年に
記念事業として、明治期の国造りなどを題材とした
映画やテレビ番組の制作を支援する方針で、
明治維新150年は、
「大きな節目で、明治の精神に学び、
日本の強みを再認識することは重要だ」(菅義偉官房長官)として
内閣官房に準備室を設置した。
明治の精神とは、
第二次世界大戦に暴走していった
テロリストによる「長州レジーム」に他ならない。
安倍政権が信奉する「長州レジーム」から
日本を取り戻さなければならない。

関 良基
『赤松小三郎ともう一つの明治維新: テロに葬られた立憲主義の夢』