トルコ南部のアンタキアからシリア北西部のイドリブへ入ったが、
常岡浩介氏にメールを送った後、消息を絶った。
現在、ヌスラ戦線に拘束されていると目されている。
(安田さん失踪の時系列→こちら)
常岡氏によると、シリア入りするに当たり、
そのルートを選んだ理由は、
ヌスラ戦線を中心とする反体制派が
シリア北部のイドリブを制圧した時期で、
安田さんは、反体制派から取材許可は得ており、
“ヌスラ戦線に接触する”予定であるとのことだった。
(週刊新潮2016年3月31日号)
黒井文太郎氏によるシリア情勢解説 2015年10月6日
「ヌスラ戦線」の指導者・アル・ジャウラニ氏は、
シリアの70%を占めるイスラーム・スンニ派の信徒で、
シリアの最高学府・ダマスカス大学の医学生だったという。
ところが、
「イラクのフセインが大量破壊兵器を持っている」という
アメリカのデマから始まったイラク戦争に、
このアル・ジャウラニ青年は、吞みこまれていくのだ。
同じ頃、安田純平さんも、長野の信濃毎日新聞社を退社し、
フリージャーナリストとして、イラクへ向かう。
日本は、小泉政権下でイラク派遣を開始していた。
そして、2004年4月、米軍のファルージャ総攻撃。
同年同月、拘束されていた日本人3人の人質の消息を摑むため、
ファルージャに向かうが、反政府派の地元自警団に拘束されるも、
アメリカのスパイではないことが解り、ほどなく解放される。
アル・ジャウラニ氏と安田純平さん、
彼らの運命は、イラク戦争で交差し、
再び、シリアで接点を結ぶことになる。
スンニ派・フセイン独裁政権が倒され、
イラクは、アメリカ・イギリスの占領統治下に置かれた。
そして、アル・ジャウラニ氏は、
アメリカの捕虜となった。
ヌスラ戦線は、このイラク戦争経験を経て、
アル・ジャウラニ氏によって、
サラフィー・ジハード主義の反政府勢力として立ち上げられるが、
サラフィーとは「サラフの」という意味の形容詞で、
サラフとは初期イスラーム時代の預言者ムハンマドと接触のあった
ムスリムや預言者没後の優秀なムスリムを指している。~のだそうだ。
そのような過去の純粋なイスラームへの回帰を求める思想を
「サラフィーヤ」(サラフ主義)と呼ぶ。
さて、フランスはシリアの元の宗主国だ。
(*サイクス・ピコ協定=英仏露で結ばれたオスマン帝国分割密約
英の2枚舌外交=パレスチナ問題の源)
第一次世界大戦後、新たな支配者として、
シリアを委任統治したフランスは、
スンニ派有力者たちの影響力を押さえ、
植民地支配下で統治を円滑化するために、
少数派のアラウィ―派(シーア派(人口の12%))を
支配階級として育てた。
現在、シリアで独裁政治を行う、
アサド大統領(悪名高い独裁者ハーフィズ・アル=アサド(バアス党)の次男・世襲)のバアス党は、基本的に宗教的には世俗的であるが、
アラウィー派であるのは事実であり、
アサドは、この宗派対立を利用した。
アサドという殺戮者を生み育てた、欧米に責任がある。
そして、歴史とは、皮肉なもの。
シリア発の攻撃に打ちのめされたのがフランスだ。
難民と襲撃の恐怖の波は、欧州に押し寄せている。
日本の自衛隊が、米軍の下部組織となり、
この終わりなき戦争に足を踏み入れるなら、
その先には、欧州と同じ運命が待ちかまえているだろう。

ABU MUHAMMAD AL-JAWLAANI
◆ヌスラ戦線の指導者・アル・ジャウラニとは
(以下WIKIより)
――アル・ジャウラニは、
シリア、デリゾール Deir ez-Zor付近に出生。
彼の家族はイドリブ県出身。
2013年5月16日、米国務省によって、
「特別認定・グローバルテロリスト」とされる。
アル・ジャウラニは、シリアの国内最大・最古の最高学府、
「ダマスカス大学の医学部」に入学し、2年間修学途中、
2003年の米軍によるイラク侵攻後、
義勇兵としてアメリカ軍と戦うためにイラクへ。
アルカイダのヨルダン生まれのリーダー、アル・ザルカウィの側近となる。
アル・ザルカウィが2006年に米国の空爆によって殺害された後、
イラクを離れ、レバノンで アルカイダ系 Jund al-Shamに、
ロジカルなサポートを与えた。
米軍と戦うためにイラクに還るが、捕えられ、
クウェートとイラクの南部国境の米軍捕虜収容所「Camp Bucca」に拘束される。
アル・ジャウラニは、収容所で他の囚人に古典アラビア語を教えた。
2008年釈放された後、アル・ジャウラニは、
バグダーディー(同じブッカの捕虜だった)と共に、
イラクのアルカイダのヘッドとして軍事活動を再開。
直ぐに正式にニネベ県(イラクのモスル)でアルカイダのトップに任命された。
シリア民衆のアサド政権に対するデモ蜂起に伴ない、シリアへ移動し、
完全にバグダディのサポートを受け、
2012年1月、シリア大統領アサド率いるシリア政権に対抗する
アル=ヌスラ戦線の結成を発表した。
彼のリーダーシップの下、ヌスラはシリアで最も強力な
反政府グループの一つに成長した。
アル・ジャウラニは、バグダディのISILとは袖を分かち、
アルカイダのザワヒリ氏に、直接、忠誠を誓う。
ヌスラ戦線は、自由シリア軍とも多少の摩擦があるが、
基本的に自由シリア軍他、反政府軍と連携してしている。
シリアでは、ISILは、主に外国人戦闘員で構成され、
その残虐さとイスラム法の歪んだ解釈で抑圧しようとするため、
批判されているが、ヌスラは、それに比べ人気が高い。
ヌスラは、ISILと対照的に、そのほとんどがイラクで米軍と戦った
シリア人で構成されているという。
2013年10月にシリア国営テレビは、彼はラタキアの近くで
殺害されたと報告したが、SANA(公式シリアの報道機関)は、
すぐにその報告を撤回した。
ヨルダンのセキュリティ関係者は、アルカイダの上層部だけは、
アル・ジャウラニの本名を知っていると言うが、
彼は一般的に(アラビア語で征服の長を意味する)
「アル・シェイク・アル・ファテ」として彼らに知られている。
2015年5月には、シリア内戦中に、顔を隠し、
カタールのニュース放送局アルジャジーラの
アーメド・マンスール氏のインタビューを受けた。(*下の動画)――
◆犯罪収益移転防止対策室JAFICの資料
以下、(Japan Financial Intelligence Center)より
*JAFICとは、2007年4月、マネーロンダリングの対策法の
施行に関する事務を処理する組織として、
警察庁刑事局組織犯罪対策部に設置されたとのこと。
(=wikiより薄い情報。情報収集力なし?)
637.アブ・モハンメド・アル・ジャウラニ
ABU MOHAMMED AL-JAWLANI (=通り名 /他・類似名多数)
(1980年シリアにて出生。母親の名前はFatma Ali Majour、
住所はMosul, Souq al-Nabi Yunis)
称号:不明
役職:不明
生年月日:1975年から1979年の間
出生地:シリア
国籍:シリア
旅券番号:不明
ID番号:不明
住所:2013年6月時点でシリアにて活動中
国連制裁委員会による指定日:2013年7月24日(2014年6月2日
及び2015年12月10日に改訂)
その他の情報:描写:
肌の色は暗く、身長は170cm。
2012年1月以来、レバントの人々のためのアル・ヌスラ戦線(644.に指定した団体)の指導者。この団体は、2014年5月にリストに掲載され、それ以前の2013年5月30日から2014年5月13日の間は、イラクのアル・カーイダ(453.に指定した団体)の別名としてリストに掲載されていたシリアを拠点にする集団。
アイマン・ムハンメド・ラビ・アル・ザワヒリ(158.に指定した個人)と連携している。
イラク治安部隊の指名手配を受けている。写真はインターポール(国際警察刑事機構)・国連安全保障理事会特別手配者に含まれているものを利用可能。
1.最近の「ファタハ軍」(シリア反体制派の7集団がイドリブで結成した連合軍)が制圧したイドリブやその郊外諸地域は、沿岸部(アラウィー派多数地域)に対する第1防衛線として、戦略的に重要な意味を持つ。沿岸部にはカルダーハがあるが、(ラタキア県カルダーハは、ハーフィズ・アサド前大統領の生地)カルダーハで終わりではなく、最後の戦いはダマスカス戦だ。
2.アラウィー派の人々は、スンニー派の大勢に対して虐殺、拷問、強姦等を行った。しかし我々は復讐はしない。イスラームは寛容な宗教だ。我々はアラウィー派を「イスラームから逸脱した宗派」だとみなすが、今のところ我々が戦う相手は、武器を取って戦闘に従事している者だけだ。アラウィー派の村々が「宗教的な誤りを正し、武器を置いてアサド政権と決別する」と決定したら、彼らは我々の兄弟となり保護対象となる。投降したアラウィー派戦闘員たちも同様で、武器を捨ててアサド政権との決別を誓ったら、家族の許に無事に帰している。
3.(南部の)反体制派の支配下にあるドルーズ派の村々について言うと(ドルーズ派とは、イスラームのシーア派から派生した秘教的宗派)、ドルーズの人々はアサドを支援せず、戦闘に参加しなかったので、我々は手出ししない。彼らは宣教の対象であり、我々の宣教師を派遣した。
4.キリスト教徒は、その大半がアサド政権を支持しているが、アラウィー派の場合と同様、今のところ我々が戦うのは、武器を持って戦闘に参加する者たちだけだ。将来的に、シャリーアに基づイスラム国家を建設した場合、ジズヤを支払うことになるが、支払い能力のないものは払わなくてもよい。
5.我々は国家や団体、情報機関等からの資金援助を一切受け取っていない。無条件の資金援助は存在せず、金をもらうと自由に決定が下せなくなるからだ。但し、個人からの寄付は受け付けている。アサド軍からの戦利品や、解放地域での交易等で費用はまかなえる。シリアは豊かな土地だ。
6.アルカーイダの指導者アイマン・ザワヒリ師からの指示は、「アサド政権とそれを支援するヒズボラ等の同盟勢力を倒し、他の反体制派勢力と協力して正統なイスラーム国家を建設せよ。
シリアを欧米を攻撃するための基地にしてはいけない」というものだ。
7・アメリカはアサド政権をあらゆる面で支援し、我々に対する空爆において連携している。証拠写真もある。
8.アサド政権が倒れたら、ヒズボラも倒れる。ヒズボラはそれをよく知っているから、命運をかけて戦っている。我々はレバノンの全勢力に、アサド政権とヒズボラの打倒に向けて我々と共に戦うように呼びかける。
(「猫と酒とアルジャジーラな日々」様による翻訳)