曽野綾子(84 ) 石原慎太郎(83) 三島由紀夫(自殺45)マイケルジャクソン(故殺50) | ☆Dancing the Dream ☆

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年を重ね経験を経た熟年者の言葉は、
まことに、それぞれに含蓄のあるもので、
その佇まいは、ほっこりとした土のよう。
いつも普段身近にお付き合いしている年長の方からは、
色々なお知恵を借りて暮らしている。

往々にして、そのような年輪を重ねた尊敬すべき知恵者は、
ゆったりとしていて、可愛らしく、
さりげなく、優しい。
手助けの仕方も、揉んだ布のように柔らかい。
書物から得る知識よりも、塩梅がいいのだ。

しかし、世の中には、
長く生きた甲斐なく、
死んでも治らない系の人々もいるものだ、
と言わざるを得ない。

曽野綾子(84)が、
「週刊ポスト」で
高齢者は『適当な時に死ぬ義務』がある」と言ったらしい。

石原慎太郎(83)も、この同類の輩であると思うが、
昨年の6月、公演中、脳梗塞の症状がでて入院した言う。
昨年のその時期は、5月に戦争法案の閣議決定がされ、
石原の重病説など全く視野に入っていなかった。

石原は、2013年2月にも同じく脳梗塞で倒れたが、
そのときは遺書まで書いたと言う。
しかし、めでたく回復し、
2014年6月には、短編集『やや暴力的に』を出版している。
まだ、"逸物で障子を破る"勢いのタイトルである。

石原は、その年の12月に引退表明をしたが、
会見の場で、なんと、
やりたいことは支那と戦争して勝つこと」と発言した。

障子の穴は、張り直してから出ていけ、と言いたい!



石原の『やや暴力的に』は、
もちろん、読んでいないが、
この中の短編「計画」の中に、
三島由紀夫の言葉が引用されているらしい。

首相暗殺の計画を相談している男たちの一人が言う。
「死んだ三島由紀夫が、健全な民主主義のためには
     健全なテロルが必要だといっていましたが」
―-と。


三島 由紀夫(本名:平岡 公威(ひらおか きみたけ)
1925年(大正14年)1月14日 - 1970年(昭和45年)11月25日)
1970年(昭和45年)11月25日、三島
は陸上自衛隊・市ヶ谷駐屯地内、東部方面総監部の総監室を
森田必勝ら楯の会会員4名と共に訪れ、
面談中に突如益田兼利総監を人質にして籠城。
バルコニーから檄文を撒き、
自衛隊の決起を促す演説をした直後に
割腹自決した。45歳没。



実は、石原は、三島のこの言葉をあちこちで引用している。

文藝春秋に載せた「日本堕落論」の中でも書いていたし、
百田との対談の中でも見かけたように思う。
たしか、百田の沖縄地方新聞を「つぶさなあかん」発言が
物議を醸した時期の対談だった。(*あった!)

健全なテロルの無い社会に、健全な民主主義など育ち得ない」
恐ろしいものがなくなった社会ほど、恐ろしいものはない」


三島が言ったというこの言葉は、だいたいこのように続けられ、
石原は、三島が現代の日本を予見していた、と言い、
これに繋げ、憲法改正、核武装が必要だと持論に持ち込む。

ただし、この言葉は三島自身が活字にしていたわけではないようで、
晩年に石原が三島と交わした会話の中で
聞いた言葉であるということらしい。

**********

石原の解釈する「健全なテロル」とは、
日本は戦争に負け、堕落し、アメリカ追従主義で自我を失った。
この屈辱を屈辱として捉えられなければ、奴隷でしかない。
自由と平和は、ただ願っただけで得られるものではなく、
命を懸けて武力で勝ち取る気概がなければならない。
ならば最強の武力を備える必要がある。軍も核も必要。
当たり前のことだ。
それは、健全な自我だ。
健全な自我には、暴力性がある。
男子として当然だ。
―-そういうことなのだろうが、

思うに、石原は、
多くの日本人の「自我」の上に乗る蓋は、
「アメリカ」だと思っており、
自分には、蓋を押しやる強い自我があると思っているようだ。
しかし、こちらからは、石原の頭には、
2重蓋が乗っているのが見える。
「大日本帝国軍」あるいは「父親」の蓋と、「アメリカ」の蓋だ。
「アメリカ」の蓋を押しやる力が俺にはある、と、
息巻いている頭には、「アメリカ」のそのまた下に、
「大日本帝国軍」「父親」の内蓋が乗っている。
(石原は天皇や皇室への敬意はない)
子供時代に彼の自我を圧倒した「大日本帝国軍」「父親」の暴力性を
自分のものとして取り込んでいるに過ぎないが、
本人は、それを自分自身だ、自我だと信じ込んでいる。
そこいらにいそうな軍国爺さんと変わらないが、
これが、政治の場で発言力を持つと大迷惑なのだ。

石原は、オウム真理教に、
テロルを期待していた。
彼らの堕落した国家の転覆、新政府樹立のヴィジョンに、
シンパシーをもって、援助していたのだ。

そして、
もし仮にこの言葉を三島が本当に言ったのならば、
石原の解釈とは、大きなズレがあるのではないかと思う。

おそらく、三島の言う恐ろしいもの」「健全なテロルとは、
「崇拝の対象」のようなもの。いわば「神」ではないだろうか。
三島にとっては、彼の庇護者であり君主であった子供時代の彼の「祖母」、
あるいは、現実の天皇ではなく、彼が妄想する脳内の
「天皇」がその象徴なのではないか。
そのようなイリュージョン(神)に献身することが「美」の極致、
英雄的なことだというのではないかと思う。

三島は、こんなこと↓を言っている。。

古林尚との対談「三島由紀夫 最後の言葉」
古林-さうすると三島美学を完成するためには、
     どうしても絶対的な権威が必要だといふことになり、
     そこに……
三島-天皇陛下が出てくる。(笑)
古林-そこまでくると、私はぜんぜん三島さんの意見に
     賛成できなくなるんです。    
     問題は文学上の美意識でせう、
     なぜ政治的存在であるところの天皇が
     顔を出さなきやダメなんですか。
三島-天皇でなくても封建君主だっていいんだけどね。
    『葉隠』における殿様が必要なんだ。
    それは、つまり階級史観における殿様とか
    何とかいふものぢやなくて、
    ロイヤリティ(忠誠心)の対象たり得るものですよね。
    ……天皇でなくてもいい。
    『葉隠』の殿様が必要なんだ。

福田恒存との対談(昭和天皇と皇太子時代の今上天皇について)
三島-皇太子にも覚悟していらっしゃるかどうかを、
    ぼくは非常にいいたいことです。
福田-いまの皇太子にはむりですよ。
    天皇(昭和天皇)も生物学などやるべきじゃないですよ。
三島-やるべきじゃないよ、あんなものは。
福田-生物学など、下賤な者のやることですよ。
三島-ぼくは、これだけ大きなことを言う以上は、
    イリュージョンのために死んでもいい。
    ちっとも後悔しない。
    イリュージョンをつくって逃げ出すという気は、
    毛頭ない。
    どっちかというと、ぼくは本質のために死ぬより、
    イリュージョンのために死ぬ方がよほど楽しみですね。

***********
どちらにしても、
石原も三島も、戦争には行っていない。
リアルな戦場など知らないのだ。
***********

さて、テロル、テロテロ、
テロという言葉が、頻繁に使われるようになったが、
いったいテロルとは何なのだろう?

テロル【Terror】(仏)恐怖
テロリズム【Terrorism】恐怖政治
白色テロ:為政者や権力者が行う暴力的な直接行動。
       不当逮捕や言論統制などがある。
       (白=フランス王権のシンボル白百合に由来する)
赤色テロ:革命勢力や反政府勢力が起こすテロ



テロとは? テロについて・・
*鵜飼哲氏は、こう言う。
たしかに暴力的事態が突発すると人の心は恐慌を起こし、
その事態の原因に眼を向けられなくなる。
だが、「テロリズム」は学問用語というより一種の罵倒語であり、
政治的背景を持った暴力を犯罪のコードに転写するための装置である。
この言葉の濫用は悪魔払いの儀式に似ている。
この言葉自体は何も教えてくれないのだから。
したがって、この言葉を目にしたら、
それが、そのつどどんな問題を際しているのかを
考えてみなければならない。
(鵜飼哲「欧州を覆った内戦的状況」『毎日新聞』夕刊 1998/9/28)

また、
*チャールズ・タウンゼンドは「テロ」の定義について、
百を超える定義が提案されながら、
今なお合意が成立していないことを指摘する。
その理由はテロの定義が問題の当事者の一方が、敵対者に対して
レッテルを貼る行為であるからである。
「二言で言えばテロリズムがラベリングだからだ」
「テロリズムはあるひとつの行為とみなされるよりも、
むしろ心理的状態を指していると言えよう」
(チャールズ・タウンゼンド『テロリズム』岩波書店 2003年 3-4頁)

「テロ」と呼ばれているものは、
恐怖を呼び起こす表象であり、
「事象自体」を直視することが妨げられているもののようだ。



    *『Thriller』 の和訳(表訳・裏訳あり)はこちら❤

マイケルジャクソンの『Thriller』は、
"恐怖"とは? 脅かす者とは?という怪物曲ですね。