70年前の今日、
1945年7月26日に、ポツダム宣言は、
アメリカ大統領、イギリス首相、中華民国主席の名において
大日本帝国に対して発されました。
志位 :「ポツダム宣言」が認定している間違った戦争という認識を
お認めにならないのですか?」
安倍 :「ポツダム宣言」をつまびらかに承知していません・・」
そこで、
「ポツダム宣言」をつまびらかに
読んでみました。(※下記に現代語訳・全文を掲載)
12.The occupying forces of the Allies shall be withdrawn from Japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established in accordance with the freely expressed will of the Japanese people a peacefully inclined and responsible government.
おかしいな?と思うのは、
この12の内容です。
日本が民主的に平和的な責任ある政府を樹立し、
宣言の条件をすべて達成するやいなや、
占領軍は速やかに撤退する。ということですが、
占領軍は日本から撤退しませんでしたね。
70年間の間、アメリカ軍基地は日本国内におかれたままです。
ポツダム宣言受諾の後、
サンフランシスコ条約が結ばれ、
その数時間後、
第6条の但書として潜り込んでいた日米安保条約を
吉田茂が、単独で、なんの議論もないまま
秘密裏にサインさせられました。
“全ての占領軍は講和成立により速やかに撤退する、
二国間協定により引き続き駐留を容認される国も存在出来る”
という内容により、アメリカは、
「望む数の兵力を
望む場所に
望む期間だけ駐留させる権利を確保」したのです。
この不平等条約は国民の知るところとなり、
米軍駐留反対運動が起こり、
これは、アメリカにとっての危機でしたが、
岸信介は、首相就任すると日米安保条約改定を打ち出しました。
しかし、その改定は、日本国民にとってはさらなる改悪でした。
新条約では集団的自衛権を前提とした双務的体裁を採用しており、
新安保条約には、不平等極まりない日米地位協定が含まれていたのです。
日米地位協定とは、
米軍は、日本国内にありながら日本の法令は適用されず、
治外法権・特権が保証されており、
逆に日本国民の人権こそが侵害されているものでした。
ポツダム宣言によって約束した「日本の独立」を
潰すために二人の政治家が、
アメリカによって利用されましたが、
吉田茂はしぶしぶアメリカの要求に従い、
岸信介は喜んでアメリカの要求を実行したのです。
=== 以下、園田義明氏のコラムから、自分用ノート ====
戦前の天皇のインナー・サークルの存在
宮中グループ=宮中側近にいた政・官・軍を含めたエリート集団
*牧野伸顕を中心とする「薩摩系宮中グループ」
=貞明皇后(昭和天皇の母)のインナー・サークル
(秩父宮夫妻、高松宮)
=親英米エスタブリッシュメント派として
国際協調を重視した自由主義者であり、
英米から穏健派と呼ばれた勢力。
=クリスチャン人脈
=海軍の薩摩
*木戸幸一を中心とする「長州系宮中グループ」
=昭和天皇のインナー・サークル
=昭和の戦争を主導した勢力である。
岸信介や松岡洋右を仲介者に
陸軍統制派と手を握りながら戦時体制を築いた。
=アジアの開放を掲げた理想主義者としての側面もある。
=靖国神社が拠り所。
=陸軍の長州。
ドイツ人医師・エルヴィン・ベルツの日本人観
(『DNAから見た日本人 』斉藤成也)
=日本人を薩摩型と長州型に分類し、
それらが異なる二系統の先住民に由来し、
薩摩型はマレーなどの東南アジアから、
長州型は「満州」や朝鮮半島などの東アジア北部から
移住した先住民の血を色濃く残していると考えていた。
≒前者は縄文人、後者は弥生人の特徴を残しているのだろうか。
大陸からの渡来人によって縄文人が
日本列島の南北周縁に分散したと考えることもできるだろう。
日本の敗北は長州系宮中グループの敗北も意味した。
薩摩系宮中グループは戦時下において悲しいほどに非力であったが、
戦後、英米から選ばれし穏健派エリート集団として勝ち残ることになる。
薩長の明暗を分けたのは情報力の差である。
靖国神社とは
※敵味方を問わず国のために身命を失った人々を弔う場
とする見方は誤りである。「長州の護国神社」のようなものである。
*東京招魂社
=1872(明治5)年長州の大村益次郎の尽力によって、
明治維新時の「戊辰戦争」で亡くなった官軍兵士を祀るために
東京招魂社が建立され、その正遷宮祭の祭主は、
長州の山県有朋であった。
*東京招魂社から靖国神社に改称
=1879(明治12)年に別格官幣社と列格されて靖国神社に改称。
以後敗戦まで陸軍省と海軍省と内務省が管轄官庁となった。
=朝敵であった会津白虎隊同様、南部藩士も庄内藩士も祀られていない。
=西南の役で明治政府に反旗を翻した西郷隆盛も祀られていない。
吉田茂=薩摩系宮中グループを受け継いだ。
=戦後、元祖「反ソ・反共」として、
「経済優先、日米安保重視、軽武装、改憲先延ばし」の
ドクトリンを掲げて保守本流を築いていった。
=カトリック。
岸信介=長州系宮中グループを受け継いだ。
=吉田一派をポツダム体制派と見なし、反吉田旋風を巻き起こし
賊軍の汚名を晴らすかのように復活。
=元祖「反ソ・反共」に対抗して、
統一教会などと「勝共」を掲げたが、保守傍流に追いやられた。
平成・岸ドクトリンのバトンリレー
「政治優先、面従腹背の隠れ対米自立、再軍備、自主憲法制定」
第一走者の小泉純一郎
第二走者の安倍晋三
長州8人目の首相
長州は、1885(明治18)年の内閣制度発足以来、
①伊藤博文、②山県有朋、③桂太郎、④寺内正毅、⑤田中義一、
⑥岸信介、⑦佐藤栄作(岸信介の実弟)7人の首相を生み出してきた。
8人目が❽安倍晋三
安倍の長州人脈
この7名に、
戦前の満州国の実力者「二キ三スケ」と呼ばれた人物を加えると
クリアに見えてくる長州人脈。
「二キ」=東条英機と星野直樹、
「三スケ」=岸、松岡洋右、鮎川義介(日産コンツェルンの創設者)
松岡への苦言
富田朝彦・元宮内庁長官「富田メモ」
昭和天皇独白録の中で、松岡洋右を
「おそらくはヒトラーに買収でもされたのではないかと思われる」と
厳しく批判している。
=昭和天皇は、日独伊三国同盟は失敗だったと考えていた。
=組む相手を間違えてはならないという苦言。
安倍への苦言
西村正雄
=旧日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)最後の頭取
=安倍晋太郎の異父弟で、安倍にとっては叔父
『民主主義が陥りやすい欠点は、ポピュリズム政治である。
特にテレビが発達した小選挙区制度の下では、
その傾向が強くなりがちである。
テレビに頻繁に出て、若くて格好良い政治家が人気を博する。
また、中国の反日デモなどを機に「強い日本」を煽る
ナシャナリスティックな政治家がもて囃される傾向がある。
このような偏狭なナショナリズムを抑えるのが
政治家に課せられた大きな使命である。
戦前、松岡洋右外相の国際連盟脱退、
日独伊三国同盟締結を当時のマスコミが歓迎し、
国民もこれを支持した結果、
無謀な戦争に突入したが、
最近似た傾向が出ていることは憂慮される。』
===== ポツダム宣言を読んでみよう =======
ポツダム宣言・現代語訳
日本の降伏のための定義および規約
1945年7月26日、ポツダムにおける宣言
1.我々(合衆国大統領、中華民国政府主席、及び英国総理大臣)は、我々の数億の国民を代表し協議の上、日本国に対し戦争を終結する機会を与えることで一致した。
2.3ヶ国の軍隊は増強を受け、日本に最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、日本国の抵抗が止まるまで、同国に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され且つ鼓舞される。
3.世界の自由な人民に支持されたこの軍事力行使は、ナチス・ドイツに対して適用された場合にドイツとドイツ軍に完全に破壊をもたらしたことが示すように、日本と日本軍が完全に壊滅することを意味する。
4.日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。
5.我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。
6.日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。
7.第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。
8.カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。
9.日本軍は武装解除された後、各自の家庭に帰り平和・生産的に生活出来る機会を与えられる。
10.我々の意志は日本人を民族として奴隷化しまた日本国民を滅亡させようとするものではないが、日本における捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。
11.日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。
12.日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。
13.我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について日本政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅があるのみである。