ピナへの音楽の捧げもの ~Jun Miyake | ☆Dancing the Dream ☆

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ピナへの音楽の捧げもの

ピナが亡くなったのは、2009年6月30日 享年68歳。
癌の宣告を受け、治療に入った5日後のこと。
ピナが癌宣告を受けたのは、マイケルジャクソンが死んだ日だ。

「死ぬということは消滅することではなく強烈に不在することだな、と。
 ピナは十分大きな存在だったけれども、
 亡くなったことで、さらに大きくなったと感じます。」

「ピナのカンパニーには、ありとあらゆる国籍・年代層の人が所属し、
 共存あるいは拮抗しながら作品を生み出していく。
 といっても個性を失うわけではなく個が個に還っていくことによって、
 ひとつの世界観が出る。
 ピナの作品に出会う前から僕の音楽はそれと同じ手法を用いていました。」

「ピナの舞台や映画「PINA」の使用楽曲も入りますが、
 僕個人としてピナに捧げる音楽、捧げものとして捉えていただければ。」


ヴッパタール舞踊団から、ある日突然、電話

ー三宅さんはピナさん主宰のヴッパタール舞踊団に多くの楽曲を提供してます。2006年初演の『フルムーン(VOLLMOND)』の中の1曲『Lilies of the Valley』はヴィム・ヴェンダース監督『PINA ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』の予告編でも印象的に使われていました。そもそもピナさんと三宅さんの出会いはいつごろ、どのように? 

三宅:まだ僕がパリで暮らしはじめる前でしたから'04年のことだと思います。*ヴッパタール舞踊団(ピナは1973年ヴッパタール舞踊団の芸術監督に就任した)にはふたりの音楽監督がいるのですが、そのうちのひとり、アンドレアス・アイゼンシュナイダーさんから国際電話がかかって来たんです。
「この曲は君の楽曲か? カンパニーのダンサーのひとりが友人からもらったCDRに入っている、おそらく君の作品で、タイトルもわからない、(劇中使用したいので)身元確認したいんだけど。」と言う。
電話口で聞かせてもらって「ああ、そういえばその曲は」と確認したんです。

僕の'93年のアルバム『星ノ玉ノ緒 ENTROPATHY』と'00年のアルバム『Mondo Erotica」からの2曲でのちに『ラフカット(ROUGH CUT)』('05年初演)で使われることになりました。それからほどなくしてヴッパタール舞踊団の来日公演があり、ピナとも直接会うことができました。さっそくアンドレアスが僕の家に遊びに来て、未発表テイクないか、といってデモテープを 持ち帰った。それが『フルムーン (VOLLMOND)』に使われることになります。





Pina Bausch Tribute in Tokyo 2012 Jun Miyake / 三宅純
2012年6月30日に新宿文化センターで行われたライブ映像




Jun Miyake (Fender Rhodes) Lisa Papineau (Voc) Rene Aubry(Quatro)
(ボーカルのリサ・パピノーは多発性硬化症と闘っている。)


ピナさん主宰のヴッパタール舞踊団40周年記念コンサート
Jun Miyake and Friends (23rd October 2013)
Ten Chi: composition by René Aubry (from the CD "Mémoires du Futur)
Jun Miyake: Piano
René Aubry: Cuatro


Jeremy Abbott 2014 US Champs 全米選手権ではSPでノーミスの演技を披露し1位
曲は、 純さんの『Lilies of the Valley』 
映画『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』より


ソチオリンピックの個人戦のSPでは4回転トゥループで転倒し、
そのまま数秒間動けなかったが演技に復帰し14位。