金融の学び ~金融元祖はユダヤ人?アラブ人? | ☆Dancing the Dream ☆

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田中 宇さんの記事より転載

シェークスピアの「ベニスの商人」に出てくる悪役のユダヤ人シャイロックに象徴されるように、中世ヨーロッパでは多くのユダヤ人が高利貸しを生業としていた。他人に貸した金から利子をとることはキリスト教が禁止していたため、それに手を染めるユダヤ人は欲深い罪人というイメージを持たれていた。

 実はユダヤ教においても、利子の徴収は原則として禁じられていた。むしろ、一神教の元祖であるユダヤ教が利子を禁じたから、そこから派生したキリスト教やイスラム教もまた、利子を禁止したというのが、歴史の順番であろう。とはいえ、キリスト教などは利子の徴収を完全に禁じたのに対し、ユダヤ教は例外として異教徒(外国人)から利子をとることは許していた。

 そのため11世紀に、バチカンのキリスト教会がユダヤ人をほとんどの職業から追放した後、ユダヤ人にとって数少ない収入源として残ったのが、高利貸し(質屋)や金塊の保管人、両替商(貿易決済業)など、利子を取り扱うことが多い金融業であった。教会という中世ヨーロッパの支配者が、ユダヤ人をそのような立場に追い込んだ理由は、社会の共通の敵を設定することで、自らの権力を安定させるためだったと思われる。(記事「聖地争奪戦:一神教の近親憎悪」 参照)

 だがその後、ヨーロッパでは貿易の活発化や産業革命を経て、経済の中心が農業から工業に移った。国家の主目的は、大資本をかけて大きな工場を作り、製品を大量生産することで巨額の利益を出せる体制を作ることになった。

 このような近代化が進展した背景には、政治と宗教を分離した宗教改革があった。中世には、キリスト教会が政治権力や司法権をも握っていたが、プロテスタント運動など宗教改革によって、政治権力や司法権は「国家」を握る国王に移り、その後フランス革命などを経て、国民が力を持つようになった。

 ヨーロッパの政教分離は同時に、経済の前提も変えることになった。教会は人々の経済活動に口出しできなくなり、「利子」をとることが悪事ではなくなったのである。ところが、それまで利子が罪悪だっただけに、利子を受け渡ししながら巨額の資金を集め、資本として使うという近代経済の技能は、ほとんどの人々にとって未知のものだった。その技術を持っていたのは、ほかでもないユダヤ人だけであった。

(とはいえ、すべてのユダヤ人が金融業者だったわけではない。中世から近代にかけて、ユダヤ人は東欧に多かったが、彼らのほとんどは職人か行商人、もしくは貧しい農民だった)

▼弾圧から生まれた金融技術
中世には、弾圧を受けたユダヤ人の移住が何回も起きた。11世紀には、十字軍やイスラム帝国分裂の影響で弾圧された中東のユダヤ人が、ベネチア(ベニス)などに移住した。15世紀には、スペインでキリスト教王国がイスラム王国を倒したことにともなってイスラム王国に協力したユダヤ人への弾圧が強まり、ユダヤ人は全員がキリスト教徒に改宗するか追放されるかの選択を迫られ、多くが北アフリカやトルコ、ベネチアなど地中海沿岸の商業都市に移住した。

 このような移住は、たとえば以前にスペインの金融業界に属していたユダヤ人金融家が、トルコやベネチアに信頼できる同業者がいるという状況を生んだ。彼らはこの離散状態を生かし、遠い町との貿易決済業にたずさわるようになり、為替技術を発達させた。さらに彼らは、貿易商人から毎月いくらかの積立金を徴収し、船が海賊や遭難の被害にあったときの損失を肩代わりするという保険業や、事業のリスクを多人数で分散する株式や債券の考え方を生み出した。

 一方、中世にはユダヤ人だと分かっただけで財産を没収されることがあったので、ユダヤ人にとって自らの名前を書かねばならない記名型の証券は安全ではなかった。そのためユダヤ人の金融業者たちは、無記名の証券(銀行券)を発行・流通させる銀行をヨーロッパ各地で運営していた。この技術は、やがてヨーロッパ諸国が中央銀行を作り、紙幣を発行する際に応用された。

 こうしてみると、銀行、為替、保険、証券、債券といった現在の金融業態のすべてに、ユダヤ人は古くからかかわり、金融システムの構築に貢献したことになる。中央銀行や株式市場ができて、ユダヤ人金融業界内部にあった金融システムを国家が肩代わりしてくれることは、地位が不安定なユダヤ人にとっては資産の安全性を確保できる望ましいことだった。

 彼らはシステムを囲い込むことをせず、積極的なノウハウの提供を行ったが、それは自分たちのルールを世界に通用させることにつながった。はるか後の現在まで、ユダヤ人の銀行や証券会社が金融市場を牛耳ったり、中央銀行の決定に影響を与えたりできるのは、この「創業者利得」から考えて、歴史的必然であるともいえる。シャイロックに象徴されるベニスの商人とその同僚たちがいなかったら、現在のような金融ビジネスは生まれなかっただろう。

▼大英帝国とロスチャイルド家
産業振興や、市場獲得のための侵略戦争など、国家の運営に必要な資金を最も上手に調達できるユダヤ人は、ヨーロッパの各国の王室にとって、なくてはならない存在となった。各国政府の中枢に食い込むことは、差別されやすいユダヤ人にとっては安全確保の手段でもあった。

 ヨーロッパ各国政府のなかで、最もユダヤ人に寛容なのはイギリスであった。イギリスは政教分離や国家の近代化、産業革命が大陸諸国よりも早く、ユダヤ人を重用することの利益が明確だったからだろう。

 各地に分散するコミュニティをつないで、貿易や為替、金融の取引をしていたユダヤ人の技能は、世界各地に設立した植民地を一体運営する「大英帝国」の発展にも役立った。イギリスでは1858年からユダヤ人でも国会議員になれたし、19世紀の後半には、大蔵省や外務省などの官庁に、かなりの数のユダヤ人官僚が在籍していた。

 この時代に民間資本家として、イギリスの国家運営に最も影響を及ぼしたユダヤ人は、ロスチャイルド家の人々であった。この一族は、もともとドイツ・フランクフルトのゲットーにいた高利貸しだったが、1793年に始まったナポレオン戦争の後、ヨーロッパで多発するようになった国家間戦争のための資金調達をあちこちの政府から引き受けることで、急速に力をつけた。

 一族のうちの一人は1797年、産業革命が始まっていたイギリスに進出し、綿花産業への資本提供やドイツなどへの販路拡大を引き受けて大成功し、イギリス政府に食い込んで資金調達を手伝うようになった。

 ロスチャイルド家がたどった歴史の詳細は、よく分かっていない。彼らは他のユダヤ人資本家と同様、自分たちに関する情報が広がって反ユダヤ弾圧に使われることを恐れ、亡くなった家族の日記や手紙、メモなど一切の記録を焼いてしまうような情報管理を行っていたためである。実態が分からないので、仕方なく反ユダヤの人々は「陰謀家」のレッテルを一族に貼り、マイナスのイメージを語り継ぐようになった。

 ロスチャイルドは、稼いだ金をふんだんに使って慈善事業を展開することでも知られていた。その事業の一つに、19世紀末に帝政ロシア政府が国内のユダヤ人に対する激しい弾圧を展開し、多くのユダヤ人がロシアを逃げ出したとき、彼らを後に「イスラエル」となるパレスチナに移民させ、資金を出して集団農業を作ったことがある。この事業こそ、イスラエルの建国とパレスチナ問題の発生につながる最初の起源であった。


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どうやら、現在の金融システムは、ユダヤ人が作り上げたものと言っていいようだ。
しかし、歴史の中では、現在の金融のあり方は、ごく最近になって登場したものであり、
「イスラム金融」のように、原則として利子の徴収は禁じるという理念の方が、
一般的なものであったと言うことです。


▼イスラム金融
イスラム金融の最大の特徴は、その資産 がシャリアと呼ばれるイスラム教の教義に従って運用されていることです。

金融活動が、イスラム教の教義に適っているか否かの判断は、シャリアの知識を備えたイスラム法学者によって構成されるシャリア評議会が行っています。

イスラム金融で禁止されているものには、アルコールや豚肉や賭博やポルノに関連した事業に対する投融資などが、あげられます。
イスラム教では、不労所得である利子の取得を目的とした融資も禁止されています。

イスラム金融ではどのようにして利益を上げているのか?
イスラム教では利子の取得を目的とした融資は禁止していますが、
投資によって利潤を追求することについては、寧ろ推奨しています。

利子取得が禁止されているイスラム金融システムでは、資本提供者であるイスラム銀行と、資金を借り入れる事業者や個人が、リ スクとプロフィットを共有する融資形態をとることがあります。

例えば、イスラム金融の基本形であるムダーラバと呼ばれる融資形態では、イスラム銀行が事業家に貸し付けた金額を、金利ではなく配当の形で受け取っています。この際、配当の比率は、契約時に取り決めることになっています。通常は五分五分の比率で、イスラム銀行と事業家が配当を受ける 形式になることが多いです。ムダーラバは、融資というよりは、株式投資に近い概念であり、元本は保証されません。そのため、イスラム銀行では、複数の個人 預金者から集めた資本を、複数の事業者に対して投資することで、結果的にリスクの分散ができるようになっています。

また、自動車のような高額商品を分割払いで購入したい場合には、ムラーバハと呼ばれる融資形態がとられます。ムラーバハは、イ スラム銀行が例えば自動車などを自動車販売業者から一旦買い上げてから、利息の代わりに手数料を上乗せして、自動車の購入者に転売する融資形式です。この 上乗せ分の手数料は、売却益とみなされ、利子には相当しないのです。

これらの他に、イスラム銀行と事業家が共同出資して、共同経営を行う形式のムシャーラカや、欧米の銀行が 行っているリースに相当するイジャーラと呼ばれる融資形態などもあります。

要するに、イスラム金融は、利子の代わりに配当や売却益による利潤を追求する金融機関なのです。つまり、イスラム金融では、イスラム教で禁止されている賭博やアルコールや売春といった不健全な事業に投資しないといった大前提を除けば、欧米の金融機関とそれほど違わない金融活動を行う ことが可能なのです。

イスラム金融は、ムスリムだけが利用するものではなく、非ムスリムも広く利用 しています。キリスト教徒のイギリス人がイスラム銀行に預金したり、仏教徒の日本人がスクークと呼ばれるイスラム債を購入したりすることもできます。
また、イスラム圏外の国がイスラム金融の手法を使って国債を発行したり、日本の企業がイスラム教国に現地企業を設立して、スクーク を発行して資金調達を行ったりすることも、原理的には可能です。
実際に英国政府は、2012年のロンドン・オリンピックの開催予算の一部を、スクークで調達することを公表しました。

「英国系の金融紙は、さかんに「イスラム金融」をもてはやした。
イスラム教では金利の授受を禁じているので、イスラム債券は、金利ではなく配当などの形で投資家に利益を分配する。
イスラム金融は斬新で清廉なイメージを投資家に与えるが、一般の金融と、たいした違いはなく、ドバイの例を見れば、欲得ずくで近視眼的な金融バブルへの便乗そのものであることがわかる。」
「世界に向けたイスラム金融の巧妙な販売促進は、ドバイの人々にできることではない。おそらくロンドンの人々の仕業である。
英金融界は、多極化や資源価格の長期的な高騰を予測し、イスラム世界の投資家からうまく金を集めることを考え、その一環としてドバイの繁栄を、首長を巻き込んで構想したのだろう。英国は諜報の分野でもドバイを拠点として「アルカイダ」と接触(扇動、加担)してきた歴史があり、オサマ・ビンラディンは911以前、ドバイとアフガン・パキスタンを行き来していた。ドバイワールドの債権者には、英国の銀行が多く名を連ねており、危機の顕在化を受け、ロンドン株式市場は急落した。ドバイの危機を機に、イスラム金融はもっと地味なものになっていくかもしれない。」 田中 宇


利子はダメだが利潤はOK
リバー(利子)を禁じたコーランの教え(イスラム法)に
基づいて、金融活動を行うイスラム銀行。

では、リバー(利子)とは何か?ということが問題になります。
いまだイスラム 法学上の議論は90年代でも見解の対立が続いていということですが、簡単に言うと「融資と利子はダメが、投資と 利潤(もうけ)はOK」という発想に立って、イスラム銀行は商いをやっているのです。

もう少し詳しく。
ポイントは融資と投資は違うということです。
 世界を席巻したイスラム商人を生み出したイスラム教が利潤(もうけ)を禁
じている訳がありません。禁じているのは、アラビア語で「自己増殖する」と
の言葉から派生した「リバー」です。
持っているだけで、何もしないで安穏と してても儲かる、というのは許せないという発想です。
融資と投資の違いを説明する場合、たいていはシェイクスピアの『ベニスの
商人』を引き合いに出すもの、と相場が決まってます。マルクスだってそうし
ました。
ご存じの通り、『ベニスの商人』では、商船に投資した富豪が、
船が沈没したため、一夜にして巨額の債務者に転落します(これは《投資》で
す)。そして、その元富豪に《融資》した高利貸しのシャイロックが「担保」
として「お前の肉〇〇ポンドをよこせ」と要求する訳です。
これは、投資と融資のギャップをめぐる話です。投資の方にはリスクがあ
り、儲かるかも知れませんが(つまり配当です)、大損するかもしれません。
対して融資は、かならず見返りがあります(これが利子です)。
 イスラム銀行は、リスクの負担のない「融資」をやりません。貸し手(銀
行)が元利を保証をされる一方で、借り手(事業者)だけがすべてリスクを負
うことは、イスラーム的公正の観念に反するからです。

この意味で、イスラム 銀行はリバー(利子)をとらないのです。
では、どうするか? 
無利子金融では、共同事業の契約に関する法規定を活用します。
資本提供者(銀行)と事業者(借り手)は共同事業者です。
事業が成功すれば、資本提供者は元本を回収 したうえ、儲けを事業者との間で、例えば折半します。失敗して損失が出た場 合は、資本提供者の配分もゼロで、元本さえ保証されません。リスクも両方が 負う訳です。
元々は、キャラバン通商というリスクのあるイスラム商売について、
7世紀 当時のアラビア半島のへジャス地方における商習慣の内容を神の名において定 式化したものです。
イスラム教をはじめたムハマンド自身が、このキャラバン 頭をやってました(ちなみに彼の最初の奥さんは、その出資者でした)。
イスラム銀行が流行る理由は2つ考えられます。ひとつは、イスラム世界に
はこれまで元本保証の融資と利子を嫌って、普通の銀行と取引しなかった人・
取引されなかったお金がかなりあったということ。もうひとつは、融資と投資
のギャップという金融システムがかかえる根本的問題を(貸し倒れや不良債
権、債権放棄など、あらゆる金融危機はこのギャップに由来します)、イスラ
ム銀行が最初からクリアーしていることです。このため非イスラム圏でも、こ
の仕組みが広範な支持と関心を集めているようです。


(注:こうした考えが基本とはなってはいますが、そこはそれ、現代のイス
ラーム金融では「零細資金提供者の資金元本だけは保証する」、「事業者から
はある程度の担保を取る」といった解釈が行われているようです。サウジアラ
ビアのイスラーム金融なんかは、事業が失敗して損失を生じたときは、その元
金のみの返済を求め、提供資金のコストと期待利益の回収は断念するという方
式が採用されています。また、投下資本の利潤が確定して初めて利率が計算で きるという建前を取っているので、年度末に利率を決めることになっています
が、実際には予測と称して事前に利率を知らせることもあります。)

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アラブの商人のことを知ると、

こんな音楽や、こんな映画・・

こんな本や、こんな絵画・・に、触れるときの 味わい深さが変わってきますね~ラブラブ


the caravan 


アズールとアズマール

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マイケルジャクソンの愛読書

$☆Dancing the Dream ☆
平山郁夫 シルクロード

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イスラム金融Q&A

> 共同事業者として他人に喜捨する?という建前なんでしょうか。

「共同事業者」というのは、建前以上の意味があるみたいです。
なんとなれば、イスラム銀行は相手を(普通の意味では融資先を)
選ぶからです。

わかりやすい例だと、イスラムだから、養豚場にはお金を出さない(笑)。
いや、ほんとです。もうひとつ、利子を取ってるやつ(たとえば、
あるとすれば、サラ金なんか)には、やっぱりお金を出さない訳です。

ただ単にお金を渡しておまかせ、ではトンネル会社だったりして、
イスラム的には不本意なところに金が回ってしまうかも知れません。
「共同事業者」なれば、そうはいかない。

もう少し具体的な例でいうと、
ある会社が航空会社をやりたい。普通はその会社が銀行からお金を借りて、
元金+利子を返します。イスラム銀行の場合は、お金を渡すのではなしに、
イスラム銀行がかわりに飛行機をかって、それを会社にリースする(笑)。
つまり、極端に言うとモノで貸す訳ですね。
モノだから、ただ置いておいても自己増殖して増えたりしない。
きちんとモノを使って労働して、それで利益が出る。
儲からないかも知れないけど、そしたらしょうがない。
儲かったら払ってくれ、という感じです。

この「モノをからめる」というのと、「関係あってのお金」というのが、
地域通貨マインドっぽくて、その方面でも注目されているのです。



> イスラム銀行というシステムのもとでは
> ヘッジファンドのような“マネーゲーム”は起きないのですかね。
> そのへん実際的にはどうなんでしょうか。

すくなくとも、あらゆる金貸しがイスラム銀行になると、
マネーゲームはできなくなるのだと思います。
マネーゲームやるところにはイスラム銀行は金を渡さないし、
第一、金の形で渡さないので(笑)。

いわゆるマネーゲームの発端が、
イスラム諸国のオイル・ダラーが、ヨーロッパの銀行に流れ込んだことだと
思うと、とっても皮肉なことですが。

あるとき、金融先進地ロンドンのシティの金融当局者は
「イスラム・バンクのように相手を見て金を貸す、貸さないというのはだめだ。
それはウェスタン・バンク(西洋諸国の銀行)の基準に合わない」と文句を付けました。
何年かもめたあと、とあるサウジアラビアのイスラム銀行は、
お金を預金者に全部返してさっさと撤退してしまいました(笑)。
しかし、ただでは転ばぬイスラム銀行。

それならば、とウェスタン・バンクを買収して、
これをイスラム風に変えてしまおうとしているそうです。
その会議をレバノンあたりでやっていて、そこにはエジプト、スーダンなどから
イスラムの賢者が集まって侃々諤々やってるのだそうです。