
Note 2
Tohmey away from my $ now(※名前のスペルミス?Tohmey = Dr. Tohme Tohme)
no contact
where's my "house"
Phillips is conflict
Where's money for 50 shows
トーメを僕のお金から離す 今すぐ
密着はダメ
僕の「家」はどこにある?
フィリップとは対立
50回のショーのためのお金はどこにある?
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マイケルは、やはり、トーメを信用していなかったのですね。
自分のマネージャー信頼をできず、パートナーのAEGのランディ・フィリップとも
敵対する感覚をもって、進められていた「This is it」の内幕は、
どれほど戦々恐々としていたことでしょう?
ネヴァランも警察の家宅捜査で荒らされ、
もう我が家とは呼べないものになっていたマイケル。
トーメに、ネヴァランの家財までオークションにかけられそうになっちゃってた。。
「家」と言える落ち着く場所がなかったのですよね。
50回のショーのためのお金?・・ないの?
「TII」のチケット販売の、漏れ伝わる、買占め、高額転売など、
黒い状況を思い出しますね。
ショーの興行の資金繰りの舞台裏って、全体の運営資金が、すべて前もって用意されているとばかりは言えなくて、チケットの前売りを、当てたりもするのですよね?
マイケルが怒っていた、ドンキングが仕切ったジャクソンズのショーのチケット販売の阿漕なやり方―で学びました。マイケルは、プロモーターがチケットの前金を貯め込むケースがあるので、チケットを実際に手にするまではお金を支払わなくても良いようにしたいと言ってましたね。
いずれにしても、安心してショーに打ち込める状況ではなかったことが伺えます。
Dr.トーメトーメ
トーメトーメという人物は、アラブ世界の裕福なビジネスマンであり、医学博士、セネガルからきた大使(ambassador)と言われている。
しかし、セネガル大使館によると、“We have never heard of him.” ということであり、また、the “doctor”isn't licensed to practice medicine.ということなのだそうだ。つまり、医者でも大使でもないとされ、Nation of Islamに関わる者だとも言われるが、本人は否定している。 彼自身は、自分を称して“I’m a self-made man. I’m in the world of finance.たたき上げの男であり、金融の世界の人間だ”と言う。
彼はレバノン出身で、中東では珍しくない名前、 toh-MAY’と発音するダブルネームを使っている。 マイケルの晩年に、マネージャーとなったトーメは、実に謎の多い人物なのだ。
また、トーメ氏が、マイケルに関わるようになる背景には、複雑な事情がある。
その経緯は、時代を90年代後半にまで遡らなければならない。
MJとソニーとの契約は、1000億円規模の長期契約。アルバムいくつ、などの単位で契約し、契約期間満了前にソニーを去るなら、莫大な違約金を払わなくてはならない。
契約は秘密なので詳細は不明だが、マイケルは、彼の経済的背骨になっているSony/ATVの版権を所持したまま、ソニーから去り、映画製作の道を歩むことを画策していた。
一方、ソニーは、マイケルジャクソンもビートルズ版権も、という、どちらに転んでも負けなしの構図を巧妙に作り上げ、合理的に経済活動を推進しようとし、90年代後半、両者の関係悪化、激しく対立することとなった。
版権問題に絡み、ソニーは、マイケルの音楽活動に非協力&妨害の体制をとる。ソニー側がinvincivelのプロモを早急に打ち切った。そのため、売上が伸び悩んだこと、また、スリラーのデジタルリマスター化に巨額の投資が要ったことから、マイケルは、ソニーに負債を負い、その担保にビートルズ版権をおさえられていた。
さらに、ユダヤ人奇術師、元イスラエル諜報特務庁でスパイ活動を行っていたと言われるユリゲラーが、秘密裏に紹介料を取ってバシールにマイケルを売り、バシールが制作したドキュメンタリー『マイケル・ジャクソンの真実』から、マイケルが援助した白血病の少年との関わりにおいて、2003年児童性的虐待の容疑がかけられ、裁判へ発展。
これには莫大な裁判費用が掛かり、マイケルは経済的に非常に圧迫されたと言われる。
そして、マイケルは、「ネバーランド」を担保にローンをフォートレス(ヘッジファンド)へ切り替えた。ソニーがこの取引を補助し、Sony/ATV半分を買収できる権利を確保したとされる。これには、現在のエステート管財人でもあるJブランカが介在した。その後、業務管理はソニーに移行。そして、ネヴァーランドは、マイケルの手から離れる寸前の危機的状況に陥っていた。
ジャー兄は、ネヴァーランドを救う手助けとなる人物として、マイケルにトーメトーメを引き会わせた。トーメトーメを介して、さらにマイケルにトーメの個人的友人トム・バラックを引き合わした。
トーメトーメは、ジャー兄の妻ハリマのいとこであり、バラックの縁戚とも言われ、また、70年代には、AEGのランディフィリップスの姉妹ジャネットフィリップスの元夫であったという。
そして、バラックのコロニー・キャピタルが、フォートレスよりローンを買い取り、ネヴァランは競売を免れた。
これによって、トーメトーメは、マイケルのマネージャーになり、さらにネヴァーランドの所持品を競売にかけようとした。しかし、これは、マイケルに阻止される。
バラックは、AEG(アンシュツ社長)に、マイケルのカムバックのショーについての打診をした。
O2アリーナはアンシュツが買収済であった。
AEGコンサート部門CEOランディ・フィリップは、07年よりMJをマークしていたが、
契約は拒否されていた。
アンシュツの指示でO2アリーナでの「TII」企画。マイケルの健康状態が良くないことや、
公演日程や回数などの変更が発表になるなど、不安定な状況が垣間見られた。
そして、「TII」初日を目前にして、マイケルは、謎の死を遂げた。
02年に書かれた遺言書が有効となり、州判事の裁定によって、マイケルの遺産管理会社Estate of Michael Jacksonは、マイケルの死の1週間程前に弁護士契約を得て返り咲いていたジョンブランカ、そして音楽エグゼキュティブで家族の友人であるジョンマクレインが執行人を務めることとなる。
2010年、マイケルの遺産を管理しているエステートとソニー・ミュージックは、マイケルの未発表音源を中心に向こう7年にわたり発売することで、約2億ドルの契約を交わし、エステート側は7年で10枚のアルバム分の作品をソニーに渡す。
マイケルが録音していた膨大な未発表曲の音源の発売権をソニーが獲得したということになるが、これは、生前のマイケルが、ソニーから独立し自由になろうとしたことを思うと皮肉な結末と言える。
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ちょっと長くなるので、②については、つづく。。