「アラバマ物語」の中のマイケル② | ☆Dancing the Dream ☆

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 前記事「アラバマ物語」の中のマイケル①・・のつづきです♪
映画監督になることを熱望していたマイケルが、
特別に愛した映画「アラバマ物語」。

マイケルジャクソンという存在を、頭の隅に置いて
改めて、「アラバマ物語」を見てみると・・

この映画に登場する主要なキャラクターたちそれぞれが、
マイケルジャクソンに見えてくる。。というお話しを①ではしてきました。

不思議なほどに、◆アティカス ◆黒人のトム ◆ブー・・
これらの人物像が、マイケルジャクソンというパーソナリティーの一部のように感じられ、
作中の彼らの人生が、マイケルの実人生と見事にオーバーラップすることに
驚かされます!
「人の何倍も生きた」・・とは、こういうことを言うのかもしれない。。
そう思わずにいられません。

さて、今日は、「アラバマ物語」のスカウトのお話しです。

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◆小さなヒロイン、スカウト。
スカウトは、『アラバマ物語』の主人公アティカスの愛娘です。
お転婆で率直で賢い少女。
男の子のように活発で、喧嘩っ早いけれど、
とても心根の優しい純粋な子供です。

物心つく前に母親を亡くしていますが、
思慮深い弁護士の父、面倒見の良い兄、
また、アティカスから信頼され遠慮なく子供たちを叱る、しっかり者の黒人家政婦と共に
貧しくも長閑なアメリカ南部のアラバマの村に暮らしています。

彼女は、映画のオープニングシーンが象徴するような、
まだ、秘密の宝箱そのものの「子供時代」を生きているのです。




『アラバマ物語』のスカウト

スカウトを演じたメアリー・バダムは、全く演技の経験はなく、
オーディションで選ばれた子役で、
後に『サタデー・ナイト・フィーバー』で知られるようになった
ジョン・バダム監督の実妹なのだそうです。

このオーバーオール姿がよく似合う、金髪のおかっぱ頭の女の子。。
・・・・????こんな子をどこかで、観たことがあるような。。。?
とても良く似た子を!

そして、思い出しましたよ!!
『Paper Moon』のアディを!!!
テータム・オニールが演じたあのアディです!
彼女らは、とっても良く似ている! ほんとうにソックリ!!

アディといえば、テータム・オニール!テータム・オニールと言えばアディ!
そう言えるほど、アディ役は、テータムにとって、実の父のライアンと親子を演じた
彼女の原点ですよね!

メアリー・バダムは、1962年、10歳と141日で『アラバマ物語』のスカウト役で、
助演女優賞にノミネートされ、その12年後、
1974年にテータム・オニールが、『Paper Moon』のアディ役で、
10歳と106日で受賞するまでこの分野における最年少ノミネートだったということです。


『ペーパームーン』のアディ

さぁ、マイケルは、『アラバマ物語』の小さなヒロインを、
どんな気持ちで見ていたのでしょう?
決して自分には持つことができなかった夢のような子供時代を思い切り楽しむスカウトを、
眩しく愛おしく、夢の友だちを見るような思いで見ていたでしょうか?!
きっと、アディ役のテータムの姿も印象深く心に残していたことでしょうね。

また、一方で、
役の外での彼女らは、彼自身と同じチャイルドスターでもあった訳ですから、
マイケルが、仮に、虚実皮膜の世界を微睡むような特別な感情移入をしたとしても、
まったく不思議ではありません。

そして、虚実皮膜のスクリーンの世界のヒロインは、ある日、
彼の目の前に現れます。
アラバマ物語のスカウトによく似た、ペーパームーンのアディを演じた
テータムは、マイケルの初恋の人になったのです。

ペーパームーンの1年後、12歳のテータムと、17歳のマイケルは、
ロスのサンセット道のJ・ニコルソンが経営する「On the Rox」というディスコで
初めて出会います。
ちょうど、マイケルが『Forever Michael』の変声期に入った歌声で、
名曲「One day in your life」を歌った頃ですね!



マイケルの心の中に住む永遠の誰かは、
いつも、「Girl」であり、「Baby」でしたよね?
もしかしたら、それは、
スカウトやアディのような娘なんじゃないかしらね?

彼女らは、決して、大人に制御されたお人形のような
品の良い「良い子ちゃん」ではありませんが、
なにより、ありのままなのです。
スカウトは、男の子とケンカをして組み伏したり、
アディは、タバコを吸ったり。。
でも、これは、子供たちの愛を求めるサインなのです。

そう言えば・・マイケルは、ずっとずっと、
リサの7歳の頃の写真をベッドサイドに飾っていたのでしたよね?
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さて、こんな風に言うと・・やっぱり、マイケルジャクソンは小児性愛者なんじゃないの?
などど、あらぬ誤解を受けそうですが、
決してそうではないのです。

マイケルは、一貫して、
誰の内側にも「純粋な子供」が眠っている・・と言ってきました。

「純粋な子供」とは、愛そのもの。
例えば、親子愛や兄弟愛、隣人愛や友情、男女の愛、性愛も、
本当は、「純粋な子供」という愛の主体から生まれる
さまざまな情愛なのかもしれません。
そして、マイケルは、
私たち皆の中に存在する、愛そのものの「純粋な子供」が、
全てを「one」にする力があると信じていたのです。

マイケルは、いつも、人と触れ合う時、
その人の「純粋な子供」を、透視していたのではないでしょうか?

彼が愛したピーターパンが初登場するJ・バリの「小さな白い鳥」の中で、
母親は、夜、子供を寝かしつけるとき、毎晩、純粋な澄んだ瞳に見つめられ、
その日犯した罪を見透かされるように感じ、まるで、神の前にいるように、
その瞳の前では、一日の懺悔し、心を洗い清めずにはいられない―
というようなシーンがありますが、、
マイケルも、「小さな白い鳥」の子供の眼差しのような神通力で
人を見ていたのではないでしょうか?

きっと、マイケルには、リサの中にいる、7歳の少女が見えていたのでしょう。
彼女の本質を映し出した少女の写真に、
マイケルは「純粋な子供=愛」を感じていたのですね。
ですから、リサの少女の頃の写真を飾ることは、少しもおかしいことではありません。

いわば、枕元に、マリア様やキリストの絵を飾るのと変わらないのです。
J・バリが、表したように、「子供は、まるで神さまのよう」なのですから。