エンデのファーストネームは、ドイツ語で、ミヒャエルと読みますが、
Michael・・殿と同じ名なのです。
もう、このブログを長く読んで下さっている皆さんには、
すっかりお見通しだとは思いますが、
我が殿、Michael Jacksonと
私のアンテナにひっかかってくるあらゆるものの共通点をみつけ
それらが心の中で響きあうのを楽しむのが好きなのです。
これが、私の趣味のひとつなのです~^^
たとえば・・
エンデの立派な、茜色の布張りの本、『はてしない物語』の
ファンタージエンの女王「幼ごころの君」。
このお姫さまは、日本語訳では「幼ごころの君」ですが、
別名「望みを統べたもう金の瞳の君」とも呼ばれ、
原文のドイツ語では、この別名を、Goldäugige Gebieterin der Wünscheといい、
Goldäugige(Gold=金色のäugige=目) Gebieterin(愛人)Wünsche(願望)ですから、
直訳すると「金色の瞳の希望の愛しい人」という感じになります。
主人公のバスチアンは、この病気で弱っているお姫さまに名前をあげることで、
虚偽に覆われていくファンタージエンを救います。
彼が名付けた名は「Monde kind(独)/Moon Child(英)月の子供」。
まったく、この「幼ごころの君」と
マイケル作品の中で語られる、自分自身の心の中の「My baby」は、
きっと、一緒に歌を歌いダンスをすれば、素敵なハーモニーが、すぐに生まれて来る
おなじ成分でできたような存在なのではないかと思うのです

つまり、「金色の光の希望」という成分で!ヾ(@^▽^@)ノ
それは、もちろん
私の心の中にも、あなたの心の中にもいるのです。
彼らのように、名前をつけて呼んでみるのもいいかもしれませんね(°∀°)b
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さてさて、本題!
今日は、エンデの「お金と時間」についてのお話しです!
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「時間をケチケチすることで、
ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、
だれひとり気がついていないようでした。
じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、
日ごとに冷たくなっていることを、だれひとりみとめようとはしませんでした。
でも、それをはっきり感じはじめていたのは、子どもたちでした。というのは
、
子どもにかまってくれる時間のあるおとなが、
もうひとりもいなくなってしまったからです。
けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。
そして人のいのちは心を住みかとしているのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。」
「遊びを決めるのは監督のおとなで、
しかもその遊びときたら、
なにか役に立つことを、
おぼえさせるためのものばかりです。
こうして子どもたちは、
ほかのあることを忘れてゆきました。
ほかのあること、つまりそれは、
たのしいと思うこと、
むちゅうになること、夢見ることです。」
「しだいにしだいに子どもたちは、
小さな時間貯蓄家といった、
顔つきになってきました。
やれと命じられたことを、いやいやながら、
おもしろくもなさそうに、
ふくれっつらでやります。
そしてじぶんたちの好きなように、
していいと言われると、
こんどはなにをしたらいいか、
ぜんぜんわからないのです。」 ―『 momo 』 Michael Ende