初夏になって、「ピカケ」という香りのアロマがお気に入りです❤
ピカケ(Pikake)とは、マツリカという花のハワイ語の名です。
ピカケは英名をアラビアン・ジャスミンと言い、ジャスミンの仲間でもあります。
ピカケという名は、英語のpeacockを
ハワイ語読みしたものなのですが・・
この花が「孔雀」と呼ばれるのは、なぜなのでしょう?
それは、ひとりの美しいハワイ王朝のお姫さま、
23歳の若さで亡くなったカイウラニの伝説に因んでつけられた名なのです。
カイウラニ王女は、たいそう孔雀を好み、
また、香り高い花を庭中に咲かせ、ことのほかジャスミンを愛しました。
彼女はいつもジャスミンの香りを漂わせていたと言います。
やがて、花の香りを残してこの世を去った彼女を忍び、
ハワイでは、この花を「ピカケ(孔雀)」と呼ぶようになりました。
【ハワイ王国の滅亡】
アメリカ合衆国からの入植者が増え、サトウキビ栽培や輸出などによって経済的にも力をつけはじめると、より親米的な政治を求める声が特に経済界から強くなった。
1887年にクーデターが起こり、カラカウアは修正憲法(銃剣憲法=「ホノルル・ライフルズ」という白人市民の義勇軍によって、銃剣を突き付けられ武力によって調印させられた)の成立を承認せざるを得なくなったが、この修正憲法によって国王の権限は制限され、ハワイ王国は対米従属を余儀なくされた。
ハワイ王国の滅亡はこれに始まる。
1898年、時のアメリカ合衆国大統領ウィリアム・マッキンリーはハワイのアメリカ合衆国領への編入を宣言し、同日、イオラニ宮殿に掲げられていたハワイ王国国旗が降ろされて星条旗が揚げられた。この時、古来のハワイ住民らは悲しみの声をあげたという。
これによりハワイはアメリカ合衆国の準州として編入され、
王国の約100年間の歴史は完全に幕を閉じた。
カラカウア王の妹リケリケの娘が、カイウラニだということです。
暫定政府が樹立したおり、英国留学していたカイウラニは、
クリーブランド大統領夫妻と面会し、カイクラニから事情を聞いた大統領は、
正式に徹底調査する旨約束してくれたのです。
カイウラニ18歳のときのことでした。



