Death For Life  | ☆Dancing the Dream ☆

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Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆




玉三郎とジョルジュ・ドンが踊った演目に「Death For Life」というのがある。。

「Death For Life」「生きる為の死」・・

この言葉には、玉三郎の死生観が現れているように思います。


京都賞受賞のときの玉三郎の講演。。これを聴くと・・

マイケルと通じるものを感じるんですよね。。




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最近、エドワード・ゴーリーの影響から、
読み漁るモノら。。
fitする~~~~*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



「いかにもわれわれ人間は、不愉快な世界のなかで、
貪欲と力の限りを尽くしてたがいに相手を打ち負かさなければならない有機体だ。
だが、どんな有機体にせよ、その敵や犠牲者といっしょになって、
この世界の一部分を構成しているのであり、
そして、この世界の子供なのだ。
おそらくどの有機体も、自分たちが考えているほどには
自分の敵や犠牲者から分かたれてもいず、独立してもいないのだろう」
                           『特性のない男』-ロベルト・ムージル


「世界の不協和音は、愛しあう者どうしのいさかいに似ている。
和解は、その争いのさなかにある。
そして別れ別れになったものはすべてまためぐりあうのだ。
血管は心臓で別れてまた心臓へ帰る。
そしていっさいは、一なる、永遠の、灼熱している生命なのだ」
                           『ヒュペーリオン』-ヘルダーリン


「わたしは、ひとりのギリシアの少女としてよろこんで死ぬことができます。
 そのくらいには、この言葉の意味を理解しております。
「取るに足りない自分たちのこしらえ物のほかには何も知らず、
 欠乏にばかり奉仕して自然の本性をさげすみ、
 そして、子供のような自然の生命を敬わない哀れな人たちは、
 死にのぞんで恐れおののくかもしれません。
 かれらの首かせがかれらの世界です。
 自分たちの奴隷仕事よりましなものを知らず、
 それゆえ死がわたしたちに与える神々のような自由を恐れるのです。
「しかしわたしはそうではありません。
 わたしは、人間たちの手で作られたつぎはぎ細工に心をわずらわされなくなりました。
 わたしは、あらゆる思念よりも高い自然の生命を感ずることができるようになりました。
 ――たとえわたしが死んでも、草木になったとしても、
 その損失はそれほど大きいでしょうか。
 ――わたしは存在するでしょう。
 どうしてわたしが、生命の大きい環のうちからなくなってしまうことがありましょう。
 そこでは、すべてのものに共通な永遠の愛が自然界のすべてのものを
 ひとつにまとめているではありませんか。
 どうしてわたしが、あらゆる存在を結びつけている同盟から
 離れるということがありましょう。
 その同盟はそうたやすくは破れません。
 現代の人間たちのしまりのない結合とはちがいます。
 群集が群れ集まって騒いだあげく、
 また散らばってゆく市の日のようなものではありません。
 わたしたちをひとつに結びつけている精神にかけて、
 めいめいに、そして万人に共通な神の霊にかけて、そう申せます。
 いいえ、自然の結合のなかでは、誠実は決して夢ではありません。
 わたしたちがおたがいに別れるのは、いっそう親密に結びあうため、
 そしてわたしたちがおたがいに結びあうためです。
 わたしたちは、生きるために死ぬのです。」                                          
                    『ヒュペーリオン』ディオティーマの最後の手紙



そして、、
玉三郎の鷺娘。。







怖ろしくも美しい
義太夫 大蛇・・・