゚*☆* ドビュッシーとマイケル *☆*゚ | ☆Dancing the Dream ☆

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  クロード・ドビュッシー             マイケル・ジャクソン
   Claude Debussy               Michael Jackson
   1862年8月22日生まれ            1958年8月29日生まれ



マイケルジャクソンが、常に最も愛した音楽としてあげたのは、
ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」でした。
「パーン神が、ニンフに欲情する…犬?原始の性」を描いた曲ですねぇ。
私は、マイケルの代表曲「ビリージーン」に同じ系譜の「痺れ」を感じますよ恋の矢
ニジンスキーの「牧神の午後」のパーンも永遠ですが、
マイケルの「ビリジン」も、(ピーター)パーン神の、謎めいた原始の性エネルギーに満ちて、永遠に時代を超えていくことでしょうね。

さて、今年は、ドビュッシーの生誕150年にあたる年です。
マイケルより96年も前に生まれ、二人は、時を隔て、人種も生まれた場所も全く異なりますがますが…
ドビュッシーとマイケルは、お誕生日が一週間しか違わないのね。ベル
そして、なぜか、彼らはとてもよく似た人生を辿っているんです。

ドビュッシは、貧しい家庭の子として、パリ近郊のサン・ジェルマン・アン・レに生まれます。父親は職を転々として生活は安定しなかったのです。
弟は小さい時からぐれており、ドビュッシーは内気な子でした。
伯母がカンヌにおり、生活も裕福だったので、ドビュッシー一家は、時々カンヌの伯母の家に身を寄せてました。
ドビュッシーが8歳の時に、普仏戦争が起こりフランスは大敗して、社会は混乱します。ドビュッシーの父親は労働者の反乱軍として戦い、政府軍に一年ほど投獄されてしまいます。そのような状況から、ドビュッシーは小学校教育を受ける機会を失ってしまいました。マイケルと同じように幸福な子供時代がなかったのですね。汗

ただ、伯母の家にいる時にピアノの手ほどきを受けることが出来たのです。詩人ヴェルレーヌの義母にあたるモォテ夫人が、パリ・コミューンで父親を知っており、ドビュッシーのピアノを見てくれたのです。モォテ夫人は、ドビュッシーの音楽の才能を見抜くと、パリでドビュッシーに本格的なレッスンをうけさせます。
めざましく上達し、なんと一年後パリ音楽院(コンセルヴァトアール)に10歳で選抜試験に受かり、目出度く入学を果たします。
おお!マイケルが、モータウンに入ったのと同じ年頃!!目

優秀な成績を収めていましたが、貧しかったドビュッシーは、ピアノを教えて稼がなければならなりませんでした。18歳の時モロー・サンティ夫人の声楽サロンのピアニストになり、そこで夫が裁判所の書記をしているヴァニエ夫人と知遇を得ます。
ドビュッシーの才能にひかれたヴェニエ夫妻は、ドビュッシーに勉強部屋を与えて、物心両面でドビュッシーに便宜を図るのです。ヴェニエ夫人は美しいソプラノの持ち主で魅力的な女性。ドビュッシーは、ヴェニエ家の蔵書で詩歌を読み、それに音楽をつけてヴェニエ夫人に贈ったのですと。。
ドビュッシーは、夫人に恋をしていたのですねニコニコ 
まるで、マイコーと、ゴーディとダイアナの人間模様ですな。。Σ(・ω・ノ)ノ!

ドビュッシーは、音楽だけでなく文学や絵画にもひかれ、
当時フランスで盛んであった象徴派の詩歌に、たいへん関心を抱き、
象徴派の詩人と広く交友することになります。
ボードレール、ヴェルレーヌ、マラルメと言った詩人達が、詩歌の余韻、
響き音楽性を重視したように、ドビュッシーも、従来の音楽の規則を超え、
これを、何とか音楽で表現することを考えたのです。
また印象派の画家がそうしたように、対象物から受ける余韻を音楽に
表現しようとしました。
つまり、ドビュッシーは、ワグニズムが象徴する保守的アカデミー芸術から脱し、
新たな芸術を創造する革新者だったのです。
そして、20世紀初頭の現代音楽の騎手になっていきました。
マイケルも、あらゆる分野の名人に学び、音楽と芸術的な映像を融合させ、
革新的なエンターテイメントを創り上げました。
彼の総合芸術は、人種の壁を超え、音楽のジャンルを超え、King of popと呼ばれ広く愛されました。


人生ばかりでなく、二人は、創った音楽のテーマも
かなりシンクロしちゃってるんですよね。。


夏の風の神、パーンに祈るために Pour invoquer Pan, dieu du vent d'été 1914年

ドビュッシーさん、夏の終わりのこの季節。。
あなたの曾々孫のような…
風の神、パーン…マイケルが、街を、原を、海を吹き過ぎていくのがみえます。風



白と黒で En Blanc et Noir 1915年

おお!「Black or White」思い出します。
と言っても、ドビュッシーさんの「白と黒で」はピアノの鍵盤でしたね。。
でも、3つの各章に添えられた詩を見ると、共通性もありますねぇ叫び



エジプト女のために Pour l'Egyptienne 1914年

これは、これは…「りメンバーザタイム」( ´艸`)
砂嵐に埋もれた悠久の「時」、古代文明の幻影が立ち昇ってきます。ー



月の光 clair de lune 1891年

この曲を聴きながら、マイケルは、月光浴をしたことでしょう。。
蒼い影を落として 月光の元でムーンウォーク…
想像するとなんとも 神秘的な光景です。。*:..。o○☆


牧神の午後への前奏曲 (Prélude à l'Après-midi d'un faune 1892年-1894年

目覚めたばかりの若い半人半獣神、パーン。。
痙攣する恍惚…
言葉がないです。。ニジンスキーは天才叫び
(実際に躍っているのはヌレエフです。)

では、偉大な歴史の芸術を全身で吸収し、Re-creationした
マイケルの真骨頂!ビリージーンをどうぞーーークラッカー