どんなに
凹んだ時でも
なんだか気持ちが晴れない時でも
こんなに最悪の画質でも~~
これを見ると どうにもこうにも、一緒に笑わずにはいられない
私の笑顔の特効薬ビデオ
…が、コレです

↓ヒスツアの日本公演直前のマニラでのインタですねーー


32公演目 12.08 マニラ アジア・ワールド フィリピン
33公演目 12.10 マニラ アジア・ワールド
34公演目 12.13 東京 東京ドーム 日本
そして、マイケルエンジェルは、マニラ公演の前日
1996年12月7日、こんな心温まる人間性の滲み出たエピソードを残しています。
I LOVE YOU MICHAEL JACKSON~~~



==============▼source The Philippine Starより
私は、マニラのホテルで広報担当をしていた際、
マニラ首都圏近郊の異なる孤児院から、300名の子どもを迎え、
年に一度開催される、楽しく、サプライズなクリスマスパーティーの為に、
チーフという職を任されました。
このクリスマス・パーティーは、
私の行ったプロジェクトの中でも、最も、大きな仕事のひとつでした
私は・・・
ホテルにマイケル・ジャクソンが宿泊する事を知りました。
そして、まるで、ビッグオイベントの前日に照準を合わせたかのような、
そんなチャンスに遭遇したのです。
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クリスマスパーティーの前日、
マイケルの側近を名乗る男性が、オフィスにやって来ました。
マイケルは、1週間前に、私たちホテル側がホテルの各部屋に置いた
宿泊ゲスト向けの、イベント告知のチラシを読み、イベント担当者を探してました。
マイケルは、
彼にも何か手伝えることはないかしら・・・と、
その事を知りたかったのです。
私たちが詳細を知らせると、
マイケルの側近は、マイケルの滞在していたホテルの最上階と、
広報のオフィスとの間を、何度も行き来し、
やがて、マイケルは、
グッズやおもちゃ、キャンディー、チョコレートをいっぱいに詰めた、
300個の袋を提供する事を、申し出ました。
けれど私たちは、既に50のスポンサーを獲得しており、
それらを切り捨てる事には、問題があったのです。
”どうしたら、意義ある形で、
キング・オブ・ポップが行事に参加することができるかしら・・・?”
きっと、もみくちゃにされてしまうから
子どもたちと一緒に、palayok や pabitin といったゲームで遊ぶのは無理だし・・・
イベントでは、何もかも与えるという事が毎年の恒例となっていましたので・・・
私は、・・・勇気を振り絞って
マイケルがプレゼントの袋を配り、サインをし、子どもたちと一緒に写真を撮る
それがそっくりそのまま、支援につながる・・・という事を、側近の男性に伝えました。
すると、
”わぁ・・・
それは難しいかもしれないな・・・
君の話では、子ども300人にプレゼントの袋を渡すと言うし、
混乱は目に見えています。
まあ、わかしました
また、返事をしますね” ・・・ と、彼は言いました。
生涯で 最も慌しいお昼の休憩をとった私の元、
5時過ぎには、側近が戻ってきて、言いました。
”マイケルはあなたの提案を、何よりも喜んでいます。
私たちは、明日はどのようにしたら良いのですか?” ・・・ と。
私は叫びだしたい気持ちでした。
自分を落ち着かせなくてはなりませんでした・・・
私は、リジー・マグワイアのように、平静を取り戻そうと
”これは現実よ 現実をしっかり見つめるのよ”
・・・っと、自らに言い聞かせ、
マイケルには、
ゲーム、音楽、おやつといったプログラムの終了後に参加をしてもらい
最後に、プレゼントの袋を贈ってもらうという事で、同意を得ました。
子どもたちが整然と、確実に並べるよう、
プレゼントを配ることに決めた場所となる、
庭と、ステージ周辺には、セキュリティーの追加を要請しました。
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その時がやって来ました。
1996年12月7日、シャンパーニュガーデンでのことです。。。
彼が側近に導かれ、
私たちの方に向かって歩いてくるのが見え、驚きました
彼、マイケルは簡単な用件を伝えに、私のところへやって来ました。
”どうも、こんにちは
参加させていただいて、本当にありがとうございます
プログラムを見逃したくなかったものですから、早いのですが・・・・・”
”とんでもありません。
ご支援いただき、本当にありがとうございました。
マイケル、プレゼントを渡していただくまで、
こちらに座って、どうぞミュージカルや歌をご覧下さいね
私どもは、ほんの少しプログラムを調整して参りますので” ・・・私がこのように言うと、
彼は、
”わかりました。
何なりと、あなたの仰るように・・・
(彼は、私の名札で視線を止め) グウェン!”・・・と、答えました。
私は、なんて優しく、控えめな人なのかしらと、驚きました。
そして、
”オー 神さま
これは実際に起こっていることなのですね!” ・・・ と心に思いました。
驚いた事に、彼は全てのプログラムの間、根気良く座っていました。
Ang TV の大黒柱、Carol Banawa”のパフォーマンスを
MJが観ていたなんて、信じられませんでした。
彼女は、歌い終わると、
着ていた赤いドレスにサインをもらいました。
続く、Stefano Mori”のダンスナンバーの後、
様々な孤児院から選ばれた子どもたちが、
ビリージーンにあわせて踊るのを、
彼のバックダンサーや、シンガーが、ステージに上がって応援しました。
”あぁ、その時のマイケルの笑顔は、本当に素晴らしいものでした。”
その後、マイケルがステージ上でプレゼントを配ってくれるという事を発表しました。
プレゼントには、小さな子どもたち用のものと、
大きな子たちのものとがある事を彼に説明すると、彼はうなづきました。
彼が、プレゼントを配ってくれるというスリルと興奮で、
子どもたちは、信じられいほどにザワついていました。
そのプレゼントを配る間、私は、パフォーマーとしてではない、
ひとりの人間としてのMJを、垣間見る事となったのです。
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時間は午後の1時。
広報担当者の友人扮するサンタクロースも、
私たちと一緒にいました。
酷い暑さでした。
私は、黒い長袖を着て、帽子・・・
と、いういでたちでサインをするマイケルが心配になり、
”大丈夫ですか マイケル? 休憩を取りましょうか?”・・・と、尋ねると、
彼は
”僕は涼しいですよグウェン。
サンタが、ベルベットのスーツにあごひげなのを思い浮かべました
僕たちも大丈夫ですよ” ・・・ と答えました。
彼は、どんなに列が長くても、どんな暑くてもそれを口にしたり、
不満を言う事は、一切しませんでした。
彼は最上級の素晴らしいマナーを、心得ていました。
飲み物、汗を拭くためのタオルも、彼は要求する事すらしませんでしたが
新鮮なオレンジジュースをスタッフの一人が薦めました。
1時間ほどプレゼントを配る中、気づくと
KING OF POPを一目見ようと、
披露宴をしていた者を含む、メディア、政治家、官僚やホテルの宿泊客などで
庭は溢れかえっていました。
”あぁ・・・こんな予定ではありませんでしたのに
申し訳ありません” 私が言うと、
”大丈夫ですよ。
やり抜きましょう”・・・っと、マイケルは笑いながら言いました。
11歳の孤児に、最後のプレゼントを配り終えたところ、
新たに、今まで以上に多くの子どもと大人からから成る行列ができていました。
”私たちは帰ります”・・・という、マイケルのガードマン、ウェインに、
マイケルは、
”みんながまだ並んでいるのに、僕らが帰る事はできない
クリスマスなんだよ”・・・と、静かに答えました。
私の鼓動はドキドキと脈打ち、腕や首の後ろに鳥肌が立ちました。
彼は最高の感動を呼ぶパフォーマーなだけではなく、
最高に寛大な人だったのです。
最も記憶に残る瞬間は、彼のサインを求め女性がやってきた時です
彼はおなかを抱えて、笑い出しました
”ねえ グウェン、これ見てよ” ・・・ 彼はささやきました。
”金額欄が空白の小切手だよ
彼女は僕に小切手にサインさせようとしてるよ”
私たちは大笑いしました。
ある女性は、フィリピンのデザイナーによるガウンの背中にサインをしてもらい、
ある若者は、枯葉を持って、またある人は、割れた風船をもって・・・。
私たちの堪えきれない笑いを想像してみてください。
本当に素晴らしい経験でした。
”明日、あなたのHIStory Tourを見に伺う予定です。” 私が伝えると
”わぁ 楽しいときを過ごして下さいね”・・・と、マイケルは言いました。
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大人の人数が子どもをはるかに越えた時点で
彼は、ステージのことが心配になりました。
彼の顔に緊張の色が浮かびましたが、
その懸念を口にする事はありませんでした。
彼は、彼自身の足で数回、床板を踏みたらし、
床が崩れないかを確認すると、
”僕は、ステージの崩落という事を経験した事があって・・・、
この場のみんなの安全を、ちょっと確認したかったんです”
・・・と、彼は説明しました。
文字通り(あつくて)溶けてしまいそうだったし、
安全面も心配だったので、私は、列の途中で終わってしまいたかった。
けれど、その行列の終わってしまったら
マイケルが去ってしまう事はわかっていましたから・・・。
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ある時点で、行列は終わりの時を迎えました。
私用、そして私の姉妹のためのサインもしてもらい
私どものゼネラルマネージャである、クレム・パブロは、
”Give Love on Christmas Day”の歌を歌ってくれるよう・・・、
彼にリクエストをしました。
ホテルの関係者であったセザールは、
感謝を記したカードをKING OF POPに宛てました。
その後、私は彼の警備と秘書とが、
マイケルをステージから降ろすのを見ました。
私は心の中で
”いやよ
私は、さよならを言うチャンスさえなかった・・・”思いました
・・・っと、突然・・・
ステージに戻るマイケルが見え、私に言ったのです・・・。
”グウェン、あなたと、貴方のスタッフには本当に感謝をしています。
これは、本当に、多いに意義あるものでした。”・・・っと。
そして彼は私を抱き寄せると、言いました
”コンサートで会いましょう”・・・と。