「わたしを離さないで(原題)Never Let Me Go」を観ました。
イシグロ氏の海洋学者の父は、上海生まれなのだという。
いわゆる上海租界の“上海日本人居留地で子供時代をすごしたのだ。
イシグロ氏自身も、5歳でイギリスに移住し日本では二重国籍をもてない為、
24歳でイギリスに帰化する。
自身を日本からの「亡命者」であると言い、
作家になったのは、常に、日本人である両親の目を通してイギリスという国を見たので、自分の周りの社会とも距離を置いて育ったことにも関係があると言う。
あるバブル(気泡)中にいる人には、外界が十分理解できないが、
例えば、母国を離れて他の国に住むような者には、客観的によく物事が見え、
理解できる場合がある。―――ということ。。。
イシグロ作品のテーマは…
我々は、自分の運命を受け入れ、
その運命から尊厳を育てていこうとする…
《「わたしを離さないで」あらすじ》
外界と隔絶した寄宿学校「ヘールシャム」。この学校の生徒は、保護官と呼ばれる先生のもと、子供たちは絵や詩の創り、厳重な健康管理を受け、規律の中で教育される。しかし、彼らは、臓器提供者としてのみ育てられているのだ。
その運命を彼らはどう生きるのか…。
カズオ・イシグロ 1954年長崎県生まれ。5歳の時に海洋学者の父親の仕事のためイギリスに移住。イギリスに帰化。1989年に長編小説『日の名残り』でイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞した。
「わたしを離さないで Never Let Me Go」の原作者。
「わたしを離さないで」についてのインタビュー(文学界 2006年8月号)
-これは一切予備知識なしに読んだ方がいい小説だと思いますが、その上であえてお聞きします。『わたしを離さないで』にはクローン技術や臓器移植が主要なモチーフとして埋め込まれています。この作品を読んで、テキサス州にある、ヒヒの養殖場を思い出しました。そこでは臓器移植のためだけに、無薗状態でヒヒが養殖されていますが、昔、ピッツバーグ大学医学部で、ヒヒの肝臓が人間に移植される手術を観察して、長い記事を書いたことがあります。十三時間にもわたってずっと観察しましたが、もしその養殖場のヒヒが、人間に置き換えられたら、主人公たちが育つ施設ヘールシャムと同じような場所になりますね。
イシグロ その養殖場のことは知りませんが、へールシャムと同じような場所ではないかもしれません。へールシャムはかなり特殊な場所で、昔ながらの自然農法に相当するようなやり方で営まれていると思います。クローンたちはとても大事に扱われます。ですから、同じようなセンターと比べても、まったく違います。そこで子供たちは、我々が言うところの最高の教育を受けて育てられます。しかも、特定の理由があっての教育です。彼らは自分の運命を知らない上に、自分がクローンであることが何を意昧するのかもよくわかっていません。牧歌的な子供時代に近いと言ってもいい。
-この小説のために、特別な世界を作らなければならなかったのですね。
イシグロ そうです。
-言わば、それ自体で閉ざされた世界ですね。
イシグロ ある程度はそうです。私はこの世界を子供時代のメタファーにしたかったのです。つまり、中にいる人は、外界が十分理解できないということです。子供が生きている、言うならばバブル(気泡)の中に流れ込む情報を、大人たちがかなり慎重にコントロールできる場所です。我々は、もちろんいろいろな点からみても、このような施設の中で成長するわけではありませんが、大人の中で生きていても、子供時代というのは、こういうものだと思います。精神的な面からみると、予供というのは言わばこのようなバブルの中に入れられて、それはまったく正しいことなのです。予供を人生の厳しい現実から守るためです。成長するにつれて自分たちを待ち受けていることについて情報を拾い集め、子供同士でいろいろ話し合うのです。ですからある意味で、物理的に外界から分けられているこのような施設を設定することで私は、子供時代がどういうものであるかを象徴させたかったのです。読者は(子供の気持ちになり)外で何が起こっているのか、と想像するでしょう。それで、へールシャムという場所を作ることに関心を持ったのです。
-これを読むと、外で何が起こっているかわからない、特殊なカルトを思い出します。
イシグロ そうですね。でも私がこの作品で言おうとしたことは、子供時代というのはすべてこういうものだということです。もちろんこれはかなり特殊な状況です。でも、あるレペルで言うと、それは我々の子供時代と同じです。外界で起きていることの多くのことが理解できないのです。言葉だけを聞いても実際にはそれがどういうことを意味するのかわからないのです。あまり経験がないからです。
-ある年齢まではそうですね。
イシグロ ある年齢に達すると、外で起きていることにわくわくし始め、怖くなったりもするのです。大人は非常に慎重に、そのバブルの中に入れるべき情報と入れてはいけない情報をコントロールします。ですから、本の最初の部分では読者に、奇怪なクローンの子供が育てられるとても特異な世界であると感じてほしいのです。そして、徐々にその世界が、我々が予供として経験することにとても似ていることに気づいてほしいのです。子供から大人に向かう、すべてのプロセスがそうです。もちろん本の最後の方では、そういう予供たちも大人になり、年を取ることを受け入れ、死は不可避であり、身体も弱くなり、死んでいくことを受け入れるようになることを言おうとしています。本のどの局面でも、このようなクローンの子供について、奇怪な謡があります。私はそれ
が、普通の人間の人生を生きていく過程の反映になるように、かなり入念に書きました。
■これはミステリー小脱ではない
-読者がどんでん返しを感じたり、物語の先が待ち遠しくなったりするよう全編にしかけをしたのですか。そのことで読者の好奇心を刺激したり、満足させようとしたりしたのでしょうか。
イシグロ 本全体にわたって、奇怪さが絶えず少し存在するようにしましたが、読者を刺激しようとしたわけではありません。読者に、子供と同じ立場に立ってほしかったのです。普通、子供についての本を読む読者は大人で、子供を待ち受ける世界についてすでにわかっています。つまり子供を上から見下ろすところにいるのです。我々は子供がかわいいと思ったり、見下したりします。子供がわかっていないことを,我々はわかっているからです。ですから、この本では、違った効果を作り出したかったのです。大人の読者でさえも、社会のルールが何なのか、皆目見当もつかないほど、変わった世界を作り出したかったのです。
-とても現実離れした世界ですね。
イシグロ その通りです。わかってくれますか?大人の読者にも同じ奇怪さや恐怖のプロセスを経験してほしかったのです。子供や若い読者が経験するのと同じようなことが、徐々に分かっていく過程です。どの局面でも、子供が知る以上に読者に知って欲しくなかったのです。だから、ミステリー感がつきまとうのです。決して読者を刺激しようとはしていません。予供が大人になっていくときに、どのように感じていくのかを読者に再度昧わってほしかったのです。そして人生の後になって、大きな疑間が出てくるのです。
-「わたしの名前はキャシー・H。」と、映画のナレーシションの始まりのように、かなり抑制されたトーンで始まりますね。特にはっきりした姓がないので、どういう展開になるか、最初から謎めいた印象を受けます。途中で、読者に種明かしをしますが、いつそれをするかが、かなり重要だと思います。いつ種明かしするかについてどれほど熟考しましたか。
イシグロ いえ、私はそれほど意識的にそのことを考えませんでしたね。自分にとってはそれほど重要ではなかったからです。これは、慎重に隠さなければいけない決定的な情報がある、殺人ミステリーではありません。本を出版して初めて、多くの読者がこの本はとてもミステリアスだと思ったことに気づいたのです。特に書評家が、書評を書くときに、どれだけ明かしたらいいのか、悩んだことに気づいたのです。このことが問題になっていると気づいたのは本当に最近になってからです。私が書いたときは、読者は徐々にわかってくれると思っていたのです。軽いタッチで書けば、読者はこの世界を理解してくれると思ったのです。クローンの話もすぐにわかってくれると思っていました。この小説は最初から読者が結末を知っているかどうかは、重要ではないと恩います。一旦答えを知ってしまラと、話がうまく続かなくなるというようなミステリー小説ではないからです。(ミステリー小説のように読もうとすると)あまりにもミステリーの部分が大きすぎて、最初に読んだときは、出てくる人物はどんな種類の人問か、この世界はどのように動いているのか、という間題にはまってしまうでしょう。それで、読者は他の面にそれほど注意を払わなくなります。サスペンス性がそれほど大きな間題になることがわかっていたら、もっと最初の方で事実の部分を明かしていたかもしれません。そうすると読者は他の面やテーマにもっと留意することができたかもしれません。
-読者にとっても、書評家にとってもその方がよかったかもしれませんね。
イシグロ その問題で自分自身悩んだことがありませんから、気づきませんでした。
-いつ種明かしをするか、読者にできるだけ知らせないようにしたと邪推してしまいました。
イシグロ 読者をひっかけようとしたわけではありません。後になって、初めて、いろいろな人が「そうだ、我々がやっと気づいたのはこの辺だ」と言っているのに気づいたのです。あくまで、子供たちが何が起こっているのか十分に理解していない状態で、大人になるにつれルールがわかってくる世界を描きたかったのです。
■「死」とどう向き合うか
-ご存知かもしれませんが、自分の運命や役割に対する、登場人物のどうしようもないほど消極的な生き方に疑間を抱く読者もいます。しかし我々がもし登場人物のような状況に置かれたら、他人の運命のように感じてしまうのではないでしょうか。きっと何も出来ないでしょう。例えば第二次世界大戦の日本の特攻隊やイラクの自爆犯も、自分の運命に疑間を感じません。ここに出てくる子供たちも自問しません。
イシグロ 小説家として、テーマをいろいろな角度から掘り下げていくことができます。この話を書くときに最初に思いついたことの一つは、話の中に“逃亡”を入れることでした。それは誰でも最初に思いつくことです。例えば、搾取されたカーストのメタファー、人間の精神についての話にもできるだろうということに気づいたのです。奴隷と反乱の話です。でもそういう話は書きたくなかった。
私が昔から興味をそそられるのは、人間が自分たちに与えられた運命をどれほど受け入れてしまうか、ということです。こういう極端なケースを例に挙げましたが、歴史をみても、いろいろな国の市民はずっとありとあらゆることを受け入れてきたのです。自分や家族に対する、ぞっとするような艱難辛苦を受け入れてきました。なぜなら、そうした方がもっと大きな意義にかなうだろうと思っているからです。そのような極端な状況にいなくても、人はどれほど自分のことについ.て消極的か、そういうことに私は興味をそそられます。自分の仕事、地位を人は受け入れているのです。そこから脱出しようとしません。実際のところ、自分たちの小さな仕事をうまくやり遂げたり、小さな役割を非常にうまく果たしたりすることで、尊厳を得ようとします。時にはこれはとても悲しく、悲劇的になることがあります。時にはそれが、テロリズムや勇気の源になることがありますが、私にとっては、その世界観の方がはるかに興味をそそります。別にこれが決定的な世界観だと言っているのではありませんが、このような歪んだ世界観を描くならば、『日の名残り』でも、この作品で
もやったように、常にその方向に行く方を選びたいのです。『日の名残り』は、執事であることを超える視点を持ちようがない執事についての話です。我々はこれと変わらない生き方をしていると思います。我々は大きな視点を持って、常に反乱し、現状から脱出する勇気を持った状態で生きていません。私の世界観は、人はたとえ苦痛であったり、悲惨であったり、あるいは自由でなくても、小さな狭い運命の中に生まれてきて、それを受け入れるというものです。みんな奮闘し、頑張り、夢や希望をこの小さくて狭いところに、絞り込もうとするのです。そういうことが、システムを破壊して反乱する人よりも、私の興味をずっとそそってきました。
-現実に逆らって逃げることはできませんね。それも自分の一部ですから。
イシグロ もちろんそうです。究極的な言い方をすれば、私は我々が住む人間の状況の、一種のメタファーを書こうとしていたのです。幸運であれば、七十歳、八十歳、恐らく九十歳まで生きることができますが、二百歳まで生きることはできません。つまり現実には、我々の時間は限られているのです。いずれ老化と死に直面しなければなりません。確かに私は、このストーリーの中で、若い人がかなり早く年を取る状況を人工的に作りました。つまり、彼らが三十代になると、もう老人のようになるのです。でもこれは、我々がすでにわかっていることを、別の新しい観点から認識させてくれる方法に過ぎません。人生についての疑間や希望を、我々が実際に直面するものと同じようにしたかったのです。
こういう理由で、登場人物たちを状況から“逃亡”させることには魅力を感じませんでした。奇妙な科学的な操作をして、老化プロセスを逆行させようとしたがっている少数のクレージーな人はさておいて、我々の体がいずれは動かなくなるという事実から逃げることはできません。概して我々はそれぞれ違った方法で死をのがれようとします。死後の世界を信じたり、もっとささいな方法としては、作品を残したり、我々自身の記憶や、人生で達成したものを残したり、我々を愛してくれた人や友人の思い出を残すようなことをするのです。何とかして、ある程度は死を克服することができます。私はこの本の登場人物がそういう観点からしか、死について考えないようにしたかったのです。特にこの本の中心に、真の愛を非常にロマンチックな方法で見つけることができるという希望を置きたかったのです。こういうふうにしても死を打ち負かすことができる、これは、世界中のどの文化をみても存在する、一種の深い神話です。心中する恋人同士などについて、本当にロマンチックな話がたくさんあります。どういうわけか、愛は、死を相殺できるほど強カな力になります。愛があるからと言って、永遠に生きることはできませんが、どういうわけか、愛があると、死がどうでもよくなるのです。私はそれに相当するものがほしかったのです。それゆえ、実際の逃亡、物理的な逃亡には関心がありませんでした。
-私はこの本は、「人間とは何か」という非常に基本的な間題を提示していると思いました。
イシグロ そうですね。クローンをあつかった効果の一つがそれです。例えば、トルストイやドストエフスキーなど、二十世紀初期までの古い文学をみると、「人間とは何か」とか「人間と神との関係とは何か」とか「魂とは何か」について、カフェで議論させるのに、二、三十ページ割いても許されますが、現代文学でそのような会誘にそれだけ割けば、読者を当惑させてしまいます。もったいぶった感じや頗る気取った感じがしてしまう。でもクローンを使えば、あるいは、ロボットや、『ターミネーター』に出てくるシュワルツェネッガーのようなサイボーグを使えば、そういう議論をしなくても、読者の頭の中にすぐに同じような問いが出てきます。人間同士とかかわるような方法で、このような創造物にどのように自分を結びつけたらいいのか、と考えるからです。結局のところ、人間とは何かということを考え始めることになります。魂とは何か。このコンピュータには魂があるか。こういう仕掛けは、サイエンス・フィクションから来たものだと言えますが、私のような小説家が、文学の中でずっと音から投げかけられてきた古くからある問いに戻ることに役に立つのです。
■二度の執筆中断
-物語の時間設定を未来ではなく、非常に近い過去に置いたのは、サイエンス・フィクションというレッテルを貼られるのを避けるためですか。
イシグロ サイエンス・フィクションというレッテルを貼られても気にしませんが、この作品を何かの予言であると誤解してほしくありません。「おー、これはこのまま幹細胞研究を続けると、五十年後には社会でこういうことが起こるんだというような警告だ」と読者に言われたくありません。その離解は避けたい。さっきも言いましたが、メタファー的な面をより強調したかっただけです。これは、我々がこういうふうに生きているという形の歪んだ鏡であることをここで明確にしておきます。もちろん好みの間題でもありますが。将来、車がどういう形になっているとか、カップ.ホルダーやカフェがどういう形になっているか、というようなことを想像することに関心もなければ、気力もありません。こういうことに興味をそそられる人もいますが、私にはまったく関心がないことです。これが、未来に時間設定するのを避けた、もう一つの理由です。
-イギリスが、世界初の哺乳類の体細胞クローン羊であるドリーを誕生させ、世界を仰天させた事実は、あなたのインスピレーションと関係あるのですか。
イシグロ ほんの偶然にすぎません。というのも最初に書き始めたのは一九九〇年ですから。この本を書くのに三回の試みをしています。最初は書き始めて、結構早くに中断しました。私が「学生」と呼ぶ著者についての話が頭に浮かんで書き始めたのです。「学生」と呼んだものの、大学もなけれ
ば、教授もいませんが。彼らは『わたしを離さないで』の半ばに出てくるような、イギリスの田舎の農家に住んでいました。でもクローンではなかった。当時はクローンを仕掛けとして使うことを思いつかなかった。この著者たちが、核兵器や原予力に接触することになるのです。これで彼らの運命が翻弄されるのですが、そこからうまく話が続かなくなりました。いろいろな筋を考えたのですが、ひどく稚拙で、あきらめました。二回目の試みは、九〇年代の半ばですが、うまく行かず断念しました。二〇〇〇年になって初めて、核兵器の方向を完全に捨てることを決意して、三度目の挑戦をしたのです。当時イギリスでは確かにクローンや幹綱胞研究について、侃々講々の議論が起こっていました。ウィルムット教授がドリーというクローン羊を作ったからでしょう。私はこういう議論に普通は興味をそそられません。科学の最新の発展もフォローしていません。でも当時、これこそジグソーパズルの最後のピースだと突然頭にひらめいたのです。冷戦時代に育った私の世代の典型的な発想である核兵器のアイデアをいっそのことやめて、クローンなど、科学上の発展の観点から考え始めれば、自分が言いたいテーマがきちんと伝えられる話が書けると思ったのです。本当にちょっとしたブレークスルーだった。それで、三度目にクローン人間という発想が浮かんだのです。施設の外で生きている他の人が長生きするのに役に立つように、施設の人がただ医学的な理由だけでクローンを作るという考えが浮かび、すべてがすんなり行きました。
-ということは、何年間も熟考して完遂したのですから、今達成感を味わっていますね。
イシグロ それは別に珍しいことではありません、他の作家も同じような経験があると思います。作家や映画制作者に聞けば、わかりますが、彼らは、あるプロジェクトが終わってから、新しいプロジェクトをゼロから始めるというのではありません。長年の間、アイデアがずっと頭に浮かんでいて、あることがきっかけで、その瞬間にすべてが収斂することがあるのです。それはよく起こることです。それで完成するのです。私も何年も漫然と頭に浮かんでいる、いろいろなアイデアがたくさんあります。生煮えのアイデアや小さなアイデアです。まだうまくまとまりません。ですから、必死に集中してやり抜いたというのではありません。私が今まで書いた本は、ほとんどどの本も長年脳裏にあった要素やアイデアが入っています。ですから、ある意味では、書き始めて中断しても落胆しません。十五~二十年経てば、無駄になっていないことがあるからです。半年間書き続けて中断しても、無駄にならないからです、今までやったほとんどのことが、後になって役に立つことが.わかっています。
-アイデアを孵化させるのに時間が必要だということですか。
イシグロ 時間的な間題だけではありません。時代や変化する世界とも関係があると思います。あるアイデアがあっても、そのアイデアとそのとき生きている世界との関係とか、一体自分は誰なのか、という間題がうまくかみ合わないとだめですね。あるとき、そのアイデアを今こそ使うときだとひらめき、さらに豊潤なものへと開花するのです。この作品と同じようなものがもっと前に書けたと思いますが、人間として未熟であった私には意味があったようには思えません。もう少し年を取って、時間の経過に意識的になる必要があったと思います、またある意味では、若い人のことを書けるようになるには、年を取る必要があったのです。まだ若いときは、年を取った人の観点から書くことを楽しんでいました。それと同じことだと思いますね、それは人生について新たなる視野を持つ一つの方法です。若い人について書くには、年を取る必要があると思います。