部下の仕事が溢れると上司も痛む事だけでも知っていただきたい。皆が困っている時に放置はいかんよ。放置だけならまだしも、実務と関係ない仕事を増やしちゃいかん。
自分にも帰って来ちゃうから。勉強してね。
そんなこんなしてたら雪崩をうって仕事が片付いたり、健康診断でダイエットを誉められたり、視力が0.9から1.5に上がったり、運気の上昇をかんじます。
今日は早く帰ります。
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原子力、放射能を考える上で、まずは一冊目。1999年9月に東海村で起ったJOCの臨界事故、その事故で命を落とした大内久さんの事故から亡くなるまでの治療記録である。大量の中性子線によって遺伝子を破壊された細胞は、もう再生しない。生き物の細胞は毎日少しづつ生まれ変わっているが、細胞の設計図である遺伝子が破壊された細胞は、再生しない。つまり細胞の再生周期が早い血液細胞、皮膚の細胞、内臓の粘膜細胞が死んで再生しない。そうやって表題のように正に朽ちるように亡くなるほか無いのだ。
何も知らなかった。こんな事になっていたなんて・・・。当時千葉の稲毛に住んでいて、近くの放医研に患者が運ばれてきたことや、結局亡くなった事は知っていたが、このような酷い亡くなり方をされていたなんて知らなかった。JOCが住友金属鉱山の子会社の民間企業というのも知らなかった。
専門家はズサンな管理体制が生んだ事故だと言うのだと思うが、人がやることのタガが如何に外れやすいか、人の想定を超える事故が如何に起りやすいかを我々は知っている。現に福島第一で起っている事故も世界初の事故で、目に見えない放射能がどういった形で人々の命を脅かすかなど分かっていない。避難地域の人達が正しく行動できたとして、数年後の癌の確立が1%前後変わる程度なのだろうが、どこから口に入って内部被爆するかも分からない。地中のセシウムを固定化しやすい菜の花を、おひたしにして食べて被爆してしまう人もいるかも知れない。
個人的には、想像していたよりは放射能は防ぎようがあるんだなぁと思いましたが、それだって目に見えないからそういう説明をされれば納得するだけであって、チェルノブイリの影響ですら専門家によって評価が分かれている中、本当のことは分かりません。結局自分がどのように判断するかなのですが、もし、自分の使う電力を30%削減できたら脱原子力が可能であるなら、是非、そうさせてほしいと、この本を読んで考えを改めました。弱くて想像力が飛躍しやすい人間なので・・・。
放射能で死ぬというのはこういうことなんですね。
若かりし頃、漠然と好きだった会社やブランドに対する愛着が裏返る事が最近多い。
36歳を目前に控えて、いろいろな価値観が変わり始めているのを感じる。
例えば、靴のリーガルは最近、拡販に熱心で靴の品質が前ほど安定していない気がする。元々好きなブランドなので、ひょっとしたら、たまたま外れに当ったかも?と3足買ってみたが以前のような品質ではないと感じる。それからSONY。SONYには何度と無く外れをつかまされて来たが、かつてそれは商品の創造性・先進性の裏返しだと思ってきた。外れても、SONYに一票入れた満足感を買っていた。でも最近のSONYは保守的で、昔SONYに求めたものを今はAppleやGoogleに求めてしまう。あと、日本製のスーツにこだわって愛用していたダーバンも、今はデザインや生地のラインナップに工夫が感じられない気がしてどうしても選べない。終身雇用の残渣と思しき”変えられない”社風をデザインに引きずっていると感じてしまうのだ。車で言えば、子供の頃はきっと日産かホンダに乗ってやろうと思っていたが、買ったのはトヨタだ。日産やホンダがトヨタ化してしまった気がするからだ。どうせワクワクできないのだったらトヨタか外車かと思ってしまう。
メーカーに長年いて、モノ作りとは何なのかを学んだ結果、モノを見る角度が明らかに変わってきている。きっとこれはよい変化だと信じたい。自社のいけないところを製品に感じると、そういう会社は無意識に避けてしまうのだと思う。「生き残るのは変化し続けるモノだ」とはチャールズ・ダーウィンの言葉だ。