企画のKさん、Iくんとゴルフ。
今年の初打ちでした。昨日買った新しいドライバーを持参したところ、ゴルフ場に練習場がなく、1番ホールで、これまた初打ち。このドライバーが安定せず、FWやアイアンもおかしくなる。
比較的新しいモデルなのだが、僕には合わないらしい。
桜ゴルフ倶楽部。またリベンジしたい。
企画のKさん、Iくんとゴルフ。
今年の初打ちでした。昨日買った新しいドライバーを持参したところ、ゴルフ場に練習場がなく、1番ホールで、これまた初打ち。このドライバーが安定せず、FWやアイアンもおかしくなる。
比較的新しいモデルなのだが、僕には合わないらしい。
桜ゴルフ倶楽部。またリベンジしたい。
4/3のブログで書いた私が許せない上司の「ああいう思想」について、どういう思想か具体的に考え続けている。自然とそのことを考えてしまい、結果として好きでもないのに毎日彼のことばかり考えて、仕事が手につかない。彼のことを考えているという言葉も適切ではない。私の脳は彼を”何らかの物体”、”たんなる質量”、もしくは”何らかの記号”として認識している。好きの反対は嫌いでなく、無関心だとつくづく思う。その証拠に、この上司の名前が私はいつも出てこない。私の脳が自然と彼の人格を消し去るのだ。客先で待ち合わせをしていたのにも関わらず、会うと私の脳は「この人誰だっけ?」から「そういえばこの人が私の今の上司なのだ。」という一連の問答をしてからでないと会話が始められない。私をそこまで追い込む憎むべき「ああいう思想」の正体らしきものが分かったので、どうしても書いておきたい。
端的に言うと、「自分目線」でしか物を見られないのに、それを正当化する人が嫌いなのだ。自分を守る論理を、さも組織を守る為に頑張っていますと見せかけるタイプの人がどうしても許せないのだ。誰だって自分が可愛いが、それを臆面も無く組織や他人のためと転嫁して憚らない奴が好きになれないということだった。往々にして、こういう人はお客様志向も偽装する。そういう小賢しさが嫌い、はっきりと「き・ら・い」なのだ。はぁ、すっきり。
そして、そういう嫌いな奴のカバンを持たされるというか、乗る輿を担がされるのはどうしても耐えられないのだ。会社にとってこういう輩は長い目で見れば必ず害をなす存在だ。なのに、そういう輩の面倒を見させられるのはどうしても嫌なのだ。そしてこういう輩はたいてい、面倒な仕事は人に押し付け手柄だけ持っていく。それも許せない。そういう人の下で働くということは、車のブレーキを踏みながら同時にアクセルを踏むと言うことに等しい。御客も、他部署も、上司でさえも全く喜ばない仕事を全力で量産させられ続ける毎日が情けないのだ。
今日もお客の前で恥をかかされたというか、もう絶対に許せない嘘をつかれた。駄目だ耐えられない。明日あたり産業医に相談しよう。絶対に問題にします。泣き寝入りしません。